第148話 訪れた宿は……

 それから露店を冷やかしながら宿を探して歩き回り、大通りで外観が綺麗で人の出入りが多い宿を見付けて部屋をとった。

 裏通りの宿は安いけど安心出来ない。なので最初は大通りの高い宿にして、そこから情報を集めて良い宿を探していくのがベストなのだ。特にこの町は人も多くて活気のある町だけど、さっき見たように冒険者っぽい人が多くて揉め事も多いように感じる。もしかすると治安が良くないのかもしれない。なので今回は特に良さそうな場所を選んでおいたのだけど――


「何かご注文はございますでしょうか」

 顔を上げるとメイドさんがそこにいた。


 夕食を食べるために宿の一階の酒場へと向かうと、そこはいつも使っているような酒場の倍ぐらいの広さがあって、なのに何故かカウンターテーブルがなく……仕方なく二人用のテーブル席に座ると――メイドさんが来た。

 メイドさんが来たのだ。

 薄々気がついていた――いや、本当は宿の入り口の扉を開け、扉のその先に飾られていた絵画や壺、その中の花とかを見て『ヤバい!』と感じたし。その芸術品を照らすために天井から揺らぎのない無数の魔力の光が降り注いでいて見惚れたし。その間にいつの間にか側にいた上等そうな黒いジャケットを着た老紳士に『いらっしゃいませ』と頭を下げられて『失敗した!』と悟ったし。老紳士に連れられるまま石の床をコツコツと歩き、奥のカウンターテーブルで一泊が金貨一枚からだと聞いた時に『やってしまった……』と理解していた。

 そう、ここはとんでもなく高級宿だ。

 最低でも僕が普段泊まっている宿屋の数倍はする。

 最初にヤバみを感じた時に扉を閉めて回れ右していればよかったけど、老紳士と目が合ってタイミングを逃してしまった。

 そういう事ってよくあるよね。美味しそうなラーメン屋を見付けたと思って入ってみたら中がガラガラで、ヤバい! と思って回れ右する前に店主に声をかけられて逃げるタイミングを失うみたいな。誰でも一度は経験あるはずだ。

 そんなこんながあって、借りてきた猫のようになっている一人と一匹がいる。……いや、一匹は気ままに僕の膝で仰向けになってゴロゴロしてるか。


「……おすすめは何ですか?」

「本日はレッサードラゴンの肉が入荷しております。その肉を使ったステーキをメインにしたコースが当店シェフの一押しにございます」

「お値段は?」

「はい、金貨三枚となっております」

 金貨? ……金貨三枚? 高すぎ! いやいやいや、流石にちょっと無理だよ。でも初めてのドラゴン族の肉か……食べてみたいけど……。

「……えぇっと、他には何かありますか?」

「それ以外でございますと、この季節は常時ご用意させていただいております、リバークラブのレモソース掛けをメインとしたコース料理がございます。こちらは銀貨八枚。そしてノックディアーのコース料理が金貨一枚となっております」

 そう言い終えたメイドさんはこちらを見た。

 ……ダメだ。どの料理も僕が知っている料理とは桁違いに高いよ! これだと何を頼んでも結局お財布には大打撃間違いなしだ。……もういいか、当面こんな高級宿に泊まる事なんてないだろうし、値段気にせず一番食べたいものを頼もう。

「じゃあ、レッサードラゴンのコース料理で……」

「かしこまりました。それではお飲み物はいかが致しましょうか」

「あ~……じゃあエールで」

 もうこれ以上の無駄な出費は避けようと、一番安そうな飲み物を注文した。

 今まで大体どんな店でもエールが一番安かったのだ。

「申し訳ございません。エールはご用意しておりません」

「えっ……」

 メイドさんは少し顔を曇らせながらそう言った。

 エールってもしかして、こちらでは完全に庶民向けの飲み物という認識なのだろうか?

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