第204話 3種類のダンジョンとキラーマンティス

「ここをこうして……こうじゃったかの?」


 ドワーフの里からまた滝を越え、洞窟を暫く歩いた場所。その壁にある出っ張りに足を掛け、ヒョイヒョイと登ったボロックさんが天井部分にある岩をグイッと押すと、その岩がゴリッと横に動いて上に続く道が現れた。


「こっちじゃ」


 ボロックさんはそう言うと天井の穴の中へと消えていった。

 それに続いて皆も登っていく。

 これはマギロケーションを使っていたら気付けただろうけど、前にこの洞窟に来た時はこちらの方向へは来なかったし、仮に前回ここを見付けて寄り道してたら、それはそれでとんでもないことになってたかもね。


「んな場所に隠し通路、掘ってたのかよ! 暇すぎるだろ」

「余計なお世話じゃわい!」


 光源の魔法の光に照らされた穴の中は意外と広く、螺旋階段のような形で上へと続いていた。


「じゃあなんでこんなモンを掘ろうとしたんだよ?」

「ワシはただ、滝の上がどうなっておるのか確かめたかっただけなんじゃ。黄金竜の巣への道を見付けたのは偶然に過ぎん」


 全員で階段を上っていく。

 階段の中は人の手が入っていなかったからか、蜘蛛の巣があったり、地面が苔むしていたりして少し歩きにくい。

 そんな場所を暫く上っていくと、ついに行き止まりに辿り着く。


「よっこらせっと」


 先頭のボロックさんが天井の岩を横にゴリゴリッと押すと、天井から淡い光が差し込んできた。

 月の光だろうか?


「出たところで休憩にするぞい。ここからは夜の内に進むのは危険じゃからの」


 ボロックさんに続いて皆が外に出ていく。僕も続いて階段を登ると、そこには絶景が広がっていた。

 正面には森と、巨大な山。月明かりに照らされたそれは恐ろしくも感じる。振り返ると二つの月。そして切り立った崖が下に続いている。ここはボロックさんが言ったように、さっきの滝の上なんだろう。


「なんだか凄いところに来てしまったかも」


 そう思いながら、その日は眠りについた。


◆◆◆


 翌朝、目覚めて軽く朝食。

 周囲を見渡すと、朝日に照らされた水の枯れた川と滝。本来ここには大量の水が轟音と共に流れ込んでいるはずだけど、今はその水が止まっている。何度見ても不思議な光景だ。上流にダムでもあるのだろうか?

 朝食後、すぐに出発。

 どうやら川沿いに森を越えて北側、山の方へ向かうらしい。


「ボロックの爺さんよぅ、この森のモンスターはどんなだ?」

「基本はキノコ系と虫系じゃがの、奥に行けばドラゴン系とアンデッド系もおるわい」

「ちっ、アンデッド系か。厄介じゃねぇか」

「Aランクがそれぐらいで弱音を吐くんじゃないわい」

「へいへい」


 キノコ系は下の洞窟に出てきていたし、虫系は麓の村の近くに出てきていた。もしかするとあのファンガスやエルキャタピラーはここから落ちてきたのかもしれないね。そしてここが『竜の巣』と呼ばれる地域なことを考えるとドラゴン系が出てくるのも理解出来る。アンデッド系はよく分からないけど。

 ということを考えながら森の中を歩いていると、ある地点でボロックさんがピクリと動きを止める。


「ダンジョンに入ったのぅ。ここからは慎重にな」


 ダンジョンに入った? とは? と考えながら進むと、ある地点からヌルっと、ぬるま湯に浸かるような不思議な感覚があり、周囲の空気感が変わったのが分かった。

 その不思議な感覚に戸惑って周囲を見ても、なにかが変わったような感じはしない。


「キュ?」


 フードの中で寝ていたシオンが起きてきて、僕の肩の上でキョロキョロと周囲を確認している。

 どうやらシオンも不思議なナニカを感じたみたいだ。

 それを撫でながら考えていく。

 しかし、よく分からない。今まで二つのダンジョンに入ったことがあるけど、こんな変なモノは感じなかった。これまでのダンジョンとは根本的になにかが違う気がする。

 なんだかよく分からなくて、隣を歩いていたルシールに聞いてみた。


「ルシール、ここってダンジョンなの?」

「冒険者の間ではダンジョンと呼ばれている」

「冒険者の間では?」


 そう聞くと、ルシールは少し考えてから口を開く。


「強いモンスターが長期間同じ場所に留まると、そのモンスターから発せられた魔力が充満して魔力の濃いエリアが出来る、と言われている。そういう場所にはモンスターが集まりやすくなったり、モンスターが魔力によって強化されたりするから、冒険者の間ではダンジョンと呼ばれている」


 ルシールはそこで言葉を切り、チラリとこちらを見てから続きを話す。


「ただし、学術的にはこういう魔力型ダンジョンは他のダンジョンとは別のモノだとする意見が多い」

「他のダンジョンて、あの地下に潜っていく感じのダンジョンだよね? 洞窟とかの」

「そう。それと裂け目型ダンジョン」

「裂け目型ダンジョン?」


 聞いたことのない単語が出てきて、思わずルシールの方を見た。


「なにもない空間がいきなり裂けて出来るダンジョン」

「なにそれ怖い……ダンジョンってそんなに色々あるんだ」

「私が読んだ本に書いてあったのは、迷宮型ダンジョンと裂け目型ダンジョンと魔力型ダンジョンだけ」


 これまで入ったダンジョンは初心者ダンジョンとエレムのダンジョンだけど、それらは迷宮型ダンジョンだろう。そしてここは魔力型ダンジョン。ん~、同じようにダンジョンと呼ばれているけど、やっぱり別物な気がするよね。裂け目型ダンジョンは見たことがないから分からないけど。

 しかし、裂け目型ダンジョンか。一度、見ておきたいかも。


「その、裂け目型のダンジョンってどこにあるのか知ってる?」

「アルメイル公爵が治めるアルッポの町にある」

「アルメイル公爵ってことは、アルノルンから近いってことかな?」

「まぁ、そう」


 なるほど。意外と近い場所に裂け目型ダンジョンがあるらしい。行ってみたいけど、クランに所属している状況でそんなに自由に動いていいモノなのだろうか?

