第267話 おっ買い物♪ おっ買い物♪ 西の町の冬市!

「それでもこの町で冬を越すってのも悪くはないと俺は思うぜ。なんせこの町は農業の町だからな、冬でも他の町より食料は豊富だぜ」

「なる、ほど……」


 あっ、そうだ。地球でも冷蔵庫とかビニール栽培とかが普及するまで冬場は保存食が中心になっていたはず。となると、今から冬が進むにつれてどんどん保存がきかない食材が消えていき、最終的には保存食オンリーの食事に変わってしまうはず。それはこの町ならマシではあっても結局は同じだろう。

 いや、待てよ……。そうなるならアレを使って色々――


「まぁ移動するなら早めに決めた方がいいぜ。雪が積もったら乗合馬車もなくなるしな」

「えっ! なくなるんですか?」

「当然だろ。冬なんだからよ」


 ちょっと待てよ。一気に色々と考えなきゃいけないことが増えたぞ。

 顎に手を当て考える。

 まず、雪が積もるとこの町から出られなくなる。そうなると、この町で春の雪解けまで過ごすことになる。しかしこの町なら他の町よりは食糧事情は良いと。

 もし、下手にこの町から移動して小さな村で立ち往生してしまったら大変なことになるかもしれない。小さな村だとよそ者の食料を一冬分まかなう余裕がない可能性もある。

 いや、それでもこの娯楽もなさそうな農業の町で冬を越すのは辛い気がする。いくらお金に余裕があるからって何十日も宿の中で食べて飲んで寝てだけの食っちゃ寝だけ生活だとオーク体型になりそうだし、暇すぎて流石におかしくなるぞ。


「この近くにもっと大きな町とか、冬の間にやることがありそうな町ってありませんか? あっ! 今から行ける範囲で」


 マスターは「今から行ける範囲ねぇ……」と少し考える素振りを見せた後、言葉を続けた。


「それなら王都しかないだろうな。勧めはしねぇがよ」

「……と言いますと?」

「あそこは物がたけぇんだよ。どんなモノでもこっちの倍はする。普通にはやってけねぇぜ」


 都会の物価が高いのはどこも一緒なんだろうか。

 う~ん……よく考えると、こちらの世界に来てから『王都』と呼ばれる町には行ったことがないな。だからその辺りの事情も完全には理解しきれないところもあるけど……。

 よしっ! とにかく、今はここでゆっくり考えている時間はなさそうだし、とりあえず王都に向かうと決めて準備を進めよう!

 それからマスターから王都に関する情報をいくつか聞き出し、そのままギルドから飛び出した。


「まずは……」


 さっき出たばかりの宿屋に小走り向かうと、宿の前の道を掃除していた少年を見付ける。


「ちょっといい?」

「あっ、お客さん、忘れ物?」

「いや、そうじゃないんだけど。この宿で出してる葡萄酒だけどさ、どこで買えるのか教えてもらえないかな?」

「そんなの教えたらウチが商売にならないじゃん!」


 ふむふむ、ごもっとな意見。

 懐の中から銀貨をサッと取り出し、男の子の手にスッと握らせる。


「銀……。あ~、町の西の市場にある表通りから一本入った道の三番目の店に葡萄酒を買いに行ったお父さん、早く帰ってこないかなぁ~」

「ありがとう!」


 わざとらしい演技をする少年に軽く手を振り礼を言い、町の西側に急ぐ。

 昨日飲んだ葡萄酒が渋みも強いけどスッキリ飲めて肉に合いそうだったので、いくつかまとめて購入しておくつもりだ。

 未舗装の大通りを進んで町の西側に来ると、パラパラと舞い落ちる雪の中なのにポツポツと人通りが増えてきて食料品店が多くなってきた。


「今年最後の葉物だよ~、次は春まで出ないよ~、買っとくれ!」


 いくつかの店を過ぎたところでそんな声が耳に入ってきて立ち止まる。


「最後? あの、これって最後なんですか?」

「今年は雪が降ってきちまったからね。残ってる葉物も凍っちまうだろうから今日ので終わりだろうさ」


 僕の質問に食料品店の猫耳のおばちゃんはそう答えた。

 う~ん……。これは買っておくべきか?

 アルッポのダンジョンで得たアーティファクト『時止めの箱』があれば生モノでも半永久的に保存出来るはず。なので冬の間に生鮮食品が食べられなくなるなら今の内に時止めの箱で保存しておけば後々捗るんじゃないかとさっき考えていたのだけど、問題は具体的にどの食材を保存しておくかだ。

 食料品店の中を見回してみると、これまでこの世界で見たことがある作物がいくつか並んでいた。

 玉ねぎっぽいオニール、ジャガイモっぽいポタト、人参っぽいキャロ。それにカブっぽい野菜に昨日買ったオラン。後は葉物がいくつか。


「この葉物ってどうやって使うんです?」

「クレ草かい? スープに入れてもいいし肉と合わせてもいいよ。それに臭み消しにもなって解毒効果も少しあるから、ちょっとばかし日が経って臭いが気になる肉を食べる時は一緒に煮ればいいさ」

