第289話 町の変化とHD農業

「槍は叩くモノ!」……という説に対する考察

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885207682/episodes/16817330660062348542


メイン武器が槍に戻ったので、槍という武器に対する自分なりの考察と結論を上げておきます。


―――――――――


 そんなこんながありつつ武具強化を終え、冒険者ギルドに向かった。

 扉を開けて中に入り、いつものように依頼の確認をしようとしたが――建物内に冒険者がおらず、閑散としていた。

 しかしギルドの職員はカウンターの中で慌ただしく動き回っている。


「すみません。なにかあったんですか?」


 カウンターで受付嬢に聞いてみる。


「あぁ、ルークさん。実は今朝、ホーンラビットなどの肉の買取価格が引き上げられまして、皆さん急いで狩りに出かけられたようです」

「そうなんですか?」


 受付嬢にお礼を言い、依頼が貼ってある掲示板の方に向かう。


「ホーンラビットの肉は……銀貨二枚、銀貨四枚、銀貨五枚、銀貨三枚……金貨一枚?」


 いくつかの店から出された複数の依頼書を見る感じ、なんだか急に価格が上がって安定していない感じ。

 他にもロックトータスの肉など、とにかく肉の価格が全体的に上がっている傾向にある。


「どうなってるんだ?」


 この報酬なら僕でも今すぐ狩りに行きたくなる額だ。しかも金貨一枚の依頼には『数量制限なし』という条件もついている。これが本当だとすると狩ってきたけど買い取ってもらえなかった的な話はないはず。狩れば狩るほど金になる美味しい仕事だろう。でも……。


「……美味しすぎるんだよなぁ」


 なにか裏でもないと、そんな美味しい条件はありえない。

 掲示板の中からホーンラビットの毛皮の依頼を探す。


「ホーンラビットの毛皮……銀貨一枚、銀貨二枚、銀貨一枚銅貨三枚、か」


 肉の買取価格は上がっているのに毛皮の価格はそのまま。


「う~ん……」


 カウンターに戻り、また受付嬢に聞いてみる。


「肉の買取価格が上がってる理由に心当たりはありませんか?」

「何分、今朝になって突然でしたので、ギルドの方でも現在調査中でして、まだ確実なことはなにも……」


 ギルドですら把握していない理由でいきなり肉の価格が上がった? そんなことあるのか?

 でも、商人が報酬を上げてでも大量に肉を手に入れたいと思っているなら、それでも需要があって儲かると思っているからだ。彼らは損になるような取引はしないだろう。つまり、高く買った商品を高くどこかに売るアテがあるはず。

 問題はその相手が誰で、どんな理由で高い値段でも買いたがるのかだ。

 物資の買取価格が上がる。その状況に少し嫌な予感を覚えた。

 思い出すのはアルッポ。あそこでも情勢が不安定になってポーションの買取価格が上がったはず。

 もう一度、掲示板の紙を確認し、依頼主の欄を見る。


「ラディン商会、か」


 受付嬢のラディン商会について尋ねてみる。


「このラディン商会ってどんな店なんですか?」

「ラディン商会ですか? この町で様々な商品を取り扱ってる大きな商会ですよ。他の町にも支店を持ってますね」


 受付嬢にラディン商会の場所を聞き、とりあえず様子を見るために向かってみることにする。

 ホーンラビット狩りに参戦するか決めるのはそれからだ。

 ラディン商会まで大通り沿いに進みながら道中にある店なんかを確認しつつ進む。

 と、目の前の店からサンタクロースぐらい大きな布袋を担いだ男が出てきて、すぐに走り去っていった。


「なんだ?」


 男が出てきた店を見る。

 ここは冒険者向けのアイテムを取り扱っている店で、ロープとかマントとか冒険者の仕事に必要な物は大体揃っているし、冒険者ギルドからも近いので利用する冒険者も多かったはずだ。


「ふむ……」


 なにか違和感がある。

 それがなにかは分からないけど、ちょっとした違和感だ。

 男が出てきた店に入ってみる。


「いらっしゃい」


 出迎えた店主はいたって普通の中年男性で、前に来た時と変わらない。

 カウンターの裏にある棚の商品を並べているだけで、変わった様子もない。


「すみません。さっき出てきた男ってなにをあんなに買っていったんですか?」

「おぉ、見てたのかい? よく分からないけど干し肉をあるだけ売ってくれってね。在庫全部持っていっちまったよ。あんなに買ってなにすんだろうね。大人数でどこかに遠征でもすんのかね」

「干し肉?」


 ちょっと待てよ。さっきの男は見た感じ冒険者ではなかった。服も普通の服だし武器も持ってない。勿論、貴族や騎士階級って感じでもない。どこにでもいるような普通の町の男性だった。それに今は冬だし遠征をするような時期でもない。