 でも、これは今後の一つの目標として覚えておこう。


「モンスターじゃぞ」


 ボロックさんが少し声を落としながらそう言った。

 しかしボロックさんが見ている方向に顔を向けるが、なにも見えない。もう一度、よーく目を凝らして観察すると、森の中、一〇〇メートルぐらい先に緑色のカマキリがいた。が、そのカマキリはどう見ても体高が二メートルぐらいある。

 ちょっと大きすぎる! しかしボロックさんはよくあれをここから見付けられたよね。巨大なカマキリは動いていないし、緑色の体は周囲の草や木の葉に紛れてとても目視しにくいのに。

 長年の勘なのだろうか。それともそういう技術があるのか。もしくは魔法か。ミミさんもそうだけど、何故か敵の位置を感じ取るようなスキルを持っている人が多い。そういや、ミミさんは今回、敵の存在に気付いていない様子だった。もしかすると、その辺りにヒントがあるのかもしれない。


「あれはキラーマンティスか。Cランクだな。俺が殺ってもいいが……そうだな」


 そう言ったゴルドさんは僕達を見た後、ダリタさんを見た。


「嬢ちゃん、アレを殺ってみるか? 昨日から戦いたくてウズウズしてんだろ?」

「お嬢様を煽るのは止めていただきたい」


 ゴルドさんの言葉にトリスンさんが止めに入る。


「なぁに、お前がフォローに入ればアレぐらい問題ないだろ? やらせてやれよ」

「それはそうですが……」

「なんでもええが早くしてくれんかの。あちらさん、気付いたようじゃぞ」


 前を見ると、キラーマンティスが両手を大きく広げて威嚇しながらこちらに近づいてきているところだった。

 ちょっと……いや、メチャクチャ怖いよ! というか気持ち悪い……。確かになんでもいいから早くどうにかしてほしいかも。


「あぁ、よく分かってんじゃねぇか。あたしが戦いたくて戦いたくてウズウズしてたのがな」


 ダリタさんは腰から剣を引き抜きならそう言い、ゆっくりとキラーマンティスに近づいていく。

 ダリタさんが下げる剣が真っ赤なオーラに包まれていく。


「護衛の立場も考えてほしいんですがね」


 と、諦めたようなトリスンさんも剣を引き抜いた。


「キシャァァ!」

「ふんっ!」


 そして戦いが始まった。


 ダリタさんはキラーマンティスの鎌を避け、剣を打ち込む。

 ガコンと竹でも殴ったかのような音がして剣が弾かれ、一筋の傷がキラーマンティスの鎌に入る。


「キラーマンティスの甲殻は硬い。腹側を狙え」

「分かってるって!」


 鎌と剣の応酬が繰り広げられる中、キラーマンティスの薙ぎ払いがダリタさんを襲う。

 その一撃をダリタさんは屈んで避けるとキラーマンティスの腹に剣を突き刺した。


「ゲガッ!?」


 キラーマンティスの腹から緑色の液体が吹き出し、ダリタさんの背後の木がスパッと切り裂かれて横倒しになった。

 キラーマンティスの攻撃力の高さに軽く冷や汗が出る。これまであまり強い人の戦いを見る機会がなかったけど、やっぱりレベルが上がってくると地球では考えられない次元の戦いなるのだなと実感する。


「あの、ダリタさんってランクいくつなんですか?」

「確かこの前、Bになったって言ってた気がするな」


 サイラスさんはそう答えた。

 なるほど、これがBランクの戦いなのか。確か冒険者ランクのBはパーティでBランクモンスターを倒せて、ソロではCランクモンスターを倒せるぐらいが大体の強さ目安だったはず。だとすると、やっぱりこれぐらいの相手が丁度なんだろうね。

 と、思い返してみると、僕の冒険者ランクはFなのだ。『F』それは最下層のF。


「今更だけど、なんで僕はここにいるのだろう?」


 冒険者ランクで強さは測れないとはいえ、場違い感は半端ない。

 いや、まぁ元はDランクなんだけど。それでもここにいる面々と比べたら低い気がする。

 と、そんなことを考えている内にも戦いは続いていく。

 ダリタさんは左手のガントレットでキラーマンティスの鎌を受け止め、剣を薙ぎ払い、逆側からの攻撃を避け、剣で突く。


「トドメ!」


 ダリタさんが剣を振りかぶった瞬間、隣で小さくミミさんの声が聞こえた。


「《シャドウバインド》」


 その瞬間、ミミさんの影がギュルッと伸びてキラーマンティスの影に絡まり、キラーマンティスがビクンと一瞬、動きを止める。

 そして宙を舞うキラーマンティスの頭。崩れ落ちる体。

 シャドウバインド? 今のは魔法? 見た感じからして闇属性? もしかしてミミさんの能力の秘密はここにあるのだろうか?

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