第41話 お風呂魔法と最初の依頼

 暫く魔力の回復ついでに休憩していると、ふと思いついてしまった。

 浄化を体に直接かけたらどうなるのだろうか? と。

「うーん……」

 正直、ちょっと怖い。

 体に悪影響はないとは思うけど、あの大きな効果を見てしまうとやっぱり怖いものがある。

 原理も分からないし。未知への不安とでも言うべきか。

 でもまぁ試してみるしかないか……腹をくくろう。


 自分の体に対して発動するように考えながら呪文を唱える。

「不浄なるものに、魂の安寧を《浄化》」

 浄化を発動させるとその瞬間、輝くオーラに僕の全身が飲み込まれて前が見えなくなった。そして全身をくすぐるようにオーラが動き回る。

 数秒後、輝くオーラが消えると、サッパリしていた。

「……えぇ、マジかぁ」

 僕が着ていたローブは汚れも消えて綺麗に元の乳白色を取り戻し、少しベトついていた体からベタつきが消え、額に滲んでいた汗も消えた。

 髪の毛をワシャワシャと掻き乱し、ローブを摘んでパタパタを叩いてみると粒のような物がパラパラと落ちてくる。

 床に落ちたそれを観察すると、さっきのと同じ白い粒だった。

「……いや、確かに凄いけども……便利だけども」

 効果自体は、ある程度は予想していた。けど僕は、汚れを浮かせて纏めて綺麗にして粒に変える的な感じだろうと簡単に考えていただけだった。

 が、だ。さっき僕の体に起こった現象を見てみると、どうもそれだけでは済んでいない。

 何故なら、額や髪の毛についていた汗の水分や油が綺麗サッパリ消えているからだ。

 これはすでにもう物質変換とか錬金術とかそういう域の効果が起こっているような気がする。

 そして少し恐ろしくなった。


「……これ、汚れとそれ以外って、どういう基準で判別されてるんだ?」


 体から出る垢は元々は古くなった皮膚だ。つまりこの魔法は皮膚と垢を絶妙なさじ加減で判別している事になる。

 そして皮膚から出てくる油分は、皮膚をコーティングして肌を守り潤いを与えるために必要な存在だ。なので一定量は残っていた方がいい。

 手で顔を触って確認してみる。

 肌がカサカサしたり、突っ張ったりするような感覚はない。自分で言うのも何だけど、もちもちスベスベしている。つまり油分を取りすぎないよう絶妙にオイルコントロールされているのだ。

「……何だこの、お肌の曲がり角に差し掛かった女性が欲しがる売り上げナンバーワン洗顔料、みたいな都合の良い効果は」

 どういう原理で成り立っているのかサッパリわからないよ……。

「まぁ、それを言うと魔法全てが原理のよく分からないモノになる、かな」



◆◆◆



 それから数日間、引きこもりつつ魔法の研究に没頭した。

 ここ数日は色々とあって魔法の練習をする時間はなかった。それにパーティに入った以上はこれからも自由な時間が減るだろうから今のうちに魔法について思いついた事を試しておきたかった。

 前にホーリーライトやライトボールをを使った時の感覚から、魔法に新たな可能性を感じていたし、まだまだ試したい事、練習しておきたい事は沢山ある。


 そして今は皆で冒険者ギルドの前にいる。

 ダンの鎧も直ったので仕事を再開するのだ。

 今の僕の格好は、綺麗に白く戻ったいつものローブに背負袋を背負い、そして身長サイズの鉄の槍を持っている。自分でも、これはどうなんだ? という感じがしないでもない。他の冒険者を見ても、こんな格好の奴はいない。はっきり言って浮いている。何だかもう自分でもどういう方向に進んでいるのか分からなくなってきた。

 でも仕方がないじゃない。まだ鎧を買うお金がないんだから!