「いやいや、そんな腐った肉はちょっと……」

「なーに、それで腹を壊したらこのクレ草をしゃぶればいいだけだよ」

「おぉう……」


 おばちゃんの勢いに押されてクレ草を一袋購入。ついでにポタトとオランも一袋買っておく。それを背負袋につっこみながら裏道に入り、人目がない場所で魔法袋に移し替える。

 それから教えてもらった店を目指して進むと、宿の少年に聞いた通り三件目にそれらしき店を見付けた。

 外見は普通の民家っぽいけど入口の上部に丸みのある瓶の絵が描かれたプレートがぶら下がっていて、それで辛うじてここが店だと分かる。醸造所という感じでもなく、販売所という感じでもない、問屋的な印象がある店だ。僕も紹介されてなければ気付かなかったと思う。

 店の扉を開けて中に入る。


「すみません」


 土間の床。壁際に積み上がっている樽。棚に並べられた黒っぽい色のガラス瓶と丸みのある形状の陶器瓶。店の奥でなにやら作業をしている人々。

 やっぱり中を見てもお店という感じはまったくない。

 店の奥で作業していた男が一人、こちらに気付いて顔を上げる。


「ウチは量り売りやってないぜ」


 男は作業を続けながらそう言った。


「やってないんですか?」

「あぁ、この町じゃ馴染みの店に卸す分以外は全て輸出用だからな。人気なんだぜ、ここの葡萄酒はよ」


 エレムとかアルノルンなど大きな町では酒類を陶器の瓶で量り売りをする卸問屋みたいな店があったけど、この町では存在しないようだ。そして葡萄酒が有名すぎるせいか、町の中で消費するのではなく他の町とかに売られていくんだろう。


「じゃあ葡萄酒を買うにはどうすれば?」

「樽単位か、こっちの瓶入りでもいいぞ。高いがな」


 店の奥に進んで男の手元を見ると、ガラス瓶に紙で作られたラベルを貼り付けていた。

 店の奥に目をやると、ガラス瓶のコルク栓の上から黄色いロウソクを垂らし、その上からスタンプのようなモノを押し当てている。

 見た感じ、少し形が不揃いだったり歪みがあったりもするけど、地球で見たワインボトルと大きさや形状とかほとんど同じな気がするぞ。


「こっちのガラス瓶とあっちの陶器瓶の違いはなんです?」

「中身に違いはねぇよ。ただガラス瓶の方が金持ちにウケが良い」


 そう言った後に男は「で、買うのか? 買わねぇのか? どっちだい」と続けた。


「じゃあいくらなんです?」

「陶器瓶なら金貨一枚。ガラス瓶なら金貨で二枚だな」

「ちょっと高くないですか?」


 以前、エレムとかで似たような量の葡萄酒を買った時は瓶の代金抜きで銀貨三枚もしなかったはず。それに金額自体が高すぎるのもあるけど、ガラス瓶にしただけでそこから二倍になるのはちょっと高すぎるぞ。


「別に買わなくてもいいんだぜ。どうせここにあるモノはすぐに王都の商会が持っていくしな」


 男の声を聞きながら考える。

 やっぱり一見客だしふっかけられているのだろうか?

 ……いや、宿屋で飲んだ葡萄酒も他の町の倍はしてたし、人気があることは間違いないはず。実際、味も他とは違う感じがしたし。

 ……まぁ、お金はあるんだし、美味しいお酒に金貨の一枚ぐらい出してもいいよね? それぐらいの贅沢は問題ないっしょ!

 と、陶器瓶の葡萄酒を買おうとして、ふと、ガラス瓶の蓋にかかった蝋にスタンプされた紋様が気になった。意外と複雑な形状で、中央に犬……ではなく狼っぽい生物があしらわれている。

 いや、待てよ……。


「すみません。この瓶に付けてる狼の紋様ってなんです?」

「それはここの領主様の――サリオール家のお墨付きの印だ。おっと、真似しようなんて思うなよ? 勝手にこの紋様を使ったらコレだからな」


 そう言いながら男は自分の首にトントンと手刀を振り下ろすジェスチャーをする。

 なる、ほど……。なんとなく掴めてきたモノがある。

 考えてみたら当然だけど、ここの葡萄酒が人気だといっても他の場所に持っていった時にそれが本当にここの葡萄酒かを証明することは難しいはずなのだ。日本でもあったと思うけど、プレミアの付いた高級酒の瓶だけ入手して、中に別の酒を入れて販売する。そんな悪いことも可能だしね。そんな悪事をさせないようにここの葡萄酒に信用を与え、罰則を作ってこの葡萄酒で詐欺をするリスクも作る。あの蝋による封とスタンプにはそういう意味があるのだろう。

 となると、仮にあの安い封がしてない陶器瓶の方で葡萄酒を買ったとしても、それを自分で飲んで楽しむ分にはなにも問題はないのだけど、誰かへの贈り物には使えないし価値も低いのだろう。信用がないからね。

 倍の値段にはその信用料分が載っているんだ。


「ここの領主様は有能なんだろうな……」

「そりゃそうだぜ」


 男はそう言いながらニヤッと笑い、グッと親指を立てた。

 なんとなく、彼と心が通じ合った気がした。

 と、男が立ち上がって腕を組む。


「ところでだ……買うのか買わねぇのか、どっちなんだっての! こっちも暇じゃねぇんだぞ」

「すみません! 買います!」


 ということでガラス瓶の葡萄酒を買うことにした。

 現時点ではこの葡萄酒を誰かにプレゼントするような予定はないし、全て自分で飲むつもりなんだけど……なんとなく乾燥ファンガスのことを思い出してしまった。そう、アルッポのダンジョンの中で乾燥ファンガスが高ランク冒険者への情報提供料になったことを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る