 保存食をあんなに大量に買い込む必要があるとは思えない感じの人だ。


「すみません。干し肉って、まだ残ってますか?」

「もうないね。さっきの人が全部買っていっちまったよ」

「じゃあ、他の保存食はありますか?」

「今はないね。売れたのが全てさ」


 店主に礼を言い店を出る。


「肉の買取価格が上がり、店から干し肉が消えた……」


 これってひょっとすると……。

 いや、現時点ではまだ結論は出せない。

 急いで近くにある食料品店に向かい、中に入る。

 しかし店の中は商品が少なく、あまり残ってはいなかった。


「すみません。残ってる食料ってこれだけですか?」

「あぁ、朝早くに大量の注文があって今はここにある物だけだな。夕方か明日の朝には仕入れられるはずだから、また来てくれや」

「仕入れの予定はあるんですね……」

「そりゃそうだろ。仕入れが出来なきゃ商売にならねぇよ」


 仕入れの予定があるなら、なにも問題はないのか?

 店を出てラディン商店へ向かうと、既に冒険者が列を成して納品待ちをしていた。

 その冒険者の列を不思議そうに見つめる他の住民はいるものの、町はいたって平穏で、いつもの変わらない。


「僕が考えすぎてるだけなのか?」


 いや、もう少し他の店も調べてみよう。現時点ではまだ判断材料が少なすぎる。

 自作の地図を取り出して食料品を売っている他の店に向かう。

 そうして大通り沿いの他の店をいくつか調べたけど、やっぱり全体的に食料品が品薄で、裏道にある小さな雑貨店でようやく干し肉を発見することが出来た。


「この干し肉、どれぐらい在庫あります?」

「うち得製ホーンラビット干し肉が気に入ったのかい? 全部自家製だからそんなに数を作ってなくてね。そうさねぇ……今あるのは一〇束ってところかね」


 ここの雑貨店ではまだ残ってるのか。


「じゃあそれ全て買います」

「一束が銀貨三枚だから全部で金貨三枚だよ」


 お金を払い、干し肉を背負袋に入れていく。


「もっと数が必要なんだったら今から冒険者ギルドに依頼出して多めにホーンラビットの肉を仕入れるよ?」

「……いえ、とりあえずこれで足りてますので」


 店を出て宿屋の方に向かいながら考える。

 現時点で分かったのは、とにかく食料品が全体的に品薄ということだ。そして冒険者ギルドに出される肉の買取価格を大幅に上げてきている店がある。しかしそれ以外の価格にはあまり変化がない。

 いくつか可能性は考えられるけど、確率が高そうなのは――


「突発的な食糧不足、か」


 理由は分からないけど、なんらかの原因でこの町の食料が足りなくなってきているのではないだろうか。

 しかもその原因となる事象が昨日今日の短い時間の間に起こった。だからまだ多くの人々はその状況に気付けていない。

 そして気付いている一部の人間が食料を買い占めている可能性がある……。

 普通、食糧不足があるとすると、突発的な災害や戦争があっていきなり食料の生産地が破壊されるようなケースを除けば基本的には事前にある程度の予測は出来ているはずで、それが早い段階で価格に反映されているはず。しかし今は大きな災害などは見えないのに突発的に食糧不足が起きている……のかもしれない。


「昨日、多くの人が知らない内に『ナニカ』が起きた、ってことなんだろうね」


 そろそろ冒険者ギルドや他の商人らもこの状況に気付いてきたはず。とすると、混乱が始まるとしたら――


「これから、ってことか」


 宿に入りブライドンさんに声をかける。


「おう、どうした?」

「宿泊を長期間、前払いで延長したいのですが、いけますか?」

「かまわねぇが、今以上の割引はねぇし途中で返金は出来ねぇぞ」

「大丈夫です」

「それで、どれぐらい延長するんだ?」

「そうですね……。三〇日分、お願いします」


 金貨一五枚を払って自室に入る。

 どれぐらいで春になるのかは分からないけど三〇日はいるはず。これから宿が値上げされる可能性は高そうだけど値下げされる可能性は少ないだろうし、損はしないはずだ。

 とりあえず、これで当面の間の宿の心配はないだろう。


「はぁ……」


 ベッドにシオンを置き、防寒具を脱ぐ。

 色々と考えることが多くて少し疲れてしまった。

 でも、今は考えることがある。


「まだ分からないけど、もし今の状況が食糧不足なのだとしたら、自力で食料を入手出来た方がいいよね?」


 状況によってはお金を払っても食料を確保出来なくなるかもしれない。

 冒険者としてはモンスターを狩って肉を手に入れるのが一番簡単な食料の入手方法だろうけど……。


「あれだけ報酬が上がってしまうと狩り場はキャパオーバーになってるはず」


 ただでさえ冬場はモンスターの数が少なくなるのに、冒険者ギルドから冒険者が消えるぐらい人が集まったら後はお察しだ。


「そうなると、やっぱりホーリーディメンション内で作物を育てられた方がいいよね」

「キュ?」

「いや、本格的に色々と育ててみるべきかなって思ってさ」


 そう言いながらホーリーディメンションを開く。

 光の扉の中には部屋の半分を占拠する三本のオランの木。

 どの木も下の方の幹は五センチ程度にまで太くなり、高さは二メートル前後ぐらいある。そして枝葉もワサワサと大きく広がってきていて、ぶっちゃけちょっと邪魔だったりする。でも最近は成長が鈍化したのか大きくならなくなってきたのでギリギリ耐えられてるけど、状況によっては枝の剪定もやらなきゃいけないかもしれない。