 しかし今朝、メルと会った時、彼女がまじまじと僕の顔を凝視して、それから僕の周囲をぐるっと一周しながらつま先から頭のてっぺんまで僕の全身を舐めるように観察し、それから僕に顔を近づけてクンクンしながら観察して、「何かずいぶんと綺麗になってない?」と聞いてきたので色々な意味でドキリとしたけど、適当に誤魔化しておいた。

 やはり女の勘というモノは鋭いのだろうか? 一瞬で気付かれてしまった。


 実は浄化を覚えてから、練習と研究と実益を兼ねて日に二回は自分に浄化をかけていた。おかげで裏の井戸で汲んだ水で体を拭う必要もなくなったし、朝に顔を洗う必要もなければ歯を磨く必要もなくなった。服を洗濯する必要もない。

 洗濯はともかく、全身を綺麗にするのは想像以上に大変だったから数日に一度しかやれてなかったし、それでも冒険者の中では綺麗にしている方だった。

 それが一日に数回も全身丸洗いしているようなもんだし、バレるよね。まぁダンとラキはまったく気がついてなかったけど。


 ダンに続いて冒険者ギルドの中に入る。

 ギルドの中には多くの人がいた。正面のカウンターには冒険者が列を成し、左手の掲示板前にも冒険者が何人も集まって依頼の取り合いをしていて、右手側のテーブルや椅子が設置されてあるエリアでは冒険者が何か話をしている。

 そしてカウンターの中には職員らしき人がいて、カウンター前にいる冒険者と何か話したり、後ろで書類や木版と格闘している人もいた。

 皆、忙しそうだ。

 やっぱり南の村とはギルドの大きさも冒険者の数もまったく違う。


「人が多いけど大丈夫なの?」

「ん? あぁ、ギルドには何か良い依頼がないか見に来ただけだからな。何もなければ森に入って適当に何か狩るだけだ」

 気になって聞いてみるとダンが答えてくれた。

 その後、ダンが依頼を見に行っている間にメルから詳しく聞いていくと、何となく冒険者の生活について理解する事が出来た。

 まず、多くの冒険者は朝一番に冒険者ギルドへと来て依頼を確認する。でもそれは割の良い依頼を探しに来たついでに情報収集しているだけなのだ。

 この世界には電話もなければテレビもない。当然インターネットなんてあるわけないし、恐らく新聞もないし、伝書鳩すらないかもしれない。タイムリーな情報を得るには人に聞くしかない。

 いやもしかすると、伝書フェアリーとか伝書使い魔とか伝書ゴブリンとか、ファンタジー的な何かがあるのかもしれないけど。


 ほとんどの冒険者ギルドでは、全ての冒険者を賄えるほどの依頼数はない。なので多くの冒険者は討伐報酬などでお金を稼いでいる。それでも冒険者は情報収集をするために朝からギルドへ来て、横のつながりを作る。そこから得た情報で命を拾う事もあるし、そこで得た縁で仕事が上手く運ぶかもしれない。

 人と人のつながりは重要なんだろう。


「ストル商会からの依頼なんだが、どう思う?」

 ダンが掲示板から木片を持って戻って来てそう言った。

 ストル商会とは、この町に来る時に護衛した二人の商人が所属している商会で、メルの家とも関係が深い商会なのだとか。風の団はその伝手でストル商会から依頼される事が多いらしい。

 今回の依頼だけど、内容は護衛。でも今度は南の村ではなく、このランクフルトの東にある森の村だ。森の村まで、ここから馬車で一日の距離なので野営が必要になる。それはまぁ問題ないんだけど……。

「報酬は金貨一〇枚。護衛中の食事は商会持ち。森の村までと、そこからランクフルトに戻るまでの往復の護衛。ただし、森の村からの出発は現地で商会側の用事が終了してからになる。その期間は七日を最大とするが、未定。その期間の寝食の保証はないが、行動は自由」

 ダンがそう言って僕達を見た後、話を続ける。

「俺は受けてみたいと思ってる。報酬自体は良いし。それに鎧の修復費用でそこそこ持って行かれたしな」

 なるほど。金額的にはそこそこ良いはずだ。現地での未定期間がどうなるか分からないけど、その期間に何もせずに宿屋で寝ていても赤字にはならないはず。その間に別の仕事をしてもいいしね。

 そう考えていると、ラキが「いいんじゃない」と言い、メルが少し考えた後に「うぐぐ……金銭的には良いけど条件が……まぁ悪くはないんじゃない」と言った。

 そして三人が僕を見る。


 皆は僕の意見を待っている。

 あぁ、そうだ。僕もパーティの一員なんだ。

 それは当たり前の事だし、勿論、忘れてたわけではないけど、何となく嬉しかった。


「じゃあ受けようか、その依頼」

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