第45話 森の村という場所と妖精伝説

「フォレストウルフの群に三回遭遇、ですか……」


 あれから宿を取り、そして森の村の冒険者ギルドに行き、魔石と討伐部位を提出して換金した。そのついでにフォレストウルフに三回も遭遇した事をダンが報告したのだけど、いまいち受付嬢の反応が薄い。

「あぁそうだ。今までこの辺りでこんなにモンスターが出た事はなかった。……報告はしておいたからな」

 そのダンの言葉に受付嬢は、「分かりました。一応、上には報告しときますから」と言いい、「それでは次の方、どうぞ」と、業務に戻った。

 そして僕達は冒険者ギルドを出る。


「チッ! やはりここの住人には危機意識はない、か」

「ここは、相変わらずね」

 と、二人が愚痴る。

 あの受付嬢の反応には僕も少し驚いた。普通、モンスターが異常な動きをしたら、何かあるのではないか、と考えるはずだし、もっと危機感を持つはずなのに、それがない。

 それにしても、ダンは先程、やはり、と言った。何かその理由に心当たりでもあるのだろうか?

「ん? あぁ……この村には昔からモンスターが近寄らないんだ。この地には妖精伝説がいくつも残っていてな。妖精の加護で守られた村、なんて言う奴もいるが、どうだかな」

 なるほどね。だからこの村には壁がなかったのか。

 外にモンスターが溢れようとも、この村にはモンスターが来ないと分かっているから危機意識を持てない、か……。それは仕方のない事なのかもしれない。

 しかし妖精伝説か……。ファンタジー世界なら妖精ぐらい普通にいるのだろうか。いや、普通にいるなら伝説にはならないかな?

 少しその妖精伝説とやらに興味が湧いた。時間があるなら調べてみるのもいいかもしれない。

 そんな事を考えながら歩いて宿に戻った。


「それじゃあいつも通り明日は休みにする。分かっているとは思うが、夕食時に翌日の予定について話し合うから、その時間には宿に居るようにな」

 ダンはそう言ってから自分の部屋に戻っていった。

 うちのパーティには、泊りがけの仕事の翌日は休暇にする、というルールがある。これはしっかりと休憩をとることで疲労を蓄積しないようにする、という理由からだ。

 どんな冒険者でもタイミングは違えど同じ理由から適度に休暇は入れている。勿論、稼いだ金が消えるまでの間は休暇にするような冒険者も少なくはないらしいが。

 そう考えると、しっかりルールを決めて休暇を入れるうちのパーティは真面目な冒険者と言えるのだろう。いや、よく考えると、うちのパーティメンバーの両親は、ランクフルトに店を構えたそれなりに安定した生活をしている人達だ。その生まれ育ちの時点で他の冒険者とは毛色が違うのかもしれない。



◆◆◆



 翌朝、いつものように宿の一階にある酒場で薄い葡萄酒を水筒に入れてもらい、それを持って村の中を探索する事にした。

 宿を出て、昨日ギルムさんが向かっていた方向、村の中心を目指して歩く。

 宿の前の道は馬車がすれ違える程度の広さがあるけど、舗装はされていない。土がむき出しのままだ。その道を歩き、小川に架けられた石の橋を渡り、家と家の間から奥の畑を眺め、村の中心へと辿り着いた。

 村の中心は広場になっていて、広場を囲むように店が建ち並び、そこから放射状に道がいくつも伸びている。そしてその道の両側にも民家や店がいくつか並んでいるのが見えた。

 こうやって見る限り、南の村よりも栄えているような気がするね。

 んー、よく考えてみると、それも当然なのかもしれない。なんたってモンスターが出ない村なのだから。

 この村は西側が森で、さらに進むとランクフルトの町があり。南側は森と山があって、山の裏には海。東側も山脈が続いているから奥には抜けられず。北側も森と山があり、それを抜ければ王都方面ではあるけど、わざわざそんな所を抜ける物好きなんているわけもなく。つまり南の村と同様、袋小路の行き止まりにある村と言える。

 そういう悪い立地条件だからこの程度の繁栄度合いに落ち着いているのであって、もっと交通の便が良い場所だったならランクフルトよりもっと大きな町になっていたのかもしれない。

 モンスターが出ない、というこの地の特徴にはそれだけの価値があるはずだ。


 広場の中央付近まで歩いて、そこから周囲をぐるりと見渡して何か適当な店を探す。

 パッと見た感じ、鍛冶屋や飲み屋などが見えるけど、お腹も空いたので腸詰めを吊るしている屋台へと近づいた。

 今は他に客もいないようだし丁度良いか。

「すみません。一つ下さい」

 そう注文すると四〇歳ぐらいの店主が「はいよっ! 銅貨二枚ね」と、元気に返事しながら腸詰めを用意し始めた。

 この腸詰めは長さが一五センチほどで、それが串に四つ刺してある。

 店主はそれを炭が入った細長い七輪のような物の上に置く。


 僕は鞄から銅貨を用意し、それを渡す時に話しかけた。

「はい、銅貨二枚ね。ところで、この村には妖精伝説があるって噂だけど、知ってます?」

「妖精の伝説? そりゃあこの村で生まれた奴なら子供の頃から何度も聞かされてるからなぁ」

 焼いている腸詰めをひっくり返している店主から詳しい話を聞いていく。

「要するに親の言うことをよく聞いて良い子にしてりゃ、いつか妖精が迎えに来て、妖精の庭から妖精の国へ行ける、ってな感じの話だよ」

 なるほど……。何かどこかで聞いたことがあるような話……とでも言うか、親が子供を躾けるために使いそうな話だよね。

 んー……そう言えば、妖精の庭、という単語が出てきたけど、これは何なんだろうか?

「妖精の庭ね。そりゃあ村のすぐ北にある花畑の事だぜ。中央に石柱があるからすぐに分かる。……ただし、そこに行くなら守らなきゃならねぇ事がある。まず花畑を無駄に荒らさない事。そして石柱を汚すような事はしちゃあならねぇ」

 彼はそう言った後に「守らねぇ馬鹿がどうなっても俺は知らねぇからな」と続けた。

 うーん……。何か、こう、おとぎ話の世界から一気に現実に引き戻されたような、現実味と迫力のある話だった。

 とりあえずその忠告は守っておこう。

 店主から焼いた腸詰めの串焼きを受け取り、食べながら他の場所を探す事にした。


 この腸詰めは何の肉なのかサッパリ分からないけど、何かのハーブで臭みを消してあって思ったよりイケる。

 皮を噛んで、歯が突き破った瞬間のパリッという歯ごたえと、そこから溢れ出す肉汁の旨味。そして炭火のスモーキーな香り。そこにハーブの風味が上手く合わさってたまらない。ただ、保存性を考えているのか、ちょっと塩味が濃い気もする。

 うん、朝だけどエールが飲みたくなるな。

 そう思いながら、代わりに薄い葡萄酒をグビッと飲んだ。

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