 ホーリーディメンション内に買ってきた干し肉を出しながら考える。


「とりあえずこのオランから実が採れればいいんだけど……」


 オランの木は冬とは思えないぐらい青々と茂ってはいるけど、一向に実をつける気配がない。


「どうやったら実が出来るんだ?」


 地球にある果樹と同じ性質ならまず花をつけて、それが実になるはず。でもまだ花が咲く感じすらない。

 とりあえず、これは放置するしかないのだろうか?

 後は、他の作物になるけど……。


「やっぱりポタトかな?」


 形も味もジャガイモに似たこの植物がジャガイモと似た性質なら比較的簡単に生産出来るし、リゼから貰った薬を使えば大量生産も可能かもしれない。


「でもまぁ、大量生産しても、それをどうやって使うんだって話か……」


 宿の部屋の中でもホーリーディメンション内でも火を使うのは難しい。それに雪が積もった冬の世界で焚火をするのも大変だ。

 じゃあ誰かに売ったりあげたりするのか? というと、それも難しい。今のこの状況で一人の普通の冒険者が宿屋の部屋からポタトの入った袋を背負って出てきて売り捌いてたら怪しすぎるしさ……。そんなモノ、一体どこから出してきたんだって話に絶対なる。最低でも魔法袋の所持は確定してしまうだろう。

 まぁ、ミスリルの槍を買った後はミスリル合金カジェルと武器を切り替えることもあるから、注意して見られてたら既に気付かれてるだろうけど。

 それはいいとして……。


「やっぱり自分で食べるなら生でそのまま食べられるモノがいいのかな」


 そうなると、現時点ではやっぱりオランが実ってくれるのが一番良い気がする。


「よしっ! とりあえずリゼに相談してみよう! わが呼び声に応え、道を示せ《サモンフェアリー》」


 いつものように聖石を対価に立体魔法陣が現れ、それからリゼが召喚された。


「こんにちは!」

「こんにちは」

「キュ!」


 リゼはホーリーディメンション内をクルクル飛び回り、オランの木の前で止まる。


「良い感じ!」

「ん?」

「キュ?」


 良い感じ、とは?


「ちゃんと大きくなれて、もう準備はいいよって!」

「えっと……このオランの木が?」

「うん!」


 準備はいい、とはどういう意味だろうか?

 なんだか頭の中が謎だらけの中、リゼは手を大きく広げて天にかざす。


「いくよ~! それ~!」


 その掛け声と共にリゼの全身からキラキラ光るなにかが発せられ、三本のオランの木に降り注いだ。


「うわ……」


 その幻想的な光景に見とれていると、風もないのにオランの木がザワザワし始め、一つの枝の先端がポンッと弾ける。


「えっ?」

「いっけぇ!」

「キュ!」


 次の瞬間、オランの木の枝の様々な部分から連鎖的にポンポンポンと弾けていって、それが木全体に広がっていった。


「どうなって……」


 そう言いかけ、鼻孔をくすぐる甘い香りに思わずむせそうになる。

 目の前に広がるのは、白。白い花。

 三本のオランの木が一斉に花開き、ホーリーディメンション内がまるで花壇のようだ。

 これは、神の奇跡か?

 そう思わざるを得ない光景がそこには広がっていた。


「ルーク。お水あげて~」

「ん? 水は今朝あげたばかりだけど?」

「頑張って花を咲かせたから喉が渇いたって!」

「なるほど」


 まぁ、そういうこともあるか。

 シオンに聖水を作ってもらい、それぞれの木にそれぞれの水をあげていく。

 しかし、蕾もなかったのに、いきなり花を咲かせられるのか……。流石は妖精だね!

 ……って、そんな簡単に納得してしまってもいい現象だったか? かなり凄いことが起こった気がするけど……。


「これですぐにオランが食べられるね!」

「キュ!」


 花を咲かせた理由は食い意地か!

 いや、まぁいいけどさ。僕も助かるし。

 とりあえず、これで食糧問題はなんとかなる、のか?


「まぁ、今はこの花を素直に楽しみますかね」


 そうして僕はその場に寝転がり、満開の花を見上げた。

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