第288話 武具強化チャレンジ

「ん~……」


 冒険者ギルドを出て伸びをする。

 重要な依頼に一段落ついたし、長時間イスに座っていたのもあり、少し体をほぐして開放感を楽しんだ。


「じゃあ帰ってご飯にしようか」

「キュ!」


 と歩き始めたところで大通りを馬車の一団が通り抜けていった。

 人を乗せる馬車ではなく荷物を乗せるような荷馬車。

 あれだけ大規模な馬車の一団を見たのは雪が降るようになってから初めてだ。


「どうしたんだ?」

「キュ?」


 方向からして町の外から来た馬車。

 う~ん、冬は馬車の通行が不可能になるから乗合馬車が休止したんじゃなかった?


「まぁ、考えても分からないか」


 と、不思議に思ったことを宿に戻って夕食を食べながらブライドンさんに聞いてみたら一発で答えが返ってきた。


「あぁ、それは隣のコット村と交易してきた馬車だろうな」

「えっ? 冬は馬車が通行出来ないのでは?」

「今みたいに寒くなって地面が凍れば通れなくもない。雪が積もると大変だがな」

「大変なのに交易に出るんですか?」


 そう聞くとブライドンさんは『おいおい』という顔をした。


「この町じゃほとんど食料が作れないんだぜ? お前は食わずに生きていけるってのか?」

「あぁ、そういえばそうでしたね」

「丁度、冬の時期に保存食が完成するからな。それを買ってこれなきゃこの町は大変なことになる。特に今年はアルッポのダンジョンが消滅したから、な!」


 そう言ってブライドンさんは包丁をドンッ! と振り下ろした。

 アルッポのダンジョンの消滅、という言葉に一瞬ビクッとなる。

 シオンも一瞬食べるのを止め、ブライドンさんの方を見た。


「ダンジョンの消滅……」

「あぁ、アレのおかげで食えなくなった冒険者が流れ込んでる。だから今年は例年以上に食料が厳しいはずだ」

「そうですか……」

「本当ならダンジョンの消滅は喜ばなきゃいけねぇ話なんだがよ。近くのダンジョンの消滅でここまで影響があるとはな。経験してみなきゃ分からねぇもんだ、ぜ!」


 ブライドンさんはまた包丁を振り下ろした。

 その音にまたちょっとビクッとする。


「いや~、アルッポのダンジョンを消滅させたゴラントンの剣というカナディーラ共和国のグレスポ公爵お抱えのクランの奴らは本当に余計なことをしますよね!」

「お前……やけに詳しいじゃねぇか」


 ブライドンさんがジトッとした目でこちらを見る。


「いや、たまたまですね、そういう話を聞いただけですよ!」

「……まぁ、いいんだがよ。だが、本当にダンジョンの消滅には皆、喜んでるんだぜ。あれが良くないモノだってのは俺にでも分かるからな。ただその影響の大きさに混乱しているだけだ」


 そう言ったブライドンさんは遠くを見つめ、言葉を続けた。


「しかし、アレを作ったのが魔王だってんなら本当に嫌なことを考えやがるぜ。ダンジョンに依存させるだけさせて、ダンジョン消滅を躊躇するよう人間の中に火種をまいたんだからな。まさに魔王の狙い通りってやつだ」


 確かに、ダンジョンがただただ人類に不利益しか産まないモノなら全力で消滅させに行くだろう。でも、ダンジョンの中からは有用なモノが大量に出てくるから攻略が進まない側面もある。もし、教会が主張するようにダンジョンが人類を害するために作られたのならば、それは皮肉な話だよね。


◆◆◆


 そして翌日。今日は朝から教会に向かう。

 ついに、あの日が来たのだ。

 教会に入ってまずお祈りをする。

 自分なりに手を合わせ、いつもの謎の神と光の神にとりあえず祈っておく。


「今日は早いですな」

「はい。ちょっと先に来ておきたいと思いまして」


 司祭様と軽い雑談をしながら少し寄付をした。


「いつもありがとうございます」

「いえ。……あぁ、そうだ。以前お話しした回復魔法の件。司祭様の助言のおかげで上手く練習出来ました、ありがとうございます」

「おぉ、そうですか。それは良かった。ステラ様もお喜びになるでしょうな」


 ステラ様……。これまでなんとなく気になってはいたけど、聞かなかった話。このステラ教会のステラとはなんなのか。それがまた気になってきた。


「あの、ステラ様というのは、このステラ教会の名前の所以になった方でしょうか?」

「あぁ、ルークさんは他の町から来られたのでしたね。ステラ様はこの地で生まれた聖女様なのですよ。そしてこの場所で多くの人々をお救いになった。ステラ様は身分など関係なく多くの人々を救うことを望み、この場所で多くの治療師を育てられたのです。そんなステラ様なら、新たなる治療師の誕生をお喜びになるでしょうな」

「凄い方だったのですね」

「えぇ、言い伝えによれば、戦いでは倒れた味方を回復魔法で癒やしながらユニコーンに跨り人々の先頭を駆け、当時この地域に巣食っていたイエティの群れを全滅させたそうですぞ」


