第46話 妖精の庭と妖精の門
それから冒険者ギルドの酒場スペースや、露店で果実を売っていたおばさんなどから話を聞いた。
森の奥に迷い込んでしまった子供を妖精が助けた、とか。妖精の国に行ったまま帰ってこなかった人がいる、とか。夜中に妖精がふよふよ飛んでいた、とか。妖精に纏わる話をいくつか聞けた。
しかし。全てとても面白い話ではあったけど、どれもおとぎ話の延長線上のような気がしてしまったのだ。
そして今。村の北、妖精の庭へと歩いている。
色々と聞いた話の中でも、この妖精の庭に関するものにはリアリティがあった。なんたって実際に妖精の庭という場所が村に存在しているのだから。
ここには何かがあるのかもしれない、という気になってしまう。
途中、通行人に何度か場所を聞きながら、村を北へ北へと進んでいく。
家が密集している地域を抜け、田畑が並ぶ地域を抜け、果樹園が並ぶ地域を抜けた先にそれはあった。
「凄い……」
それは言葉では言い表せないような物凄い景色だった。
辺り一面、色とりどりの花が咲き乱れ、まるで空の虹がいくつも地上に落ちてこの場で混ざったかのように存在し、僕の瞳を七色に染めた。
僕の心には、ただ“凄い”としか言葉が浮かんでこなかった。
これ以上、この場所について表現する言葉は僕の中には存在していない。
人間、本当に凄いモノを目にすると、出てくる感想は一番シンプルなモノになるんだな、と心の中でひとりごつ。
暫くの間、この風景に圧倒されて何も出来なかった。何も考えられなかった。何も言えなかった。
確かに、ここは妖精の庭と呼ぶに相応しい場所だろう。
仮に妖精がここにいなくても、存在しなくても、この場所はそう呼ぶ価値のある場所だ。
心からそう思う。
暫くして、ようやく心が落ち着いて冷静に周囲を見る事が出来るようになった。
この妖精の庭は直径二〇〇メートルほどの広さがあり、その範囲に色々な種類、色の花が咲き乱れ、その奥には森が見える。
そして妖精の庭の中央には一本の柱があった。
一歩一歩、妖精の庭へと近づいていく。
そして妖精の庭との境目まで来た。
こうやってここから見てみると、不思議さと、おかしさと、面白さと、奇妙さと、とにかく色々な感情が混ざった気持ちが湧いて出てくる。
周囲を見渡してみる。
空が見えて、村が見えて、森が見えて、山が見えて、果樹園が見えて、原っぱが見える。
空の青さ、土や木の幹の茶色、山や原っぱの緑色があって。それから妖精の庭を見ると虹色の絵の具の世界がある。柱を中心にした一帯だけに、この世界があるのだ。
そう考えると、この場所の異常性は際立って見える。
こんな場所が自然と出来上がるのだろうか? やはり人為的に作られた場所なんだろうか? それとも、妖精という存在が関係しているのだろうか? 色々と考えるけど、答えは出ない。
僕のくるぶしほどの花や、膝ほどの花を出来る限り踏まないように、慎重に柱へと進んでいく。腸詰めを焼いていたおっちゃんは、この場所を無駄に荒らすな、と言った。僕もこんな素晴らしい場所を無駄に荒らす気はないけど、どの程度で荒らした判定になるのか分からなくて困る。とりあえず出来る限り花を傷つけないように、地面をよく見ながら歩いていった。
しばらくして顔を上げると、目の前にその柱があった。
それの高さは僕の身長の倍ほどで、直径は一メートルほど。色は白で形は円柱に見える。そしてその表面には何かの文字にも見える文様がびっしりと描かれているように見えるけど、経年劣化なのか、汚れなのか、見えにくい箇所もある。
そして。
頭の中に浮かぶ“妖精の門”という言葉。
これには物凄く驚いた。はっきり言って、今日一番驚いた。妖精の庭より驚きだよ!
