目的の町(仮題)

第147話 新たな町と新たな出会い

 翌朝、早い時間に村を出た。

 一刻も早くこの村から立ち去りたいから……ではなく、次の町まで出来るだけ余裕を持ちたかったからだ。一応、酒場で聞いた感じでは、歩きでも日が沈むまでには着く距離らしいけど、念の為にね。

 それで思い出したけど、あの酒場のシチュー、今までの町では食べたことがない独特な味で美味しかったなぁ……。色は薄めのブラウンなのにクリーミーで濃厚で……何かのハーブの香りもした。何か隠し味でもあるのだろうか。

 などと考えつつ森を抜けると大きめの岩と低めの木が点在する場所に出た。そしてその岩や木を縫うように緩やかな下り道が続いていた。

 道端に咲く背の低い花。それをシャラシャラと鳴らす優しい風。澄んだ空気。透き通った青い空。そしてギラリと輝く夏の太陽。

 無意識にローブのフードをかぶろうと右手を伸ばしかけ、その中の重みを思い出し、手を止める。

「……」

 行き場のない手をワサワサと動かして、静かに下ろす。

 やっぱりシオンを入れる鞄か何かが必要だろうか。村には良さそうなモノがなかったけど、町なら何かあるはずだ。

 ……いや、そもそもこの子は僕のフードの中で眠りすぎではないだろうか。寝る子は育つというけど、ずっとこれではダメな気がする。

「シオン、少し歩こうか」

「キュ……」

 少し眠そうにフードから這い出てきたシオンを地面に下ろし、歩きながらフードをかぶる。


 大きな岩を迂回し、枯れて途中で折れている大木の脇を抜けて進む。

 ピョンピョンと跳ね、あちらこちらに寄り道しながら進んでいるシオンを視界の端にとらえながら昨日の事を思い出した。

 昨日、宿屋の部屋でボロックさんから貰った餞別の包を開けてみたのだ。

 結ばれていた紐を解き、布と油紙のような紙の中にあったのは、真っ黒な刀身。形は両刃の直刀で、長さは三〇センチあるかないかぐらい。材質は間違いなく闇水晶だった。柄の部分は作られていなかったのでこのまま使う事は難しいけど、恐らく職人に仕上げてもらえればナイフか槍になるはず。

 これは僕がボロックさんに渡した闇水晶の中で一番大きいものだろう。それを加工してくれたのだ。

「しかし……」

 魔力を流せば強いけど、魔力を流さないと硬くて脆い素材だ。武器にするにしても扱いが難しい。これをメイン武器として使うのは大変そうだ。

「まぁ、とりあえず保留かな」

 そう考えながら歩いていると急に前方が開けた。

 目の前には青い空と遠くの山脈。そして眼下に広がる巨大な町だった。



◆◆◆



「シオン、おいで」

 町へと続く大きな街道に出たところでシオンを抱き上げてフードの中に入れた。

 フラフラとしていて馬車にでも轢かれたらマズい。


 町に近づいていくと、その町の凄さがよく分かった。

 町を囲う壁の高さは六メートル程で、全て石造り。ここまで頑丈そうな壁は初めて見た。上からみた感じ、町の形は少し歪な円形で、大きさは今まで見たどの町よりも大きいと思う。この町は重要な拠点なのだろう。

 門は大きな馬車が二台すれ違っても余裕があるぐらい大きくて、その門を多くの冒険者風の男達や馬車などが通り抜けていた。

 なんとなく冒険者風の一団に紛れて町の中に入る。


「安いよ安いよ! 見てってくれ!」

「もう店閉めるぞ! 売り尽くしだ!」

「お客さん、男前だね! 安くしとくよ」


 門の近くで店を開いている露天商が声を張り上げて行き交う人々を呼び止めようとしている。どうやら活気もあるようだ。しかし――


「っ! おう! 嬢ちゃんよぅ! 人にぶつかっといて詫びの一つもねぇのかぁ? おおぉ?」


 少し先を歩いていた男性がいきなり声を張り上げた。

 その男は身長一九〇センチ程。顔は髭で覆われていて、革鎧を身に着け腰には剣を挿している、所謂、冒険者風の格好。しかし人相が悪くてゴロツキにしか見えない。

 対して、その男に因縁をつけられている相手は、身長一七〇センチ程。ラフなパンツルックに赤髪のポニーテールが特徴の、目がキリッとした女性。


 これは、マズいのではないだろうか?

 この状況。これから起こる事は誰でも想像出来るだろう。誰かが止めないと……と思いながら周囲を見回すが、誰もこの間に割って入ろうとしない。

 仕方がない、ここは僕の出番……などと考えている間に彼女は男の方へとくるりと振り返り――


「あぁ? ぶつかって来たのはどっちだ? やんのか、こら! かかってこいや! オラッ!!」


 ――『かかってこいや!』の段階で男が宙を舞った。

 何を言っているのか分からないと思うが……宙を舞っていたのだ。

「ブゲェ……」とか漏らしながら地面に叩きつけられ転がった男に近づき、胸ぐらを掴み上げて揺さぶっている彼女を眺めつつ。『かかってこいや!』と言うならせめて攻撃ターンぐらいあげようぜ! とか考えていると。周囲の野次馬が「ダリタに喧嘩売るたぁ馬鹿な奴だぜ」とか「オイオイオイ、死ぬわあいつ」と言っているのが聞こえ、彼女がこの町では有名なのだと理解した。


 しかし、ゲームか何かの主人公なら、この場面でサッと飛び出して彼女を救い、彼女とのフラグでも立てるかハーレムメンバーにでも加えたのだろうか?

 僕にはちょっと難しそうだ……。

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