第74話 オークママ師匠と強化スクロールとしゃもじ
そのまま一二階を抜け、一三階、一四階も抜けて一五階へと辿り着いたけど、やはりどの階も人が凄く多かった。
そしてそのまま進み、オークとは遭遇出来ないまま、一六階に辿り着こうかという頃、やっとオークと遭遇した。
オークは、一言で言うなら二足歩行の豚だ。
身長は僕より拳一つか二つほど高く、その体は丸々と太ってはいるけど、手足にはゴツい筋肉が見える。まるで関取のような体型。防具はふんどしのようなパンツが一枚だけだが、ゴブリンやコボルトより知恵があるのか、一定の距離をとってこちらのスキを伺っている。
パワーではこちらがかなり不利。でもはっきり言うと、こうやって慎重に行動してくれる方がやりやすい。あのパワーを全面に出してがむしゃらに向かって来られる方が対処に困ったはずだ。
オークと向かい合い、ジリジリと距離を詰める。
そして槍の間合いまで入った瞬間、とりあえず様子見にオークの胸へと一突き入れてみた。
「はっ!」
「フゴッ!」
その一突きはオークの胸へと届く前にオークの左手にパシンと弾かれる。
予想以上のパワーで槍が持っていかれ、体が泳いでしまい、一瞬のスキが出来た瞬間、オークがこちらに踏み込んで殴りかかってきた。
「ブッ!」
「ぐっ!」
何とか体を捻ってかわそうとするも、左の肩口に拳が直撃し、後ろに飛ばさた。
こけそうになるのを何とか踏みとどまり、回転しながらバックステップで距離を取る。
前言撤回。……すごくやり辛い。これでは人間と戦っているみたいだ。
オークは今が好機と見たのか、一気に距離を詰め、拳を繰り出して来た。
まだ痺れる左腕を庇いながら、それをかわしながらステップで距離を取り続ける。
今までのモンスターとは明らかに違う戦闘に戸惑いつつも冷静に相手を分析していく。
オークは……強い。今まで戦ったモンスターの能力から想定していた強さとは少し違うけど、強い。でも、一撃食らってみて分かった。
僕も、僕が予想していた以上に、強い。
強かった。
今まで、僕の中の常識で考えて、例えばデザートカウの突進なんて生身の人間が受け止められるわけがない、と全力で避けていた。しかし、僕はしっかりと覚えておくべきだったんだ。Cランク冒険者が象より大きいグレートボアの一撃を一瞬だけでも受け止めていた事実を。
この世界ではレベルを上げれば身体能力も上がる。レベルが上がればグレートボアの一撃も受け止められる。レベルが上がった僕も、既に地球での常識を超えた力を手に入れているんだ。
実際、オークから一撃をもらった左肩も、痛くて腕が痺れた、というだけだった。良くも悪くもその程度でしかない。
つまり、今の僕はこのオークと互角に戦えるし、槍があればそれ以上にやれる。
そこまで分かれば後は単純だ。
一旦、バックステップで距離を取り、左肩を確かめ、そこから攻勢に出た。
槍を構えてオークに飛びかかる。そしてオークの攻撃を最小限の動きでかわし、避けきれない攻撃は槍や腕で弾くか、急所だけは避けるようにしながら確実に一撃をオークの体へと入れていく。
何発かオークの拳をもらいつつもオークに槍の一撃を加えていき。
そして。
「はっ!」
「ブグゲゥ……」
槍がオークの喉を貫いた。
オークは膝から崩れ落ち、倒れる。
そして地面へと消えていった。
「ふぅ」
大きく深呼吸して呼吸を整えた。
しかし、このオークには色々な事を教えてもらった。オークは戦闘の訓練をするには凄く良い相手だと思う。
暫くオークで色々と訓練してみたいけど、この階は人が多すぎてダメだ。一六階でもオークは出るらしいから、そっちに人が少ない事に期待しようか。
そんな事を考えながらオークが倒れた場所を見てみると、魔石と巻物としゃもじが落ちていた。
魔石を拾い上げ、巻物を拾い上げ、しゃもじを拾う。
そして手に持って、よく観察した。
木製で持ち手が細くて、先が丸く大きく平べったく広がっている。
「……うん。しゃもじだな」
巻物なんてどうでもよくなるほど、しゃもじだ。
今までダンジョンでモンスターからドロップしたアイテムは全てそのモンスターに関連した物だったと思う。つまりこのしゃもじもオークに関連したアイテムだ。
……よね?
まさかさっきのオークはあんなガタイなのに実はメスで、旦那や子供のためにご飯を炊いて、あのしゃもじでご飯をよそっていて、はい、ご飯が出来ましたよ~、とかオーク語でブヒブヒ言ったり家族団らんなんかしちゃったりしてー……とか想像したら嫌すぎるよ!
……そう言えば、さっきのオークは胴体が脂肪たっぷりで、胸も……いや、止めよう。
まあこれってメルが言ってたハズレアイテムってやつだよね? ダンジョンではイマイチ使い道が分からないアイテムが出てくるって言ってたアレ。
違うかもしれないけど、もうそういう事にしとこう。
「神聖なる光よ、彼の者を癒せ《ホーリーライト》」
オーク戦で受けた傷を魔法で癒やし、そしてアイテムを全て背負袋に突っ込み一六階を目指した。
◆◆◆
「これは……強化スクロールですね」
「これが強化スクロールですか」
「はい、強化スクロールですよ」
あれからすぐに一六階に下り、そこからすぐに地上へと戻ってきた。
そしてギルドで魔石を売るついでに例の巻物を見せたのだ。
巻物――つまりスクロールはギルドでも買い取っている数少ないアイテムの中の一つだ。スクロールは主にダンジョンで出てくるアイテムであり、冒険者には色々と必要なアイテムなので冒険者ギルドが買い取り、近場にダンジョンのない冒険者ギルドなどにも輸送したりして販売している。
「どうされますか? 現在の買い取り価格は金貨五枚ですが」
受付嬢にそう聞かれ、考える。
金貨五枚か……。今現在の所持金が金貨六枚と少しなので、金貨五枚は大金だ。売ってお金に変えるのも悪くはない選択肢ではあるけど……強化スクロールはその内、集めるつもりでいたんだ。
装備の強化、なんて面白そうなシステムがこの世界にある以上、試してみたいと思っていたし、活用したいと思っている。何れ自分が使う装備は全て強化済みで固めたい。
しかし……それは今ではない気もしている。
なんたって僕の今の装備は、初期装備の布のローブに普通の鉄の槍、そして布の外套だけだ。一体これの何を強化するんだ? したとして、それでどうなるんだ?
お手製の竹の鎧が強化されて強くなっても素直に喜べないのと同じく、布のローブが強化されて強くなってもやっぱり微妙だし。どうせなら良い装備を強化したい。
……うーん、でも一応はストックしておこうかな。大きさ的にも長さが二〇センチぐらいだからそこまで邪魔にはならないし。冒険者ギルドが買い取ろうとするぐらい価格は安定しているっぽいから急いで売る必要もなさそうだし。邪魔になったら、その時に売ればいい。
「やっぱりそれは自分で使います。あと、それと……これなんですけど」
受付嬢に断りを入れ、背負袋をガサゴソと探って見付けたアレを受付嬢に手渡した。
受付嬢はアレを受け取り、じっくりと見つめる。
「これは……木ベラですね」
「やっぱり木ベラですか」
「はい、木ベラですよ」
しゃもじ改め木ベラを持ちながら受付嬢は微笑んだ。
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