だって今まで例の魔法書にしか反応しなかった謎の鑑定能力がこの石柱に反応するのだから。
ちょっと頭の中で整理が追いつかない。
とりあえず落ち着こう。一つ一つ考えよう。
まず、この能力で鑑定出来ているという事は、この石柱には僕にとって何らかの意味があるという事だ。そして妖精の門。門と付いているのだから、これは何かと何かを隔てている門なのだろう。普通に考えるなら妖精の世界とこちらの世界か。
うーん……。そうだとして、それが何なのだろうか。僕はどうすればいいのだろうか。
……ダメだ。どんどん頭の中がこんがらがってきた。
とりあえず、柱をぐるっと一周しながら、色々な角度から観察する。
しかし特に変わったところはない。
一部、汚れか何かで文様が見えにくくなっている箇所が全体的にあるぐらいか。
「……」
汚れ……ね。
暫く考えて、そして周囲に人がいないかキョロキョロと確認してから呪文を唱える。
「不浄なるものに、魂の安寧を《浄化》」
柱全体を綺麗に浄化するように、イメージする。
腹の底から溢れ出た魔力が体を流れて右手へと集まり、そこから輝くオーラになって石柱へと向かう。そして輝くオーラが石柱全体を包み込み、優しく波のように揺らめいた。
数秒後、僕の魔力を半分以上持っていき、輝くオーラが消えた後、そこには純白に輝く石柱があった。
表面は磨き上げたかのようにツルッと光り、材質は石と言うよりむしろセラミックのようで、ぶっちゃけると今は石には見えない。そして太陽の光を反射し神々しく光っている。
「うん、やっちまったな!」
いやまさかここまで綺麗になるなんて誰も思わないじゃないか。
というか、最初の姿とは別物だよ!
ヤバイヨヤバイヨ!
まぁ……やってしまったものは仕方がないか。
そう思って、石柱に付いた白い粒を手で払おうとした瞬間、手が触れた場所から波紋のように石柱全体に光が走り、文様の中のいくつかの単語が青白く光りだした。
「えっ!?」
その光がいきなり動き出して飛び出し、空中で集まり、何かの文になる。
が、その文にどういう意味があるのか僕には読めない。
そう思っている内に、空中にある文様がまたバラバラになり、順番に僕の胸に飛び込んできた。
「うぉっ!」
と反射的に飛び退くも、当然のように間に合わず、全ての文様が僕の胸の中に吸収される。
「ぅえぇ……」
そして同時に頭の中に浮かぶ“サモンフェアリー”という言葉と、その知識。
「えぇ……」
『うふふ、まったねぇー!』
呆然とする僕の耳元で、そんな声が聞こえた気がした。
◆◆◆
宿の自分の部屋に戻り、ベッドに座った。
今日も色々な事があった。
妖精の庭には驚いたし物凄いとは思ったけど、一番驚いたのは魔法書以外で魔法を覚えた事だろうか。こんな方法で魔法を覚えられるなんて、今までに見た文献には書いてなかった。まぁホーリーライトなどの魔法はかなり特殊だから色々例外的な感じなんだろうけど。
それ以前に、僕が目にした文献なんて南の村にある資料室の数冊だけだし、文献についてどうこう言えるレベルではないか。まだまだこの世界について僕は何も分かっていないのだ。いつか色々な本を読んで知識を得る機会があればいいけど、中々難しいかもしれない。
図書館などの施設があればいいけど、あっても一般人では入れない気がするし。本を買ったとしても、根無し草の冒険者生活では持ち運ぶのも大変だ。
そう考えると、僕が色々な事を知るためには知識を持つ人に教えを請うしかないような気がしてくる。まぁ知識を持つ人から話を聞く方が本を探すより難しそうなんだけど。
やはり現代日本とは違って情報へのアクセスが非常に難しいこの世界で色々な事を知るのは大変そうだ。
一通り頭の中で今日の出来事の整理が終わり、頭を切り替える。
さて、とりあえずサモンフェアリーを使ってみよう。
頭の中に入ってきた情報からも、サモンフェアリーという名前からも、妖精を召喚する魔法というのは分かっている。しかしとりあえず一度は使ってみて、どんな感じなのかは知っておきたい。
そう考え、精神を集中させ、呪文を詠唱しようとする。が……。
「……ダメだ。何かが足りない気がする」
発動させようとするも、その前に発動出来ないという事が何故か分かってしまう。何か大切なピースが抜け落ちているような気がするのだ。
暫く色々と試してみるも、何をやっても発動しなかった。
「残念だけど、とりあえずサモンフェアリーは保留かな……時間が解決してくれるような問題ならいいんだけど……」
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