第57話 グレートボアと本当の戦いの幕開け
「誰か! 今すぐ男爵へ伝えろ! 状況説明して応援を頼め! それから門の内側にもバリケードを作れ! そこの荷車を倒して構わん! それと西門周辺の民間人に退避を勧告しろ」
ギルマスの叫びにバラバラとギルド職員が動き出した。
「他に、他に何かないか……。それ以前にグレートボアをどうするか……。やはり魔法と矢の一斉射撃で削れるだけ削って、Cランク冒険者で囲んで何とかするしかないのか……」
ギルマスが小さい声で呟く。
それを聞いて僕は、内心かなり動揺してしまった。
ギルマスは、もう既に門が守りきれない前提で考えている。
これはひょっとして、かなりマズい状況なのでは?
背中に冷や汗が流れる。
「もういい、作業終了だ! 全員、門内へ撤収しろ! そして全員、門から離れるんだ!」
ギルマスの言葉に外で作業していた人達が一斉に慌てて走りだし、門の中へと入る。
そして全員が退避した後、門が閉められ、大きな太い角材で閂がかけられた。
「いいか! 標的はあのグレートボアだ! どこを狙えとは言わん。どこでもいい。とにかくあの突進を止めろ! 少しでもダメージを与えるんだ!」
「おう!」
「任しとけ!」
何人かが威勢よく声を上げ、そして僕は無言で頷いた。
グレートボアを見る。
奴は猛スピードでどんどん近づいてきている。
……何と言うか……大きい? いや、大きい事はもっと前から分かっていたけど、近づいてくるとリアルに大きさを感じて怯みそうだ。
「全員、攻撃準備! 目標はグレートボア!」
その声に全員が準備を始める。
弓使いは弓に矢をつがえ、ギリッと引き絞り、僕達は呪文の詠唱を始めた。
「風よ、我が敵を撃て!」
「水よ、我が敵を穿け!」
「火よ、我が敵を穿け!」
「火よ、我が敵を撃て!」
「光よ、我が敵を撃て!」
そして待つ。
グレートボアがどんどん大きくなってくる。
そして地鳴りのようなドドドドドというグレートボアの足音が僕の心をかき乱す。
心臓がバクバクと大きくなっていく。
「……大きすぎじゃねぇか?」
隣の弓使いの呟きが聞こえる。
……残念ながら僕も同意見だ。
体高はどう見ても四メートル以上はあって、二階建ての建物や、ここの西門と同じぐらいはありそうに見える。象より余裕で大きいんじゃないか?
それがドドドドと地響きと砂煙を巻き上げながら凄いスピードでこちらに向かってきている。
あんなのに体当たりされて無事でいられるのか?
僕の地球での常識が全力で、NO! という信号を送っている。
どう想像してみても、あんなものと遭遇して生き残れるイメージが湧かない。
心の中で焦りとも恐怖とも言えない何かがぐるぐると渦巻く。
鉄の槍を握っている左手が自然と汗ばんできて、槍をギュッと握った。
ふと、僕はこの場所に居るべきだったのか? という考えが、心の奥底から湧き上がる。
最初は突発的に始まったスタンピードで、皆に連れられてギルドへと向かった。そこからは流れに飲まれるように、そのまま防衛に参加した。しかし、はたしてそれでよかったのだろうか。僕があんな化け物と相対する必要があるのだろうか。
後ろを振り返り、門の内側にいる冒険者達を見る。
ギルドで見かけた顔見知りの冒険者がいて、ダンがいて。そして一通り全員の顔を見ていくけど、第一波の後に、宿まで葡萄酒を入れに戻るだけだ、と言ってこの場を離れた若い冒険者の姿が見えない。他にも何人か最初にいた冒険者がいなくなっている気もする。
「……」
まぁそういう事なんだろう。
僕も彼らと同じように逃げ出していた方が良かったのだろうか、と考えた。
頭の中でぐるぐると考える。
そしてため息を吐き、首を振る。
パーティメンバーを、ダンやラキを見捨てて僕だけ逃げるなんて、考えられない。結局、やるしかないのだ。
そして僕はグレートボアを強く睨みつけた。
◆◆◆
「今だ! 放てぇぇぇ!」
ギルマスの叫びに全員が動き出す。
まずグレートボアに弓使いが放った矢が殺到し、その全身に突き立つ。
しかしその毛皮に弾かれたのか、約半数は刺さらずに地面に落ちる。
「《ウインドボール》!」
「《ウォーターアロー》!」
「《ファイアアロー》!」
「《ファイアボール》!」
「《ライトボール》!」
そこに僕達が放った魔法が飛来し、ドドドという爆発音をたてながら着弾した。
「ブギィィ!!」
グレートボアは鬱陶しそうに一声鳴くも、スピードをほとんど落とさずに突っ込んでくる。
ヤバい! 今までのモンスターとは強さの格が違いすぎる!
僕のライトボールは多少魔力を多めに込めればエルシープでも吹っ飛ばせる威力があるのに、それを意に介さないどころか、他の人の魔法も合わせて一緒に食らってるのにダメージがほとんどない。
これがBランクモンスターの強さだと言うのか?
これが、この世界の人々が戦い続けているモンスターの強さなのか?
「手を休めるな! 休まずに放ち続けろ!」
ギルマスのその叱責に全員が慌てて次の攻撃を用意し始める。
「光よ、我が敵を撃て《ライトボール》!」
どんどん矢や呪文が命中するも、グレートボアは多少速度を落とすだけで走り続ける。
そして、バリケードとして用意されていた横倒しの馬車へと突っ込み。
ドゴッという音と共に馬車をはね飛ばした。
「はぁ?」
僕が間抜けな声を出している間に、ふっ飛ばされた馬車が凄い勢いで壁に突っ込み、ドカンという轟音を響かせながら壁もろとも爆散する。
何だこれは?
何だこれは?
これを……こんなモノを、人がどうにかすると言うのか? 出来ると言うのか?
それでもグレートボアは止まらず、土属性持ちが作った壁を、子供が砂山でも踏み潰すように一撃で踏み崩し、門へとぶち当たった。
その瞬間、ドゴンという音をたて、グレートボアの突進が止まる。
「やった! グレートボアを止めたぞ!」
誰かの叫びが響く。
が、次の瞬間、メリメリメリという音をたてながら門の閂が爆ぜ割れた。
閂のなくなった門がギギギギと音をたてながら開いていく。
そして、僕達とグレートボアの本当の戦いが始まったのだ。
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