第39話 鑑定と鑑定と鑑定
「あの、ギルダンさん。これってどんな性能か分かりますか?」
背負袋からナイフと皮の盾を取り出す。
これはさっき露店で入手したモノの一部だ。例のアレで色々とゴニョゴニョあって、まったく必要ではなかったけど手に入れる事になった。
そこまで嵩張る物でもないけど、僕は今のところ、身一つ、背負袋一つで家を持たない根無し草生活をしている。宿屋に荷物を置いておく事は出来ないだろうし、仕事の時でも荷物は持ち歩いたままだ。出来る限り余計な荷物は持ちたくない。
メルは、あの露天商が売っていたアイテムは全てガラクタだと言っていたけど、浄化の魔法書の事もあるし、一応は本職の人に確かめてもらって、それから処分したい。
ギルダンさんは「ふむ、どれどれ」と、ナイフを手に取り、鞘から抜き、刃の部分に光を当てながらじっくりと眺める。数秒間、角度を変えたりしながら色々と確認してから彼は結果を言った。
「まず材質は普通に鉄だな。この刃は一見すると酷く刃こぼれしているように見えるが、これは意図的にギザギザになるように作られてある。切れ味はそれなりだ。それと麻痺の効果があるな。魔力を流した状態で相手に傷を付けると弱い麻痺状態に出来るはずだ」
一瞬、えっ? という感じになって、パッと後ろを振り返ってメルを見る。
するとメルが明後日の方向を見て視線をそらした。
いや、じゃあこれガラクタではなく本物って事? 麻痺効果って凄いんじゃないの?
「えぇっと……じゃあこれって凄い武器なんですか? アーティファクトなんですか?」
そう聞くと、ギルダンさんは少し思案するように顎に手をやり「うぅん……」と唸ってから答えた。
「アーティファクトとまではいかないだろうな。まぁそもそもアーティファクトの定義もよく分からんところがあるから、はっきりとは言えんがな。それと凄いかどうかに関しては微妙だな。切れ味はそこそこで、特殊効果も弱めで、何よりナイフ形状でこの大きさでは使い手も用途も限られる」
なるほど。確かにそうかもしれないな。
見た感じ、刃渡り二〇センチほどで細身のナイフだ。通常の戦闘用としては頼りない。用途としては……ぶっちゃけると暗殺とかそちら向きのアイテムな気がする……。これが剣とかなら冒険者にも役に立ちそうだけど。
うーん。喜んで良いのか悪いのか……と思っていると、後ろから「ま、まぁいいじゃない! 良い武器が格安で手に入ったんだから! 格安なのよ!」という声が聞こえる。
まぁ確かに、価値のある物が手に入ったみたいだし、それは良い事としておこうか。
声の主の知識と交渉力はともかく、目利きに関してはまったく信用出来なくなったけど。
そう考えながら露天商の言葉を思い出した。
彼は確か、冒険者がすぐに換金したいからウチに持ち込んだ商品、だと言っていたはず。つまりその冒険者は、急ぐあまりしっかり確認もせず、すぐに買い取ってくれそうな露天商に安値で流した。とか、そんな感じなんだろう。
そして露天商もそれが何か知らないまま適当に売っていた。最初からボッタクる気だったから逆に価値なんてどうでもよかったのかもしれない。
お礼を言い、ナイフを受け取る。
その時、ギルダンさんが「俺が分かるのはこのナイフだけだ。こっちの皮の盾に関しては分からん。専門外だな」と言った。
それを聞いて僕は首を傾げる。
あれ、専門外なのか。店の中には武器も防具も置いてあるから分かると思ったんだけど。
よく考えてみると、ギルダンさんはナイフを見て、触って、それだけでナイフの性能を言い当てた。材質とかは理解出来るけど、特殊効果までそれだけで分かるのって、普通に考えたらおかしくないか?
「ギルダンさん。その……鑑定ってどうやってるんですか? 見ただけで性能とか、鑑定出来ないとか、分かるもんなんですか?」
気になってそう聞いてみると、面白い答えが返ってきた。
「ん? 鑑定の仕方か? んん……どう説明すりゃあいいのか……。なんつーかな、才能のある鍛冶師ならモノに触ったら分かんだよ。パッと頭に浮かぶんだ。腕の良い鍛冶師ならもっと明確に分かるらしいがな。ただし、鍛冶師に分かるのは鍛冶師が作る物だけだ。こういう革製品の事なら革細工師に聞くんだな」
そう言ってギルダンさんは皮の盾を親指でクイッと指す。
これを聞いて一気に目の前がパッと開けたような気分になった。
この世界における、所謂、鑑定というモノについて、何となくだが形が見えてきたからだ。
ついさっきまで、この世界では鑑定という能力が存在していないか、もしくはかなり貴重な存在なのだと僕は考えていた。
僕がギルダンさんにナイフと皮の盾の鑑定を頼んだのは、単純に、武具を扱っている店の腕の良い鍛冶師なら、その経験から目利きが可能だろうと思ったからだが。しかしギルダンさんは、見たり触ったりしただけでは分からないような能力まで把握し、それが頭にパッと浮かぶと言った。つまりこれは、所謂、鑑定のような能力をギルダンさんが持っているという事になるんじゃないのか。
そしてギルダンさんは、鍛冶師に分かるのは鍛冶師が作る物だけ、と言った。
当初、この世界には、所謂、鑑定というモノが存在しないか希少なのではないか、と僕は考えていたが。その理由は、ホーリーライトや浄化の魔法が世間一般には認知されていなかったからだ。つまり、何でもそのモノの能力が把握出来る鑑定という存在があるなら、ホーリーライトなどの魔法書を鑑定して、そこからホーリーライトの魔法の存在が知られるはずなのに、そうはなっていなかったという事。
しかし、ギルダンさんの話と、僕がホーリーライトの魔法書や浄化の魔法書を見た時に、ホーリーライトの魔法書、浄化の魔法書、という言葉が頭の中に浮かんだ現象を総合すると、見えてくるものがある。
つまり、この世界の鑑定という能力は、自分が精通している分野にしか適応されないのではないか? という結論にたどり着く。
そして僕の頭の中に言葉が浮かぶ現象。あれが、所謂、鑑定という能力だったのだろう。
それならば色々と辻褄が合うはずだ。
ただ、それなら何故、僕が鑑定出来るのがホーリーライトの魔法書や浄化の魔法書だけなのか、とか。色々と完全には納得出来ない点もあるけど。
何にしろ、また一つこの世界の事が理解出来た。
その事が嬉しくて楽しくて、自然と顔に出てしまう。
やっぱり、この世界は面白い!
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