第44話 夜の世界と森の村

「この場所? さて、な……俺の爺さんの頃からこんな感じらしいし、丁度良い野営場所として使われてたらしいがな」

 そうギルムさんは言い、そして「まぁ領主様なら何か昔の資料でも持ってるかもな」と続けた。

 結局のところ、よく分からなかった。

 ただ、ギルムさんのお爺さんの頃からという事は、かなり昔からこのままという事になる。つまりここは何かの遺跡と言っていいのかもしれない。


 日は完全に落ち、辺りは暗闇に閉ざされた。

 焚き木がパチパチと燃え弾ける音と鍋がグツグツ煮える音、それとリーンヒュルルと鳴く何かの虫の声だけが辺りに響いている。

 崩れた壁石を並べて作った竈の上に置かれた鍋の蓋を取り、ギルムさんが鍋をかき混ぜた。

 僕達も似たような石を椅子代わりにして竈を囲んでいる。

 このあたりの壁石は綺麗な四角で大きさも揃っているから何をするにしても使い勝手が良いね。座りやすいし、鍋を乗せても安定してる。

「よし、出来たぞ」

 そう言ったギルムさんが皆のカップにスープを注いでいく。

 夕食はスープと黒パンだ。

 スープには燻製塩漬け肉と何かの野菜とハーブのようなものが入っている。味のベースが燻製塩漬け肉の旨味と塩味だけだからか、一味物足りなさを感じる。

 しかし野営ならこんなものだろう。

 黒パンをスープに浸して腹に詰め込んでいく。

 ズッシリとした黒パンがスープを吸って腹に溜まるので満足感はあった。


「最近、モンスターの数が増えたという噂があるが、聞いてるか?」

 そう、ギルムさんが切り出した。

 僕達は顔を見合わせる。

 そしてダンが答えた。

「冒険者の間では噂になってますね。それに南の村に行った時に出たワイルドボアやエルシープも普段はあの地域では見かけないし、今日もフォレストウルフの群に二回も襲われた。何か今までとは違う感じがします」

 このランクフルト周辺はモンスターの数が少ない地域だ。強いモンスターもほとんどいない。エルシープは本来ここより北側にいるモンスターらしいし、ワイルドボアはもっと森の奥にいるモンスターだ。なのにそれが街の近くに出没するようになっている。

「偶然そうなっただけ……ならいいんだが。もし何か原因があるなら、マズい事になるかもしれんな」

 そう言いながら、ギルムさんはスープをカップに注いだ。



◆◆◆



「ルーク、起きろ。交代だ」


 体を揺さぶられて目が覚めた。

 徐々に頭が動き出し、目のピントが合ってきて、揺さぶっているのがダンだと分かった。

 少し経つと状況を思い出してきた。

 そうだ。夕食を食べた後、夜の見張りをしながら交代で寝る事になったんだ。

 体を起こし、周囲を確認してからダンに「おはよう」と言う。

「あぁ。火は絶やさないようにな。日が出たら起こしてくれ」

 そう言ってダンは自分の場所に戻り、外套に包まった。

 眠気が抜けきってなかったのが、少しずつ覚醒していく。

「……」

 僕は起きたところだけど、今から寝る相手に、おはよう、ってのはちょっと違うのかなぁ、とか、どうでもいいことが自然と頭の中に浮かぶ中、外套に包まりながら焚き火の横にある石のブロックに座った。

 前を見ると、焚き火を挟んで反対側ではメルが眠たそうに目をこすっていた。

「おはよう」

 僕がそう言うと、メルがこちらを見て「おはよう」と言った。

 まだかなり眠たそうだ。


 横にある焚き木を一本掴み、焚き火に放り込む。

 それから周囲を見回してみる。

 焚き火の回りに皆がいて、奥に馬車が停めてあり、その横で馬が飼葉をムシャムシャと食べていた。ちょっとかわいい。

 ギルムさんは馬車で寝ているはずだ。


 この世界でもテントのような物は存在している。

 しかしほとんど使われる事はないらしい。

 まず持ち運びに不便な事。

 地球の現代技術で作られたアルミフレームと防水シートの軽量型テントのような物は存在していないので、この世界のテントはそこそこ荷物になる。まず一般的な冒険者はそんな物を持ちたがらない。

 それにテントに入っていたら急な夜襲に対応出来ないかもしれない。

 結局、テントを使うのは、外に簡易拠点を作り、ある程度の人数でその場に留まるような時だけになる。

 だからほとんどの人は外套に包まって寝る。今、僕の回りで寝ている皆のように。


 出入り口の方を見た。

 焚き火の炎と熱に照らされて出入り口の柱が赤く揺らめく。そしてその奥、出入り口の外は闇の世界で、今にもそこから何かが飛び出してきそうに感じる。

 地球だったなら幽霊や妖怪を想像したかもしれないけど、この世界にはモンスターという身近に存在する化け物が存在している。本当に暗闇から何かが飛び出して襲ってくる。だからこそ、こうやって見張りをしているのだ。

 月明りに照らされて青く見える森を見ながら、そんな事を考えていた。


「……」


 ……月明かり。月?

 何だか物凄く気になって空を見上げた。

 そこにあったのは、月。そして月。

 二つの月と、日本では見れないような満天の星空がそこにあった。

 驚いて、思わず立ち上がってしまう。

 そういえば、こちらの世界に来てから夜に出歩く事なんてなかったはず。夜に外でやる事なんて何もないから、日が落ちる前には宿に戻っていた。

 いや、それ以前に、この世界に来てから空を眺めた事なんてあっただろうか。常に何かやる事があって、忙しくて、こんなゆったりとした時間は取れなかった。

 そう考えながら空を見上げ続ける。

 この夜空を見るだけでも、この世界に来た意味はあったのかもしれないな。

 そう思った。


 結局、メルに「……トイレに行くなら早く行きなさい」と言われるまで満天の星空を眺め続けたのだった。



◆◆◆



 翌朝、日が昇ってから出発し、途中でフォレストウルフに一度襲われるも無事に森の村へと到着した。

 森の村は山の麓にあり、周囲を森で囲まれている。なのに壁のような物がなく、ランクフルトや南の村とは明らかに感じが違う。モンスターがあまり出ないという南の村でさえ壁があったのに、それがないのは異常にすら感じた。

 馬車は村の中を進んでいく。

 この村の建物はほとんど木製で、南の村に近い。村を囲む壁がない分、むしろ日本の田園地帯のような雰囲気もある。

 そしてここは野営地の廃墟群とも明らかに感じが違う。あの野営地の特殊性を改めて確認する事になった。


 馬車が一軒の建物の前で停まった。

「よし、ここが宿だ。こっちの用事が済み次第、連絡入れるからな。それまでは自由にしといてくれ。俺はこれから商品を下ろして来るからよ、また後でな」

 そう言ってギルムさんは馬車に乗って去っていく。

 それを見送ると、ダンが「じゃあとりあえず部屋を確保するか」と言って宿に入っていった。

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