第266話 冬の足音は突然に
「……う、あ……寒っ……」
あまりの寒さに目が覚めた。
部屋はまだ暗く、寝てからまだ数時間も経っていないだろう。
昔、ランクフルトの町で買った外套に包まって寝ていたけど、これではもう寒さに耐えられそうにない。
シオンも僕の脇の間にしっかり潜り込んできている。
「こ、これはダメだ……。それは新たなる世界。開け次元の
暗い部屋にホーリーディメンション内からの光が放たれる。
寝ぼけた頭でふらつきながらホーリーディメンション内に入り、その床に敷いていた毛皮のマントを掴んで外に出そうとする、と。
「寒く、ない?」
ホーリーディメンション内は外部から切り離された空間だからなのか、快適な温度に保たれていた。
中々、居心地が良さそう。
「……こっちで寝たいかも」
と、考えたけど、首を振って却下する。
不要なことで使いすぎてコレがバレてしまうのは怖い。
しょうがないのでベッドに毛皮のマントを敷き、その上に外套を敷き、そこに寝転んでからオムレツのように包まって寝る。
「温かい……」
やはり冬用のマント。レベル違いに温かい。スライムとメタルなスライムぐらい違う。
シオンが当たり前のようにマントの中に入ってきて、僕の腕の中に収まる。ので、ギュッと抱きしめた。
「温かい……」
そうして、また幸せに包まれながら眠りに落ちたのだった。
◆◆◆
「……ふぁ」
階下からのカチャカチャという音で目覚めた。
いつも、どこの宿でも朝は大体この目覚ましで起きられる。目覚まし時計なんて必要なかった。
「やっぱ寒いや。そろそろ毛皮のマント使うか」
夜中に目が覚めた時も寒かったけど朝になってもやっぱり寒い。
ホーリーディメンション内の敷毛布状態になっていた毛皮のマントだけど、ようやく活躍する時が来たみたいだ。
ローブの上から敷いていたマントを羽織り、胸辺りを紐で結ぶ。
若干、どこぞの蛮族っぽくなるけどしょうがない。
「じゃあ行こうか」
「キュ」
一通りの準備を完了させて部屋から出て、階段を下りたところで手伝いをしていた男の子と会う。
「おはようございます! 今日は雪が降ってますよ」
「雪?」
雪、か。そりゃ昨日から寒かったし、雪ぐらい降ってても不思議じゃない。
「去年より早いらしいです。今年は寒くなるかもってお父さんが言ってました! お客さんも気を付けてくださいね」
「そうなんだ。ありがとね」
そう言いながら男の子に鍵を渡してチェックアウト。宿を出る。
外に出ると一面の銀景色が広がっていて……なんてことは当然なく、灰色の空から白い雪がパラパラと舞い落ちているだけで積もるような感じでは全然なかった。
でもやっぱり雪はかぶりたくないので、シオンをローブのフードの中に入れ、その上のマントの方のフードを深くかぶる。
今日は情報収集をしつつ冒険者ギルドに行く予定だ。
とりあえずこの先の予定を考えないといけないし、それにはこの国の、この町の周辺の情報が必要だ。
そう考えながら町の中央部から少し歩くと冒険者ギルドに辿り着いた。
丈夫そうな扉を開けて中に入る。
と、少し違和感を覚えた。
時刻は朝の早い頃。他の冒険者ギルドならば冒険者が多く集まっている時間帯だけど、ここにはあまり人がいない。ギルドの職員も少ないようで、カウンターには一人しか座っておらず、その一人のところに数人が並んでいた。
「先に資料室に行こうかな」
別に急いでるわけでもないし、先に情報収集することにする。
階段を上がり、いつもの似たような形状の廊下の先にある資料室に入って本や資料を探していく。
「えっと、モンスターは、と」
棚にある木の板を端から確認していき、知っているモンスターを読み飛ばし、例のモンスターに辿り着く。
「ユラン、こいつか!」
棚から木の板を取り出す。
えっと、ユランは主に森の中に生息しているEランクモンスターで、長い体を使った締め付け攻撃と噛みつき攻撃をしてくるが毒はない――って、これ。
「蛇だわ……」
蛇か……。そうか、蛇か。
描いてある絵を見てもやっぱり蛇以外のナニモノでもない。これが蛇でないならスライムでもドラゴンだと言い張れるだろう。
う~ん、でも美味しかったし……。まぁ仕方がないよね。
この世界に来てそれなりに時間が経ったけど、やっぱりまだ地球で食べ慣れてない系統のモノには違和感がある。美味しいと分かっていても一瞬ちょっと考えてしまう。
「こっちの世界の食生活に慣れていかないとね……」
ゆっくりと頑張ろう。慣れておかないと、いつか食べる物がなくなって困った時に本当に本当に困ったことになるかもしれないし。
それからロックトータスの情報を調べたり、他の本なんかも一応確認したりした後、部屋から出て階段を下りた。
「なんだと! それは本当か!?」
というところでカウンターの方から大きな声がした。
それを見ると冒険者風の男がカウンターの中の受付嬢に詰め寄っていた。
「落ち着いてください。それは本当です。先日、確かにアルッポのダンジョンは消滅しました。このギルドでも確認済みです」
「そんな……」
受付嬢が男をなだめる。
なんだか聞き覚えのある単語が聞こえてきた気がするぞ。
「どうするんだよ、おい! 今から他探すって無理だぞ!」
「だから言っただろ! 遊んでないでもっと早く動こうって!」
男のパーティのメンバーらしき人々が口々に文句を言う。
「クソッ! 誰だよアルッポのダンジョンをクリアしちまったヤツはよ!」
はっはっは! それはゴラントンの剣というパーティですぞ! 文句があるなら彼らにどうぞ!
