第286話 不審な不審者

 鍛冶屋を出て調査依頼に向かう。

 来た道を戻り、門に向かい歩きながら周囲の店なんかを確認していく。


「開いてる店、減ってきたな」


 大通りでも以前より看板が外されている店が目立つようになってきた。

 最初この町に来た頃、大通りには人が溢れ、全ての店が営業していて賑わっていた。しかし今は人通りがまばらだし、馬車も走ってないし、店は閉まっている。

 空を見上げると雪がパラパラと舞い降りてきた。

 寒くなってきたから閉店してるのだろうか。


「まぁ、冬はそんなもんか」


 気持ちを切り替え門を出て廃坑を目指す。

 今日は以前にも確認した四号坑道だ。確かクラクラ茸が生えている場所だったはず。

 溶けてみぞれになった雪をシャリシャリ踏み潰しながら進む。

 そんな道を暫く歩いていると革靴の中に少し水が染み込んでくる。


「これは……早めに帰らないと危ないかも」


 やっぱり防水性能は現代日本の靴より弱いし仕方がないけど、下手をすると凍傷とかになるかもしれない。余裕のある冒険者が冬場に狩りをしない理由の一つはこれなのかも。

 少し急ぎながら目当ての廃坑に入り、サクサクと中を確認していく。

 廃坑調査は既に何度も経験しているし、この廃坑は前に調査した場所だから問題なく進んでいく――が、廃坑の奥、マギロケーションに反応を感じた。


「……人、か」


 この洞窟はクラクラ茸が生えているため採取しに来る人がいる――というか前回はジョンのパーティに会ったし、今回も人と会っても別におかしくはないのだけど。


「一人だけってのが少し気になるんだよね」


 比較的、町から近い場所だとはいえ外にある廃坑だし、ここのクラクラ茸を口にしなきゃ食っていけないようなレベル帯の人が一人で来るのは危険だ。普通はモンスターと遭遇しても大丈夫なように複数人で採取に来るはず。つまり、この先にいるのは食いっぱぐれたスラムの人間ではない可能性がある。……まぁ、ただのボッチの可能性もあるけど。


「……どうするかな」


 気配を消して近づくか、堂々と近づくか……。

 こういった場合、こっそり近づくという行為自体が敵対行動と思われる可能性があるため、堂々と近づく方がいい場合もある。でも、ヤバい相手ならこっそり近づいて様子を見た方がいいかもしれない。


「まぁ、今回は気配を消しながら近づいてみるか。これもあるし――闇よ」


 光源を消して闇のローブの効果を発動した。

 暗闇の中、身体が周囲の闇と同化していく感覚があり、気配も薄くなった気がする。

 アルッポのダンジョンのボスだったリッチが装備していたこの闇のローブは高性能で、闇の中で効果を発動すると姿だけでなく音なんかもかなりカットしてくれる。その効果はリッチとの戦いの中で実感済みだ。

 ただ、明るい場所では効果が薄れるようで、昼間だと効果があまりない。

 マギロケーションを3Dレーダーのように使いながら慎重に人の気配の方に歩を進める。

 完全に気配を消せるわけではないので音を出来るだけ出さないようにする。

 暫く進むと曲がり角の奥からぼんやり光が見えてきた。

 ミスリル合金カジェルを握り直し、ゆっくりと近づいて曲がり角から顔だけ出して覗いてみる。


「……」


 そこにいたのは、人。黒いローブを纏い、地面に屈みながらなにか作業をしている人。

 それを暫く観察。

 その人物は地面に大量に生えているクラクラ茸を採取し、品質を確認しているのか角度を変えて眺めたりした後、袋に入れていた。

 クラクラ茸を採取しに来た人らしい。どうやらボッチ説が正解だったか――と安心しかけた時、その人物が顔をこちらに少し傾け、その顔に張り付いている白い仮面が見えた。

 光に照らされた白い仮面が能面のように暗闇に浮かび上がる。

 なんだ? 仮面? どうしてそんなモノをする必要がある?

