第73話 飛び散る白濁液は特濃ミルクの匂い

「またか!」

 暗闇から突進してきたデザートカウを避けながら、もう一度、首筋に一撃を入れた。

 ピシャッと鮮血が飛び散るも、デザートカウは意にも介さず走り抜けていき、また暗闇へと消える。

 突進に槍を持っていかれないよう、すぐに引き戻すせいか、深くまでは入ってないのかもしれない。

「これじゃキリがない」

 どうする? このまま避けながら一撃入れ続けるか? やっぱり正面から勝負して、頭に一撃入れてやるか? それとも足を狙うか? どうする?

 一瞬で色々と考えた中で思い出したのが、最初にエルシープと戦った時の事だった。

 あの時は確か、突進してきたエルシープに全力のライトボールをおもいっきりぶち当てて吹き飛ばした。同じDランクモンスターだし、今回もいけるかもしれない。


「よしっ! やってみるか」

 頭の中を切り替えて精神を集中させ、呪文の詠唱に入る。

「光よ、我が敵を撃て」

 体の中を魔力が流れ、右手に集まってきた。

 しかしまだ撃たない。集中しながらデザートカウが暗闇から出てくるのを待つ。

 前方の暗闇でザザザッと蹄が石畳を引っ掻く音が聞こえ、そしてまたデザートカウの足音が近づいてくる。

 足音がどんどん大きくなってきて、暗闇からデザートカウの姿が見えた瞬間、僕は力ある言葉を発した。

「《ライトボール》!」

 その瞬間、僕の右手に集まった魔力が光の玉となって発射され、デザートカウの脳天にぶち当たってドンッと爆発する。

「ンモッ!?」

 頭を下げて突進してきていたデザートカウは、でんぐり返しするように、頭を支点にグルンと半回転して背中から地面に叩きつけられた。

 その美しいアクロバティックな飛行に一瞬、見惚れて呆けそうになるも、何とか意識を現実に引き戻し、デザートカウに向かって走り寄り、その喉元に槍をぶっ刺す。

「おっっりゃ!」

 そのままぐりんと力任せに槍をかき混ぜて、首を断ち切ろうとする。

 鮮血がほとばしり、一面を赤に染めた。

 暫くそうしていると、動いていたデザートカウの四本脚の動きが緩慢になっていき、そして遂に動かなくなる。

 槍を引き抜き、暫く待っていると、デザートカウの体がゆっくりとダンジョンに吸い込まれるように消えていった。そして辺り一面に飛び散っていたデザートカウの血も消えていく。勿論、僕に付いていた血も、空気に溶けるように消えていった。


「不思議だなぁ……」

 とか思っていると、デザートカウが倒れていた場所に魔石と謎の物体が落ちていた。

 その謎の物体は、色や質感は肉のようでピンク色。大きさは長い方の一辺が五〇センチほどの小判型のナニカだ。

「……何だこれ?」

 魔石を拾い、近くで観察してみる。

 大きな湯たんぽ? いや、大きな蛭? 大きな牛タン? ……牛ってこんな内臓あったっけ?

 流石に牛の全ての臓器を生で見た事はないから分からないな……。

 よく分からないので槍の石突でツンツンとつついてみる。

 すると中に水が入っているように、プルンプルンと波打った。

「うわぁ……ちょっと気持ち悪いよ……何なの、これ……」

 大きな湯たんぽ説改め、大きな水枕説が浮上してきたぞ。

 デザートカウのドロップアイテムらしいし、持って帰るか? もしかするとレアドロップで、凄く貴重な物かもしれないしさ。……でもこれを背負袋に入れるの? いやぁちょっと嫌だよ。むしろ触るのすら嫌だ。

 暫くその場で脳内会議が行われたけど、触る事すら嫌、という意見が満場一致で採択され、コレはこの場に放置して立ち去る事になった。

「……でも、これが何なのか、確かめてはおきたい、かな……」

 そう考え、おもむろに槍の先でこのナニカをプスリと刺して、切り開いていくと――


 プシャプシャ、っと一瞬、白い液体が噴き出し、それからゴポゴポゴポと白濁液が流れ出て、ダンジョンの床を白く染めた。

「……」

 辺り一面に広がった白濁液と、そして何とも言えない香り。

 その懐かしい匂いに暫くボーッとしていたけど、目的は達したので先へと進む事にした。

 くるりと踵を返して歩き始める。

「《浄化》」

 そして歩きながら浄化の魔法を発動し、槍先に飛び散っている白濁液を綺麗にした。

 それにしても……。

「牛乳か……」


 あの物体が、、と呼ばれているのを知るのはダンジョンを出た後の事だった。

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