第40話 掃除洗濯お風呂がオールインワンで驚きのプライス
ベッドに腰掛け、大きく息を吐く。
今日は何だか色々な事があって、かなり疲れた気がする。
あの後、ギルダンさんの鍛冶屋を出てから雑貨屋とか食堂なんかを紹介してもらい、そこから他の地区なんかも見て回って解散した。
話し合った結果、今後のパーティの活動については、ダンの鎧が直るまでの数日間は自由行動になった。まぁこれは仕方がない。直るのなら直して使った方がいいし、直すなら新しい鎧を買うのはもったいない。それなら直るのを待つしかない。
背負袋に入っているアイテムを取り出す。
その中から麻痺ナイフを手に持ち、鞘から抜いて魔力を流す。
「……?」
いや、流そうとしたけど、流れな、い?
そもそもどうやって流すんだ?
よく考えてみると、魔法を使う時は呪文を唱えると自然と魔力が体内を移動して、発動させようとした位置に集まっていた気がする。
魔力を移動させる、か……。そういえば無詠唱の時は意識的に魔力を移動させようとしたっけ。その感覚でやってみるか。
集中して、体の奥底、丹田と呼ばれる付近にある魔力を引っ張り出して右手へと運び、そこから麻痺ナイフへと流す。
するとナイフが薄く赤紫に輝いた。
「……成功、かな?」
確かめてみたいが確かめる方法がない。
弱い麻痺効果だとギルダンさんは言ったが、いくら弱い麻痺と言っても自ら状態異常を食らうのは遠慮したい。勿論、誰かに対して実験するのもヤバい。まずそんな事は頼めないだろう、常識的に考えて。
大体、麻痺がどういうモノなのか、どういう原理で発動しているモノなのかすらよく分からないし。もし毒が刃で精製されて麻痺にするような感じなら薬がないと麻痺したまま人生終了しそうだし。
場合によっては、毒が変なところに回って心臓麻痺で死亡とかもあるかもしれない。
そう考えてしまい、ブルッと震える。
「……もう止そう。しまっておこう」
魔力の供給を止め、ナイフを慎重に鞘へと戻して背負袋に入れた。
しかし、この麻痺ナイフに実用性はあるのかな? と疑問に思う。
もしかすると、僕が魔法というモノに慣れていないから、その所為かもしれないけど、麻痺ナイフに魔力を流すのは少々難しいのだ。無詠唱で魔法を使う時のような感じで使わないといけないので手間取ってしまう。しかもそれを維持しないといけない。それが通常時ならまだしも、戦闘時であれば致命的な気がする。
それにこのナイフに魔力を込めている間は、当然ながら魔力を消費し続けている。そこそこの量の魔力がないとまともに使えないのではないだろうか。
まぁ今は考えても仕方がないか。
ベッドの上に散らばったアイテムの中から、今度は浄化の魔法書を手に取る。
それに本日のメインはこっちだしね。はっきり言って、麻痺のナイフは最初からオマケみたいなモノだ。
とにかくこの魔法には期待しているんだ。
効果の系統だけ見ればホーリーライトは単純に回復魔法ではあるものの、あの時の回りの反応を見た感じ、その効果は高かったんだと思う。なのでこの浄化の魔法についても何らかの高い能力があると期待している。
浄化、という名前から色々と考える所はあるものの、とりあえず、まず覚えてみる事にした。
一つ深呼吸して、浄化の魔法書を開き、読み進めていく。
はらりはらりと一枚ずつページをめくり、読み進める。
中に書いてあるのは、文字だったり図形だったり、意味のある言葉だったり、意味のない言葉だったり。やはりそれは前の時と同じで、読んでみても内容はまったく理解出来ない。
それでも全てのページを読み切ると、魔法書は青白い炎に包まれて煙も上げずに燃えて消えていく。
熱くはないけど、何度経験しても炎が上がった瞬間は驚いてしまう。
しかし今回は手を離さずに、手の中で本が燃え尽きるのを見ていることにした。
魔法書は僕の手の上でグズグズと燃え崩れていき、いくつかの破片が散らばって落ちるも、それも床に落ちる前に燃えて消えてなくなる。
数瞬後、僕の手の中にも、床の上にも、灰も何も残さずに全てが消えていた。
「……これは、何だろう?」
