第42話 野営準備とフォレストウルフ
それから、依頼人との待ち合わせ場所へと向かう前に色々と準備があった。
まずメルが家に長期の外出を報告しに行き、僕らは野営用の準備をしに店を回った。と言っても僕以外は基本的な野営道具は揃っているらしく、緊急時用の保存食などを買い足すだけだったので、色々と買う必要があったのは僕だけなんだけど。
考えてみれば、今まで冒険者活動で外に出る事はあっても日帰りばかりだった。日が落ちる前に村に帰っていたから野営するための用意なんて考えた事もなかったけど、ダン達も野営道具を一通り揃えているという事は、やっぱり冒険者をやるなら野営はよくある事なんだろう。しっかり準備しておく必要がある。
そう考えている間に雑貨屋に着いた。
「まず絶対に必要なのは敷物か外套だな。これがないと地面に直に寝る事になるぞ。それとカップか鍋だ。あとは……水筒やナイフは持ってるんだろ? うーん……あぁ必要ならスプーンとかも買っておいた方がいい。なくてもその辺の木の枝とかで何とでもなるがな。他にも色々とあるが、今はなくても問題ない」
ダンのアドバイスを元に決めていく。
まずは敷物か外套。
これの用途は多い。包まって寒さや雨風を凌いだり、地面に敷いて体温の低下を防いだり、太陽の陽射しを遮ったり、など。
材質的には革、毛皮、布などで、形も袖付き袖なし、それに長さも様々で、それぞれ長所短所がある。
素材自体の性能とかを別にすると、単純に性能的に一番優れているのは毛皮製になる。クッション性もあり、軽い雨なら毛が弾き、風も通さなくて温かい。ただ、毛皮製という事は要するに毛皮のコートのような物なので夏場は暑いし、暑いからと言って脱いでも嵩張るから邪魔になる。
なので拠点を持っている冒険者は季節などによって使い分けているらしい。うちのパーティでも皆、実家に毛皮の外套を預けていて、冬になるとそれを使うのだとか。普段は布製の外套を使わなくても必ず背負袋に入れているとダンが言った。
それを聞いて僕も布の外套を買うことにした。サイズは膝下より長く袖付きで色は濃い緑色だ。材質はキャンバス生地のような感じで、分厚く硬い。生地には防虫効果のある草の汁を吸い込ませているとか。
だから緑色なんだね。
冬場の事に関しては……その時に考えよう。
幸い、今は温かいシーズンらしく、寒くなるまでにはまだ時間がある。そしてこの地域は冬場でも雪はあまり降らず、比較的温暖な気候らしいので、まぁ後回しにしても大きな問題はないと思う。
次はカップか鍋。
これの用途は単純に食事の入れ物だ。
今回、依頼者側が護衛中の食事を出してくれるけど、それでも普通は入れ物までは出してくれない。食事に何が用意されるかは分からないけど、底の深い入れ物なら何が出されても受け取れるはずだ。
そして護衛依頼では食事が用意されない場合もある。そういう場合は冒険者側が自ら用意するから、鍋があれば便利だ。勿論、干し肉などの乾物で我慢するなら鍋はいらないけど。
考えた結果、今回は木製の丼鉢とスプーンにした。
今は鍋はいらないと思うし、軽いからね。
雑貨屋を出てメルと合流し、東門へと急ぐ。
東門前に着くと、そこには一台の馬車とギルムさんが見えた。
近づいてダンが話しかけると、僕達を見たギルムさんが「おう、今回もよろしくな」と言った。
そして森の村へ向けて馬車が出発する。
◆◆◆
カラカラと馬車の車輪が回る音がする。
当然ながら、僕の右横には馬車がいて、動いているからだ。
僕達のフォーメーションは前と同じで、僕の前にダンがいて、馬車の反対側にはメルとラキがいる。
ちなみに、基本的に護衛は馬車には乗らないらしい。
商人の馬車は商品を運ぶための物なわけで、護衛を乗せるぐらいなら、その分だけ荷物を増やすのが商人の考え方だ。
そもそもの話をすると、馬と言えば競馬などで見る速いイメージがあるかもしれないけど、基本的に普段は馬も走らないのだ。だって馬も走れば疲れるのだから。長い距離を進みたいなら歩かせる方がいいに決まっている。
それに荷物満載の重たい馬車を引く馬を走らせたとしても大してスピードなんて出やしないし、大きな振動で商品に悪影響が出る。
なので護衛は馬車の周囲を囲むように歩き、馬車もそれに合わせて進むのが一般的な馬車の護衛になる。
出発してから、体感では二時間か三時間ぐらいだろうか。出発した頃は山と森が遠くにあり、近場はゴツゴツした岩が点在する草原だったけど、進むにつれて森が道の左右からどんどん近づいてきて、今は道の両脇五メートルほど先には森がある。あまり管理はされていないのか、下草も多くて見通しは良くはない。背の低い生き物なら下草に隠れて見逃してしまいそうだ。
森の中を注視しながら歩いていると、左側の森の中、一〇メートルほど先の下草がカサカサと音を立てて動いた。
「左側! 何かいる!」
僕が何か言う前にダンが気付いて大声を上げる。
ダンが盾を取り抜剣するのを見て、僕も慌てて槍の先に付いているカバーを外す。
ギルムさんが馬車を止め、メルとラキが馬車の前後から走ってきた時、下草の中から何かが飛び出してきた。
「フォレストウルフだ! 馬を殺らせるな! 各自で対処!」
ダンがそう叫びながら、飛びかかったフォレストウルフに剣を突き入れる。
その声を聞いたラキが少し下がり、フォレストウルフが出た森とは反対側の森が見える位置に移動した。
逆側からのバックアタックを警戒しているみたいだ。
ダンに飛びかかったのは緑色の狼のようなモンスターで、大きさは中型犬ぐらい。その一匹は胸元にダンの剣を食らい、血を流しながら地面に転がってピクピクと痙攣している。
いきなり始まった戦闘に、まだ頭が切り替わっていない。
が、昔の練習を思い出し、無理に頭を切り替える。
そして右足を引き、槍を中段に構えた。
すると体が練習を思い出したのか、少し頭が冷えた。その頭で少し考えてみる。
さっきダンは、各自で対処、と言った。ダンは皆が出来ないような無茶は言わないはずだ。恐らくフォレストウルフは一対一なら皆それぞれで対処可能なレベルのモンスターのはず。そして、もしかすると集団で行動するモンスターなのかもしれない。狼型という事から考えても、その可能性が高い。
そう考えていると森の奥の下草が揺れ、フォレストウルフがこちらに飛びかかってきた。
「フッ!」
共に足を一歩引き、フォレストウルフが飛びかかろうとしている場所から下がってタイミングをずらし、そのまま腰を捻って気合と共にフォレストウルフに槍を差し込んだ。
「ギャン!」
フォレストウルフは自ら槍の方へと飛び込むような形となり、空中で串刺しになって勢いを殺され、地面へと落ちた。
そして僕の手には初めての感覚が残る。
肉を断つ感触だ。
一瞬何か余計な事を考えそうになるも、頭を振って振り払う。
「まぁ、散々ゴブリンを撲殺しといて、今さらだよね」
そう言いながら僕は、落ちてもがくフォレストウルフに再び槍を突き入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます