第58話 冒険者の力と女神の祝福の力
「ボサッとするな! Cランクを中心に全員で囲め! 距離を詰めろ! 助走をつけて突進されると、どうにもならなくなるぞ! 壁の上の冒険者は攻撃し続けろ! 味方に当てないように慎重にやれ!」
ギルマスの叫びに冒険者が動き出す。
前衛冒険者はそれぞれ得物を引き抜いて、盾を持った冒険者を中心にグレートボアへと殺到した。そして壁の上の冒険者が狙いすました一撃を入れていく。
僕の隣の冒険者が弓をギリッと引き絞り、グレートボアに矢を放つ。
その矢はグレートボアの脇腹にトスリと突き刺さった事は刺さったけど、一〇センチそこそこしか刺さっていないように見える。恐らく皮下脂肪に阻まれてまともなダメージになっていない。
他の弓使いも続々と矢を放つが、毛皮に弾かれるか表面に突き刺さるだけだ。
同じように魔法使いが放っている魔法も効果が薄い。ボール系の上位であるアロー系魔法は弓使いの矢よりも深く突き刺さっているみたいだけど、放てる冒険者の数が少なすぎる。
「ブギッ!」
その時、グレートボアが二本の前足を大きく振り上げ、二本足で立ち上がり、前をしっかりと見ながら、まるで力を溜めるように体をギュッと縮ませる。
「突進する気だ! 盾持ち! 誰か受け止めろ!」
そんな無茶な! と思う僕をよそに、白いタワーシールドを持った冒険者が前に出て、左手に持った盾を掲げ、右手の剣を逆手に持ち替え、その右手の拳で盾を支えながら腰を落とす。
嘘だろ!? この人は完全に受け止める気だ!
グレートボアの前足がゆっくりと振り下ろされ、地面に着いた瞬間。その反動を活かし、ドカンという地響きと共にグレートボアが前へと突進する。
そして。
「うぉぉぉりゃぁぁぁぁあ!」
白いタワーシールドを持った冒険者が咆哮と共に体ごと盾を前に突き出す。
その瞬間、ドカンという音とともにグレートボアの眉間と冒険者のタワーシールドが激突した。
「おおおおおおおぉぉぉぉ!」
「ブモッォォォォ!」
グレートボアと冒険者の力が拮抗し、動きが止まる。
しかし数瞬後、グレートボアが鼻先をすくい上げるように振ると、冒険者が数メートル吹き飛ばされた。
マジかよ! 助走がなかったとは言え、あの冒険者、一瞬だけでもグレートボアの突進を完全に受け止めた。そしてグレートボアが走り出すのを完全に阻止した!
これがCランク冒険者の力なのか?
これが……。
……そうか。これがレベルアップ……女神の祝福の力なんだ。
これが、今の僕に決定的に欠けているモノ……。
◆◆◆
白いタワーシールドの冒険者はすぐに助け起こされ、後方でローブを纏ったお爺さんから治療を受けている。
流石にあの一撃を受け止めて無事ではなかったようだ。
彼がいた場所には大きなカイトシールドを持った冒険者が入った。
そして槍を持った冒険者が周囲から突きを入れて牽制している。
「フッ!」
グレートボアの側面にいた冒険者が、一瞬の隙をついてグレートボアの腹に槍を奥まで突き入れた。
「ブモッ!」
怒ったグレートボアがそちらを睨み、勢いよく鼻先を叩きつける。
「うおっ!」
槍を突き入れた冒険者は間一髪、転がって避けたが、後にあった木造の建物の一部がグシャリと音をたてて崩れた。
大通りとはいえ、道幅が六メートルほどしかないこの場所では、グレートボアの意識が横に逸れると即、建物に被害が出てしまう。
「的を絞らせるな! 逆側! しっかりカバーしろ! 全方向から攻撃するんだ!」
ギルマスの指示に慌てて逆側の冒険者が槍を突き入れ、グレートボアの意識を逸らした。
そしてまた正面の冒険者が槍で注意を惹きつつ、槍や遠距離攻撃でダメージを積み重ねていく。
◆◆◆
それからどれぐらいの時が経っただろうか。
一〇分か、二〇分か、それとも一時間か、二時間か。
もう時間の感覚が分からなくなるほど、この緊迫した時が続いている。
あれから何度もグレートボアは突進をしようと試み、その度に何人かの冒険者が順番に盾で受け止め、横や後ろから冒険者が少しずつダメージを入れていっているが、致命傷には程遠い。
グレートボアには傷や疲れが見えるけど、それ以上に冒険者側が疲弊している。
僕は自分の左右を見た。
魔法を放っていた冒険者が座り込んでいる。魔力切れだ。
弓を持った冒険者も既に誰も矢を射ってはいない。矢が切れたのだ。
そしてギルマスも、歯を食いしばりながらグレートボアを射殺すように見つめているけど、最初の頃のように大声で指示を出す事はない。
もう一度、グレートボアを見た。
その体には多くの矢が刺さり、全体に無数の傷があり、その傷は今も増え続けているけど、グレートボアの動きが大きく弱まるような傷ではない。はっきり言って、この場所にグレートボアを足止めするのが精一杯というのが現実だろう。
皆、薄々その事に気が付いてきている。
ギルマスなどは、もう既に手詰まりだと気付いているはずだ。だからもう何も指示が出せなくなり、拳を握りしめながらグレートボアを睨みつけるしかなくなっているのだ。
最初はあんなに高かった冒険者達の士気がみるみると下がってきて。ひたりひたりと足音をたて、絶望という二文字が近づいてきている。
何かこの膠着状態を打開出来る一手がないとジリ貧だ。
何かないか? 何か、何か……。
ぐるぐると頭の中で考えを巡らす。
そしてその瞬間、思いつきたくもない一つの案を思いついてしまったのだ。
「あれ、なら……あぁっ! くそっ!」
何でこんな事を思いついてしまったんだ? あれなら……可能性はあるけど、やりたくはない。失敗したらどうなるんだ? あぁ……もう、何で――
その時。数いる冒険者の中にダンの姿を見付けた。
ダンは剣と盾を構え、歯を食いしばりながら必死に、何度も、何度もグレートボアに斬りつけていた。
彼はまだ、諦めてはいない。
「……あぁ、もう、くそっ! なら、やるしかないじゃないか!」
そして僕は、怒り任せに鉄の槍をグレートボアに投げつけた。
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