第268話 ルバンニの町編なんてなかった

すみません、確定申告があったり、物語を作り直したりしていて遅れました。



―――――



 それから、いくつか小物を買い入れた後、乗合馬車の予定を聞くため西側の門に向かった。

 すると門の前にいつもの乗合馬車が停まっていて、その横で男が声を張り上げていた。


「王都方面、コット村行き出るよ! 今年最後かもしれないよ!」


 は? そんな急に最後なんてある?

 慌てて男に駆け寄り質問する。


「本当にこれが今年最後なんですか?」

「それは分からんよ。今日の夜のつもり方と明日の天候次第だね」


 それを聞いて少し考え、また質問する。


「そのコット村に着いても王都に向かう馬車がない可能性もあります?」

「そりゃあるだろうさ。あちらの天候次第だからね」


 う~ん……。最悪、コット村とやらで足止めされて立ち往生か……。

 まぁ、本当に乗合馬車がなくなってたらホーリーディメンション泊も覚悟で王都まで歩いてみてもいいかな。


「じゃあ、乗ります!」

「はいよ!」


 男に銀貨を渡し、乗合馬車に乗り込んだ。

 なんだかいきなり王都行きが決まってしまったけど、そんな日もあるよね。このままルバンニの町で冬を越すのはちょっと選択肢としてなさそうだし、チャンスがある時に即断即決で動かないといけない時もあるはずだ。特にこの世界では。

 そんなこんなで数時間、乗合馬車に揺られた。

 馬車の中は商人風の男が二人と村人っぽい男だけ。いつものような冒険者っぽい人はいない。やっぱり冒険者は既にもっと前に移動し終わっているのだろう。


「着いたよ。コット村だ」


 馬車から外に出る。

 昨日の夜から降り続いていた雪は止み、雲の間からは太陽の光が漏れていた。が、標高が上がったからなのか、少し寒くなった気がした。

 周囲を見渡すと、ルバンニの町と同じように畑が広がっていて、ここが農業の村だと分かる。

 反対に町の方を見ると、町の中心の方に人が集まっているのが見えた。


「なんだろ?」

「おや、なにも知らずに来たのかい?」


 振り返ると商人風の男がいた。

 僕が軽く頷くと、男は両手を大きく広げながら言葉を続ける。


「今日は年に一度の収穫祭さ」

「あぁ、そうなんですね」


 よく見ると広場の中心には高く積み上げられた材木があり、その周囲にはテーブルなんかが並んでいて、キャンプファイヤーを囲みながら宴会をするような雰囲気が漂っていた。


「これに合わせてルバンニで色々と仕入れてくると儲かって儲かって――ゲフンゲフンッ……まぁ、あんたも楽しんでいきなよ」

「これってよそ者でも参加して大丈夫なモノなんですか?」

「大丈夫大丈夫、今日は年に一度の祝いの日だからね」


 商人風の男はそれだけ言うと大きな荷物を背負って広場の方に消えていった。


「収穫祭だってさ」

「キュ?」

「食べ物がいっぱい採れたことを神様とかに感謝する日、かな」


 それは地球での話だけど、まぁこちらでも大きな違いはないんじゃないかな。

 そう考えつつ、あえて広場には向かわず、村の中を見物しながら宿屋を探し歩く。

 木製の家と家の間を抜け、石段を下りて曲がりくねった道を進み、村をぐるりと回っていく。

 見た感じ、この村は数百人程度の規模で、主要産業は農業という印象。ほとんどが民家で、店なんかは見えない。

 一通り村を探検した後、中央の広場に向かう。

 そこでは大勢の人々がお祭りの準備をしていて、テーブルを用意したり飾り付けをしたり忙しそうにしていた。

 そんな彼らがいる広場を囲むように店がいくつかあり、その中に宿屋の看板を見付けたので人々の間を通り抜けて宿屋に入り中のカウンターに進むと、後ろから「お客さんかい?」と声がした。

 どうやら店主も店の外で祭りの準備をしていたようだ。


「今日もやってます?」

「あぁ、だが今日はメシを作らねぇから祭りで適当につまんでくれ」

「わかりました」


 宿代は銀貨一枚でいいと言うのですぐに払い、木製のプレートを受け取る。


「しかしこの時期に王都に向かう冒険者とは珍しいな。やっぱりアレか? ギリギリまでフラフラしちまって王都に行くしかなくなったクチか?」

「フラフラ……。う~ん、まぁそんな感じですかね」


 別に遊んじゃってこうなったんじゃないけど、結果だけ見れば無計画にフラフラしちゃってギリギリになって焦っているのと同じ。なので曖昧に肯定しておいた。


「良くないぜ、良くない。確かに王都なら冬の間も仕事はあるが、冬の鉱山労働なんてロクなもんじゃねぇぞ。まぁ、今更どうしようもねぇが」

「鉱山、労働?」

「なんだ? 鉱山の採掘で食いつなぐために王都に行くんじゃねぇのか?」

「いえ、冬を越すなら栄えてる町の方がやることが多いかと思っただけなんですよ」


 僕がそう言うと宿屋の店主は少し驚いた顔で「そりゃあ変わってんな」と言った。

 そんなに変わってるかな? と思ったけど、大体の人は生きることに精一杯なのかもしれない。

 店主との世間話を切り上げて部屋に向かう。そして二階の部屋に入るとしっかりとプレートで閂をかけて呪文を詠唱する。


「それは新たなる世界。開け次元のホーリーディメンション


 部屋の壁に光の扉が現れ、その先に異空間が出現した。


「さて、と。荷物整理しないとな~っと《浄化》」


 全身に浄化をかけて毛皮の外套を脱ぎ、フードの中からシオンを取り出す。


「今日は豪華料理らしいよ!」

「キュ!」


 どうやらシオンも楽しみらしい。

 モフモフしながらシオンを地面に降ろし、次に魔法袋の中から買ってきたモノを取り出していく。そして壁際に置いてある時止めの箱を開け、中にオランなど生鮮食品を入れる――