 なにその脳筋バトルプリースト。ちょっと怖いんだが……と、思ったところで一つの疑問が思い浮かぶ。

 そういえば大教会ってどうなんだ? と。


「……ちょっと気になってたんですけど。それではこの町の大教会、あれはなんなのですか?」

「大教会、ですか……」


 司祭様は少し目を閉じ下を向いた。

 ヤバい、やっぱり大教会の話題は禁句だったか……。

 司祭様は光の神テスレイティアの像を見つめながら話を続けた。


「長い年月の間にステラ様の教えを忘れ、私利私欲に走った者達と言えばいいのか……。それはテスレイティア様の考えにも背くはずであろうに……。いや、忘れてくだされ。年寄りの愚痴になってしまいましたな」


 そう言った司祭様の横顔は寂しそうだった。

 司祭様に礼を言い教会を出る。

 外は相変わらずのマッチョ&雪景色で、いつもと変わらない。


「なんか、色々とあるんだろうな……」


 教会関係も一枚岩ではなく、色々としがらみとか派閥とか考え方の違いとかあるんだろうね。

 地面の雪をザクザクと踏み進みながら魔法袋から強化スクロールを出す。


「……こんなしんみりした気分でやるのもどうかと思うけど」


 今日の目的は武器の強化。ぶっちゃけそのために朝から教会に来たのだ。

 武具強化について冒険者らに色々と聞いてみたのだけど、情報はそんなになかった。ただ、作ったばかりの武器なら一回二回ぐらいは普通に成功する的な話は何度も聞いた。


「そう聞いてもやっぱり緊張するな……」


 まぁ、今はミスリル合金カジェルに続いてミスリルの槍も手に入れたし、もうこの杖の出番はなさそうだから燃えてなくなっても問題はないんだけどね。

 とにかく今は武具の強化以上にデータを取るために試行回数を稼ぎたい。何度かチャレンジして、ある底の傾向を見ないと。

 持っていた木の杖に強化スクロールを巻き付けていく。

 そして念のために軽くムキムキポーズを一発二発かましておいて……。


「よしっ! いくぞ! 武具強化!」


 強化スクロールが光を帯び、燃えるように崩れていき、それが杖に吸収された。


「成功、だ」


 前回、一度成功してるから、この杖は二回目の強化に成功したことになる。

 杖を握り直し、軽く魔法を使ってみる。


「光よ、我が道を照らせ《光源》」


 杖の先端に光が浮かぶ。


「う~ん……やっぱりあんまり変化が分からないな」


 手で触ったり振ったりした感覚も特に変化はない。

 一回目の時と同様、そんなに大きな変化はしてない気がするね。


「よしっ! もう一回、やってみよう!」


 魔法袋から強化スクロールを取り出し、また強化。それから続けてもう一度、強化してみる。

 これで合計四回目の強化になるが……。


「やっぱり変わらないな」


 杖に変化があるようには見えない。魔法を使ってみても変化はない。

 これはどうなってるのだろうか?

 もしかして一回二回ではまったく変化はなくて、一〇回二〇回の単位でやんないと変化分からない感じなのか?


「だとしたら、コスパ的にどうなんだ?」


 強化スクロール一〇枚で金貨一〇〇枚、二〇だと二〇〇枚だぞ。それならミスリルの槍がまた買えてしまう。

 それだけやって微々たる変化で、しかも武具消滅の可能性もあるって、それってやる価値あるのか?


「う~ん……。分からないけど、もう一度やってみるか」


 今回はデータを取るのが目的。少しでも変化が見える段階まではチャレンジしてみたい。


「武具強化!」


 強化スクロールが光を帯び、燃えるように崩れながら杖の中に吸収――されようとした瞬間、杖の方も光の中でボロボロと崩れていく。


「あ……」


 あっという間に全てが消え失せ、地面には雪しか残っていない。

 失敗……。失敗した……。

 地面には杖も強化スクロールも残っていない。全てのモノが無に消えていった。

 失敗することは想定していたものの、なんとも言えない虚無感に襲われる。


「強化スクロールだけでも四枚……。金貨四〇枚分か……」


 それが一瞬で消滅した。全て無駄になったのだ。いや、データは取れたから無駄ではない。……けど、無駄になった。


「はぁ……」


 虚無感に包まれながら地面を眺めていると、いつの間にか上半身裸のマッチョが隣に立っていた。


「少年よ」

「……」

「失敗は誰にでもあるものだ。冒険者はそれを乗り越え明日へ進む」


 マッチョは僕の肩にポンッと手を置く。


「悲しむことはない。筋肉は誰も裏切らないのだから。例え親兄弟に裏切られようとも、筋肉は我々の生涯の友だ」

「……」

「少年も訓練を続け、このような鋼の肉体を手に入れることが出来たら、いつか成功の喜びを知る時が来るだろう」


 マッチョは胸をピクピクさせながら続ける。


「恐れることはない。少年はまだこの世界のドアを開いたばかりなのだから」

「……」

「ようこそ。筋肉に彩られた武具強化の世界へ」


 マッチョは白い歯を見せ良い笑顔でそう言った後、どこかへ消えていった。

 太陽の光はさんさんと降り注ぎ、地面の雪がそれを照り返す。冷たい風が頬を撫で、孤児院の子供達の声と武具強化の筋肉の声を運んでくる。

 今日もこの世界は美しい。

 まぁ……なんだ。

 武具強化に失敗して杖を失ったし色々と考えたり思うこともあるけどだ。

 いや、それ以前にだけどさ……。


「……誰?」


 僕のその問いかけに答える人はどこにもいなかった。

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