いつもは魔法書を読んだ時、その魔法がどういう魔法なのか大体は分かるのだけど、今回はいまいち要領を得ないとでも言うか、はっきりとしない。ただ、不浄なるものを浄化する、というような意味のモノが中心に強くあって、何かに対して使用するのは分かる。
「……とりあえず使ってみようか」
恐らくだけど、人に悪影響を与えるような印象はなかった。問題ないはず。
周囲をキョロキョロと見て、何か標的を探す。
といっても簡素なこの部屋にはベッドぐらいしかないし、他の物は全部僕の私物で、それも今日の戦利品と下着類、あとはタオル代わりの布切れなどの生活用品が少しあるだけだ。
「うーん……とりあえず最初は布切れからで」
これなら最悪、なくなっても問題ない。洗濯は水洗いしか出来ていないので、汚れも少し付いてきているし、実験には丁度いい。
念のため、布切れをベッドの上に置く。
深呼吸して精神を集中させる。
そして呪文を詠唱した。
「不浄なるものに、魂の安寧を」
体の奥底、丹田のあたりから魔力が流れ出し、右手へと集まっていく。
呪文が発動する前にベッドに置いてある布切れに意識を集中させ、この布切れを浄化するというイメージを強く持つ。
そして発動句を唱えた。
「《浄化》」
その瞬間、右手から放たれた輝くオーラがベッドの上に置かれた唯の布切れに直撃し、唯の布切れが神々しく輝きだし、数秒後、輝きが収まると、そこには綺麗な唯の布切れが残っていた。
「……」
唯の布切れに近づいて見てみると、その効果は激的だった。
シミなど付着していたのが全て消え、全体の色も薄くなってナチュラルなベージュ色になっている。恐らくこれが本来の色なのではないだろうか。
恐る恐る布切れを持ち上げてみる。
すると布切れから白い一ミリほどの粒がパラパラといくつも落ちた。
「何だこれ……」
そしてベッドを見てみると、布切れが置いてあった場所だけ綺麗に布切れの形に色が変わっていた。
「何だこれ……」
これが僕が一生お世話になる、掃除洗濯お風呂魔法との出会いだったのだ。
◆◆◆
フリーズからの解凍後、すぐにベッドに顔を近づけて、色が変わった場所を観察した。
「まぁ……予想通りなんだけど、汚れが落ちて綺麗になってるな」
これは失敗したかもしれない。布切れを手に持って使うべきだったか。
ここで取れる手段は二つだ。
一つはこのまま放置して、知らぬ存ぜぬを通す方法。明らかに色が変わって目立つし、宿屋側に怒られるかもしれない。
悪い事は何もしてない……むしろ綺麗にしてるのに……。
もう一つはベッド全体を浄化し、全体的に綺麗にして色の違いを無くす方法。これなら色の違いがなくなって目立たなくはなるし、怒られはしないだろうが、全体が綺麗になりすぎてもっと目立つという一番おかしな展開になる可能性もあり得る。
「うーん……悩ましい」
部屋の中でウロウロしながら数分悩み、ベッド全体を綺麗にする事にした。
ベッド全体を浄化するイメージを作り、浄化の魔法を唱える。
「不浄なるものに、魂の安寧を《浄化》」
その瞬間、腹の奥底から魔力が流れ出し、右手へと集まり、右手の手のひらから輝くオーラとなってベッドへと降り注いた。
降り注ぐ。
そして降り注ぎ続ける。
あれっ……ちょっとヤバいかも。
今までも色々と魔法を使ってきたけど、それで魔力が減ったと感じたのは無詠唱の練習でホーリーライトを連発してた時だけだ。魔法一発で大きく魔力が減ったという記憶はない。
だが今は腹の奥底からどんどん魔力を吸い取られて、明らかに魔力が減っていってるのを感じている。
この感覚が、血を急激に吸い上げられている、と言うか、生命の根源を汲み上げて垂れ流している、とでも言うか、とにかく自分の中にある大事な何かをグイグイ吸われているように思えて、恐怖を感じる。
数秒後、やっとオーラの放出が止まり、一息つく。
結局、体感で三分の一ほどの魔力を使って終了した。
半分を超えたら無理にでも止めようと思っていたから、その前に止まって本当に良かった。
この魔法はかなり便利そうだけど、何でもかんでも汚れてるからってこの魔法を使っていくとすぐに魔力が枯渇してしまうだろうね。
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