第150話 そしてまた第一歩

 頑丈そうな扉を開けて冒険者ギルドの中に入るとガヤガヤと冒険者達の話し声が聞こえてきて、あれ? と思う。もう既に日が昇ってそこそこ時間が経っているはず。経験上、早朝の冒険者ギルドは混み合ってるものだし、今日は高級宿を少しでも長く楽しむためにゆっくりと時間を使ってから冒険者ギルドに来たのだけど、この時間になってもまだ冒険者達が多く残っていた。

 不思議に感じながらギルドの中を確認すると、右手側のテーブルや椅子が並べられているエリアに二〇人程の冒険者達が見えた。何やら真面目な顔で話し込んでいる男女もいれば、グループで談笑している人達もいるし、壁にもたれかかり何をするでもなく腕を組んでいるだけの男もいる。

 彼らはこの時間に何をしているのだろうか? 

 少し疑問に感じつつ正面に並ぶ受付カウンターへと向かい、そこに座っているケモミミの若い女性に要件を告げた。


「冒険者登録お願いします」

「はい、それではこちらに記入をお願いします。代筆も可能ですよ」

 彼女は机の中をゴソゴソと探り、出てきた木片をカウンターテーブルの上に置いた。

 その木片を手元に寄せ、代筆を断ってから用意された羽ペンを手に取る。


 さて、僕はこの町で新たに冒険者登録をする。

 そして別のルークとして生まれ変わるのだ。

 冒険者ギルドの全メンバー情報を管理して各地のギルド間で情報を共有するのは技術的にかなり難しいだろうし。ギルドカードは木製か金属製の普通の板で、それに冒険者が自主申告した最低限の情報が書かれているだけだ。ギルドカードを個人と結び付けるような機能もないはず。低ランクのギルドカードなら材質的に偽造もしやすいだろう。

 つまりギルドカードなんてその程度のモノでしかないし、僕が以前、冒険者ギルドに登録してたかどうかなんて、これだけ離れたこの町で調べる事は不可能なはず。

 唯一、気がかりなのはアーティファクトの存在だ。実はオーパーツ的な謎のアイテムでギルドメンバーの個人情報が全て管理されていたりしたら……。それはもうどうしようもない。詰んでいる。


 色々と考えつつ書いた木片を受付嬢に渡す。

「はい、ルークさんですね。年齢は一五歳で、属性は不明。特技は……料理、ですか……」

 受付嬢が微妙な顔をしながら木片を読み上げた。

 前のギルドカードとまったく同じ内容だと流石にちょっとアレかな……と思って何かを変えようとしたのだけど。いくら思い付きで決めたとはいっても既にこの名前には愛着も出てきたからあまり変えたくないし。そうなったら属性と特技を変えるしかない! と考えて適当に書いたのが良くなかったかもしれない。

 でも、光属性持ちは珍しいらしいから属性は書きたくないし、そうすると特技にも魔法系は書けない。剣も使える事は使えるけど、そこまで得意ではない。そもそも剣と刀の違いもある。そうなってくると次に得意なのは料理になってくるのだけど……。


「料理……あの、普通は使える武器とかの事を書くのですが……本当に大丈夫ですか?」

「あっ、はい大丈夫ですから」

「本当ですか? 危ない事も多い仕事ですよ?」

 受付嬢が心配そうに聞いてくる。

 善意を感じるだけに強くも言いにくい……。少し困っていると左隣から声がした。

「いいじゃねぇか、本人がやると言ってんだろ? なら作ってやれ。それが冒険者ギルドのルールだろ?」

「ニックさん……確かにそうですが……」

 受付嬢からニックと呼ばれた男は身長一七五センチ前後。黒髪に猫っぽい耳が生えていて、お尻の方にも黒くて長い尻尾がクネクネと動いているのが見えた。

 猫系の獣人族だろうか?

「お前の気持ちも分かるけどな、冒険者は全て自己責任だぜ。希望を掴むのも無茶して死ぬのもこいつの自由だ。それとも、お前はこいつの面倒を見てやれるのか?」

「それは……」

 ニックと呼ばれた男は、「だったらやる事は決まってんだろ?」と受付嬢に言い残し、冒険者達が集まっている方へと去っていった。


「すみません……」

「いえ……」

 少し気まずい空気になりつつ、受付嬢からFと書かれた木製のギルドカードを受け取った。これでまた最初からやり直しだ。Eランクに上がるまでこの町にいる必要もある。

 ここから、また第一歩が始まるのだ。

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