それでは、僕は関係ないのでちょっいと失礼!
というところでギルドの受付はまだ忙しそうだし隣の酒場にあるカウンターに行く。
「アレ、どうしたんですか? あっ、葡萄酒で」
「銀貨一枚だ」
騒いでいるパーティを親指で指し銀貨を出すと、マスターは葡萄酒をトクトク注ぎながら言った。
「あいつら近くの村の冒険者なんだがよ。冬の間は隣国のアルッポのダンジョンで食いつなぐ予定だったらしいが、そのアルッポのダンジョンが誰かにクリアされちまったのを知らなかったらしくてよ。今から他の場所に行こうったって間に合わねぇだろ? つまり詰んだってやつだ」
そう言ってマスターはククッと笑った。
「そうなんですね。ハハッ……」
……ん?
「すみません。その『詰んだ』って部分、もう少し詳しく教えてもらえますか?」
「あん? そりゃおめぇ、冬の間は仕事なんざ激減すんだからよ。アテがないならダンジョンにでも行かねぇと食ってけねぇだろうが」
「いや、いや……。ちょっと待ってくださいよ」
なんだか少し嫌な予感がするぞ。落ち着いて考えよう。
腕を組んで頭をひねる。
冬場は仕事が激減する? ダンジョンにでも行かないと食えない? ちょっと待てよ……。
「あの、もしかして、この辺りってかなり寒くなるんですか?」
「当然だろ。冬なんだからよ」
「……もしかして、冬にはモンスターが冬眠――数が減ったりします?」
「当然だろ。冬なんだからよ」
頭の中がグルグルと回転し、いくつかの情報や事象が思い浮かんでくる。
いや、確かに冬の間は人の動きも減って全般的に仕事は減るだろうとは頭の隅にあったけど、それでも冒険者という職業が成り立っている以上、まぁそれなりに冬でもなんとかなっているんだろう、ぐらいの軽い気持ちでしか考えてなかったぞ。
「……だったら冬場の冒険者ってどうやって生活してるんです?」
思わずそう聞くと、マスターは『なに言ってんだこいつ』という顔をした。
「だからダンジョンに潜るんだろうが。つーかお前だって冒険者だろ。今までどうしてたんだよ」
「あー……まぁあまり寒くならない地域に住んでたもので」
そう言うとマスターは「あぁ……外にはそういう地域もあるか」とつぶやいた。
僕が冒険者になったのは今年からだし、こんな冒険者という職業がある地域に来たのも当然ながら今年からだから分からないモノは分からない。
「まぁ、冬になっても関係なく出てくるモンスターもいるからよ、それを狩ってもいい。それに冬には冬の仕事もある。少ねぇ仕事を地元の冒険者と奪い合いたいならそうすりゃいいさ。良い顔はされねぇだろうがよ」
マスターはそう言って店の奥をチラリと見ながら顎をしゃくる。
その先には数人の冒険者がいて、朝から酒を飲んでいた。恐らくこの町に昔から定住している冒険者なんだろう。
整理しよう。まず、この地域では冬になると動物のように活動が鈍くなるモンスターがいる――もしくは冬眠してしまうモンスターがいる。だから冬場はモンスターが減って冒険者の実入りが減る。冬ならではの仕事もあるが、それは少ない。なのでこの地域では冬になる前にダンジョンがある別の町とかに移動する冒険者が多い。
だからこの町に冒険者が少なかったのか……。
「冒険者が冬の間に避難する場所でこれまで人気だったのはどこなんです?」
「そりゃアルッポだ。あそこは冬でもダンジョン内はそこまで寒くならなかったらしくてよ。稼げたらしいぜ」
もう、ないじゃん……。どうすんのコレ――って思いかけたけど、よく考えなくても今の僕はそこそこお金はあるんだし、別に働かなくてもいいわけで、特に焦る必要はないんだよね。他のランクの低い冒険者からしたら死活問題になる可能性はあるんだろうけどさ。
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