第43話 水魔法の価値と遺跡
皆で計六匹のフォレストウルフを倒すと、ようやく出てこなくなった。
暫く警戒した後、武器を下ろす。
その瞬間、僕の周囲に光が渦巻き、僕の中に吸収された。
そして体の奥底から力が湧いてくる。
久し振りの感覚に一瞬驚いてしまったけど、これはレベルアップだ。
「お、女神の祝福か。おめでとう」
「……ありがとう」
一瞬、女神の祝福という単語が何か分からず言葉が詰まりそうになったけど、何とか返事を返す。
どうもこの世界ではレベルアップの事を女神の祝福と呼んでいるらしい。
覚えておこう。
そう考えながら周囲を確認していると、ダンの右足のズボンが一部破け、太腿が切れて血が出ているのを見付けた。
さっきの襲撃でやられたみたいだ。
「それ、治そうか?」
彼の右足を指差しながら言う。
ダンは僕の指指した場所を見て「ん? あぁ、じゃあ頼む」と言った。
指摘されるまで傷に気付いてなかったみたいだ。
心を落ち着かせ、集中して心の中で呪文を唱える。今回は出来る限り範囲を小さくするようにイメージした。
(神聖なる光よ、彼の者を癒せ《ホーリーライト》)
体の奥底から以前よりも少ない量の魔力が流れ出て、ダンの右足太腿付近に光の輝きが集まる。そして輝きがなくなると傷は綺麗に消えていた。
これがこの数日の間に新しく出来るようになった事。要するにホーリーライトのド派手な演出を抑えるために、傷の付近にだけ魔法効果が現れるようにしてみたのだ。これなら狙った場所だけキラキラ光るので、かなりマシになる。
まぁ、結局キラキラと派手に光るのは回避出来なかったとも言えるが……。
それからメルとラキの小さな傷も治していく。
するとダンがその後ろで、「こんな傷で回復魔法を使ってもらうなんて、俺達も贅沢になったもんだな……」とぼやいた。
それを聞いたメルが「いいじゃない! 教会に行くわけじゃないんだから」と反論する。
この世界では、回復魔法が必要なら基本的には教会に行く。でもそれはそこそこお高いのだ。なので一般人は本当に必要な時ぐらいしか使わない。いや、使えないというのが正しいか。
しかしパーティ内にヒーラーがいるなら話は別なのだ。
「よしっ! じゃあフォレストウルフから討伐部位と魔石を抜くぞ。時間もないし、魔石を抜いたら残りは森に投げるんだ。ギルムさんもそれでいいですね?」
ダンがそう言い、ギルムさんが頷いたのを見て、皆が作業に取り掛かる。
モンスターは死んだ後も体内に魔石が残り続けるとアンデッド化する可能性があるため、とにかく魔石は抜いておく必要があるらしい。そして可能なら、その体も燃やすか埋めるかした方がいい。残しておくと他のモンスターのエサになるからだ。
しかしうちのパーティには火魔法や土魔法を使える人がいないし、穴を掘るのも時間がかかりすぎる。
もし僕達が狩りにきていたのなら、今からフォレストウルフを解体して毛皮を持ち帰るところだけど、今は護衛の最中だからその時間も取れない。前回のエルシープの時みたいに町が近いのならギルムさんが買い取って無理にでも馬車に乗せて持ち帰るという方法もあったけど、今回は人里までまだまだ遠い。それにフォレストウルフにはエルシープほどの価値がないのも大きい。
結果的に最低限の処置として魔石を抜いて、討伐部位を取るぐらいしか出来ないのだ。
まぁ全部ダンの受け売りなんですけども!