「――っと、これも《浄化》っと」


 前に浄化をかけてキレイにしてから入れる。

 やっぱり浄化は生活必需魔法だ。これがない一般人がどんな生活をしているのかもう分からないぐらい頼り切っている。

 次に葡萄酒のガラス瓶を取り出して部屋の奥に置いていく。

 数は六本。不自然でなく買えるギリギリの数がこれだった。出来ればもっと買っておきたかったけど、こればっかりは仕方がないよね。


「葡萄酒って保存する時は横にするんだっけ?」

「キュ?」


 シオンが『なんだそれ?』という顔でこちらを見る。

 どうやらシオンも知らないらしい。

 葡萄酒専用の棚か……いいねぇ雰囲気があって。いつか家具をこの中に設置したいと思ってたけど、家ナシの冒険者がそんなモノを買っていたら不自然で仕方ないので買えずにいる。流石にタンス背負って旅に出る冒険者なんているはずないし。

 いないよね?

 ……なんて考えながら魔法袋の中を探っていく。


「えぇっと、他になにか……」


 と、思い出したので取り出してみる。


「って、使えるじゃん!」


 最近、まったく覚えられないので忘れかけてた魔法書を取り出してみるとしっかり手に反応が返ってきて、その魔法書を使えることが分かった。

 それはラージヒールの魔法書。確か前に洞窟内の遺跡で見付けたモノだ。

 なんだか若干、感動を覚えつつ魔法書を開いて読んでいく。すると本が燃え上がり頭の中にラージヒールの魔法が確かに残り、魔法が使えるようになった。


「ついに二番目の回復魔法か……」


 僕にとっては三個目の回復魔法だけど、光属性の回復魔法としては二番目のモノ。初級回復魔法と呼ばれているヒールから一つ上のこのラージヒールになったことでようやく一人前のヒーラーになれた気がする。ぶっちゃけヒールしか使えないのにヒーラーを名乗っていいのか迷うところはあったんだよね。これでようやく堂々とヒーラーを名乗れるかも。


「……ということは、もしかするとライトアローも使えるようになってたりして?」


 この村では確認出来ないので保留になるけど、王都に行ったら確認しよう。


◆◆◆


「皆の衆、今年も一年ご苦労じゃった。今年は例年より冬が早く、収穫量は少なめじゃったが……それでも大地の神アーシェス様のお陰で冬を越すのに十分な収穫を得た。そして無事、一年を過ごすことが出来たのは光の神テスレイティア様のお陰である。そのことを感謝しよう」


 ステージの上に立つ村長っぽい老人がそう話し、全員にジョッキを持つように促した。


「それでは、乾杯!」

「乾杯!」

「大地の神に」

「光の神に」

「豊穣に」


 村長の音頭で皆が木製のジョッキを掲げ、それぞれがそれぞれに敬意を表し、ジョッキを傾ける。

 僕もなにかを言わなければいけない気がして、皆からワンテンポ遅れてボソリと「神に」と言いながら例の白い場所で見た神らしき存在を思い出した。

 でもよく考えると、あの神に感謝しなければいけないことはなにもない気がするわけで、ちょっと微妙かもしれない。

 ぶっちゃけ、転生? 転移? する前の記憶が曖昧で、もしかすると平和に暮らしていただけの僕をあの神が無理にこちらの世界に召喚したのかもしれないし、その場合は感謝より罵倒を送りたいところだけど。実は地球での僕はテンプレ仕様のトラックに轢かれて既に死んでいて、あの神に第二の人生を生きるチャンスを与えてもらった可能性もあるわけで、簡単に判断出来ないところではある。

 と、本来の地球での僕が既に死んでいるかもしれない可能性を考えてしまい、体がブルっと震える。

 あまり考えないようにしていたことだけど、少しでも考えてしまうと頭に残ってしまう。そして地球にいる両親や兄や友人のこと、それに一緒にあの白い場所に来たけど別れてしまった彼らのことも考えてしまう。


「……」


 それを押し流すようにジョッキを傾け、一気に喉の奥に流し込んだ。


「くぅぅぅぅ!」


 キリッとした喉越しにスッキリした味わい。今まで飲んできたエールとは少し違う。


「よう兄ちゃん、いい飲みっぷりじゃねぇか! どうだい、この村のラガーは他とは違うだろ?」

「これがラガーなんですか?」

「あぁ、ラガーは作れる地域が限られてっからな! ここでしか飲めねぇぜ!」


 ラガーか、この味は……地球でもよく飲んでたビールに近い気がする。

 キンキンに冷えてないのはちょっと物足りない気もするけど味の方向性は完全に地球のビールだ。

 って……言ってるそばから思い出すんだからしょうがないや。


「それでは火をつけるぞい」


 松明を持った村長が現れ、広場の中央にある材木にそれを投げ込んだ。


「火の神フレイドよ、聖なる炎で魔を祓いたまえ!」


 村長の言葉と同時に太鼓のような楽器がドンドコ打ち鳴らされ、それに合わせて数人の村人が踊る。

 リズムに合わせて手拍子する人。ただただ飲み続ける人。歌い出す人。それぞれ思い思いに楽しんでいる。

 日が傾き、暗くなってきた空をキャンプファイヤーの炎が照らし、月明りと混ざる。


「宴の始まりじゃ!」


 そうして収穫祭は夜遅くまで続いた。

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