 普通に考えると正体を隠したいから仮面をするはずだけど、そこまでしてクラクラ茸の採取を隠す理由も思いつかない。

 もっとよくその人物を観察してみる。

 よく見ると、その人物の着ている黒いローブは破れもなくキレイだし、黒い手袋なんかもしている。どうもスラムの住人には見えない。


「……」


 さて、どうするか。

 怪しいことこの上ないが、別にあの人物は悪いことをしているわけじゃない。クラクラ茸の採取は問題ないはず。食べると少々クラクラしちゃうクラクラ茸であってもこの世界では合法だ。危険薬物取締法なんてないのだから。つまり、あの人が怪しい格好でアレなキノコを採取していても文句を言う理由なんてないのだ。

 かと言ってあの人とここで接触する気にもならない。

 それはそれで良くない感じがするし……。


◆◆◆


「すみません、依頼の報告なんですけど」

「調査依頼ですね。どうでしたか?」

「そのことで、ちょっといいですか?」

「……わかりました」


 受付嬢は後ろにいた別の職員に受付を任せると、カウンターから出てきて二階の会議室に僕を案内した。


「なにか問題でも?」

「問題、というほどの話でもないのですが、廃坑内で怪しい人物を見まして……」

「怪しい人物、ですか?」


 彼女に洞窟内で見たことを詳しく説明していく。

 勿論、闇のローブとかのことは伏せてだ。


「確かに、それは少し怪しいですね……。で、その人物とは接触しましたか?」

「いえ、気付かれてないと思います」

「それでいいと思います。これは調査依頼ですからね」


 元々の約束として、対処出来そうなモンスターなんかは排除していいけど、無理そうな相手とはぶつからず情報を持ち帰ることを優先するように言われていた。なのでこれで正解だったらしい。

 受付嬢は手元の紙に色々と書き込んだ後、イスから立ち上がる。


「分かりました。これは上に報告しておきます。状況によってはまたご連絡することになりますので、よろしくお願いしますね」

「分かりました」


 冒険者ギルドを出て空を見上げた。

 太陽はまだ高い位置にあり、日が沈むまで時間はありそうだ。


「そうだ、教会に行こう」


 あの廃坑にあんな変な人がいるとなると、クラクラ茸を目当てにあそこに出入りするジョンや孤児院の子らが少し心配だ。念のために忠告だけはしておいた方がいいかも。

 そう考え教会に向かった。

 そして雪が降る中、当たり前のように半裸でフンッフンッ鼻息荒い連中を気にしないように通り抜け、教会に入って司祭様に声をかける。


「こんにちは」

「おぉ、今日もお祈りですかな?」

「はい」


 いつものようにお祈りを済ませ、銀貨を数枚、寄付。


「いつもありがとうございます」

「ところで、クラクラ茸が採れる廃坑のことなんですが――」


 と、廃坑で見た不審者の話をした。


「ふむ……不審者ですか」


 司祭様は少し考え込むような素振りを見せた後、言葉を続けた。


「その不審者に、仮面とローブ以外に変わった部分はありましたか?」

「変わった部分ですか?」

「そうです。例えば装飾品とか武器とかですね」


 思い出してみるけど不審者は全身がローブで覆われていて他の持ち物は確認出来ていない。


「いえ、全てローブで隠れていたので見てません」

「それではランプはどうですか? 廃坑の中なら明かりが必要なはずですから、あったはずです。特徴的な形だとか、紋章が刻まれていたりしませんでしたかな?」

「明かり……」


 そう言われてみればそうだ。もう一度よく思い出してみる。

 確か不審者は地面に屈みながら作業をしていて、その手元を照らした明かりは――


「あぁ、確か天井の方にあった――あれは光源の魔法だった気がします」

「光源の魔法ですか……。ランプではなかったのですね」


 司祭様は少し考えた後「分かりました」と続けた。

 少し気になったので聞いてみる。


「明かりがランプだと、なにかあるのですか?」

「ふむ、そうですな。例えば形や装飾などで持ち主の身分が大体推測出来ますし、モノによっては職人を特定することも可能でしょうな。紋章なんかが入っていれば、どこの家の人間かが分かるかもしれませんぞ」


 なるほど……。


「凄い推理力ですね……」

「ほっほ……長く生きておれば色々とあるのですよ」

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