◆◆◆
そしてメルがフォレストウルフを解体しているのを横で見ている。
素直に分からない事を白状して、教えてもらうことにしたんだ。
「まず腹側から切り込みを入れる。本来ならここから内蔵を出したりするんだけど、今は魔石を取り出すだけだから、この切れ目から手を入れて魔石を取り出すの。心臓の位置にあるからね」
そう言いながらメルはフォレストウルフの腹から手を入れて二センチほどの魔石を取り出した。
「じゃあこっちのでやってみて」
メルにそう言われてフォレストウルフの前に立つ。
手にはゴブリンのナイフを持っている。
初めての生物の解体。……何とも言えない気分になるけど気持ちを切り替えて袖を捲り、フォレストウルフの腹にナイフを滑り込ませる。
プスリ、グニュリという感じの感触と共に腹が開かれた。そしてそこに手を突っ込む。
あー心臓ってどこにあるんだっけ。前側だっけな。とか考えながら中で手を彷徨わせていると指先に硬い感触があったので、それを掴んで引っ張り出した。
そして、手には血まみれの魔石があり。やりきったという達成感と、血まみれの自分の手を見ての、これからどうしよう、という感想とが入り混じってしばらくボーっと魔石を眺めてしまう。
物凄く《浄化》を使ってしまいたいけど、やっぱりそれはマズいよね。
「水よ、この手の中へ《水滴》」
そんな声が聞こえ、横を見るとメルが空中に現れた一〇センチほどの水の塊を手で受け止め、魔石ごと手を洗っていた。
「ほら、ルークも洗ってあげるから手を出して。ちゃんと受け止めるのよ」
メルにそう言われて、慌てて手を器の形にする。
「水よ、この手の中へ《水滴》」
その呪文と共に僕の手の上に水の塊が現れ、僕の手の中に落ちた。
流石にこの量では完全に綺麗には出来ないけど、贅沢は言っていられない。メルにお礼を言い、手を揉むようにして血を洗い流し、布切れで手と魔石を拭う。
メルはそれを見た後、ダンとラキの方へ行き、彼らにも《水滴》を使った。
「あぁ……もったいない」
声のした方を見るとギルムさんがいた。
思わず「もったいないんですか?」と聞くと、こちらを見たギルムさんがこう答えた。
「魔法で作った水は色々と使い道があるんだぜ。薬、ポーション、栽培……。清浄な水ってだけでも多くの場所では需要が高いしな」
なるほどねぇ。こういう環境では清浄な水に価値があるのは理解出来る。
井戸水は基本的には綺麗だけど、大きな町中とかだと汚水が地下に浸透して井戸水が汚染される場合もあるだろうし。そもそも井戸というのは完全に清潔に保ち続けるのは難しいはずだ。何かの生物が誤って井戸に落ちて死ぬと汚染されるし、たまたま鳥の糞が入ってしまっても汚染される。そんな事がなくても外気に触れる環境にあるなら虫なんかも入ってくるだろうし、井戸の内側に苔などの植物が生える事もあるはず。
しかし魔法で作られる水は、清浄な水、という以上の特別な何かがあるんだろうか。もし《水滴》の魔法を覚えられたらいつか検証してみたいところだ。
◆◆◆
それから出発し、もう一度フォレストウルフの襲撃があった後、日が傾きかけてきた頃に野営場所に到着した。
その場所はまるで森がくり抜かれたかのように木が伐採されてあり、ところどころ苔むした石造りの廃墟がそこらじゅうに残っていた。
と言っても残っているのは柱や壁だけで、家と呼べるようなものは一つもない。
屈んで地面を観察しながら少し土を除ける。
すると綺麗に敷き詰められた古い石畳のようなものが見えた。
馬車が一旦止まり、進路を変え、一つの建物跡へと入っていく。
その場所はそこそこの敷地面積があり、入り口も馬車が余裕で通れるぐらいの広さがあった。そして周囲の壁が完全には崩れ落ちておらず、二メートルぐらいの高さが残っている。
上手く入り口を残して四方が囲まれていて、守りやすそうだ。野営するには丁度良いと思う。
「よし、野営場所に着いたぞ。周囲の安全を確認しながら焚き木を集めよう」
ダンがそう言うと皆が建物跡から出ていくので、僕も後を追った。
周囲を警戒しながら建物と建物の間にある石畳の道を歩く。
ふと気になり、近くの石壁に付いた苔を払ってよく見えるようにして、それから触れてみた。
触った感じ、材質は普通に石っぽく、そして石と石の間の隙間がほとんどない。
昔のレンガ造りの家のように、小さなブロックを泥や漆喰などで接着しながら重ねて形を作っていくような作り方ではなく、六〇センチほどの綺麗な四角い石のブロックをただ積み上げて形にしているように見えた。
石をここまで綺麗に四角に切り出すのも大変だし、その大きさの石をこの森の中まで運び、積み上げるのも大変なはずだ。
今まで南の村とランクフルトの町にしか行ったことがないけど、この場所は、南の村は勿論、ランクフルトの町よりも高い技術でしっかりと作られているような気がする。
そんな場所が何故こんな状態になってしまったのだろうか。そもそもこの場所は一体何なんだろうか。もしかして、建築には魔法が使われたりしたのだろうか。興味は尽きない。
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