王都ソルマール

第269話 王都ソルマール

 翌日、乗合馬車に乗り、王都に向かう。

 空は晴天で曇りもなく外の景色にも雪は見えないけど、先日の雪が溶けたのか地面に若干のぬかるみがあり、馬車の速度がイマイチ上がらない。


「だからさ、私は王都の方面は好きになれないんだよね」

「そうなんですね」


 馬車がトロトロと進む中、昨日もコット村行きの乗合馬車で一緒になった小太り中年の商人の男性とまた同じ乗合馬車に乗ることになり、なんとなく挨拶をして、そのまま世間話を続けている。

 彼が言うには、コット村はルバンニの町と同じくサリオール伯爵家の領地なのだけど、この先の村からは王家の領地になり色々と勝手が違うらしく、あまり好きになれないとかなんとか。


「商売だから仕方ないけどね、それがなければ王都なんて――っと、もうすぐオクタイ子爵領の村だね」

「あれっ? この先は王家の領地じゃないんですか?」


 さっきは『この先は王家の領地』と言っていた気がするけど、聞き間違いかな?


「王家の領地さ。王家がオクタイ子爵にくれてやったがね」

「えーっと、それはどういう……。サリオール伯爵領とは違う感じですか?」

「そりゃそうだ。サリオール伯爵領は昔からずっと伯爵様のモノだよ」

「う~ん……つまり、オクタイ子爵は王家から領地を貰い、サリオール伯爵は王家から領地を貰ってない?」


 話しているうちに馬車は村を通り抜け、そのまま王都方面に向かってまた進んでいく。

 どうやらこの村では乗る人がいなかったようだ。


「あんた、私はいいけどね、それサリオール伯爵領の人に言わない方がいいよ。血の気が多い連中に聞かれたらぶん殴られるかもよ」

「えぇ……。すみません、ちょっと今後のために確認しておきたいのですけど、それってサリオール伯爵領の人々はサリオール伯爵家が王から領地を貰ってないことに誇りを持っている、ということでいいんですか?」

「当然じゃないか。いいかい? 今は色々あってソルマズ王家に従っちゃいるけどね、我々の先祖はサリオール家と共にこの地を切り拓いて守り続けてきたんだ。それをソルマズ王家に尻尾振って領地を手に入れた貴族と一緒にするなら――戦争だよ?」


 ヒエッ……。怖すぎる……。

 でも、この話はここで聞けて良かったのかもしれない。人によって地域によって地雷となるワードは違ったりするのだろうけど、こういうのって実際にその地の人に聞いてみないと分からないのだけど。そもそも常識が違いすぎるとどこが問題なのかすり合わせが出来ず、実際に表面化してみないと地雷が分からないこともあるだろうしさ。


「気をつけます……」


 そう言って外を見た。

 馬車は緩い斜面を登っているようで、馬車内にも少し傾斜がついている。

 それから暫く進むと周囲の景色から木々が少なくなり、その代わりに岩が多くなってきた。

 更に進むと岩場を切り拓いたような地形になってきて、周囲の景色が灰色の岩肌一色になっていく。

 季節が秋冬とはいえ樹木どころか草花すらあまり見えないし、そもそも土もあまりない。


「寂しい景色だろう?」

「え? えぇ……まぁそうですね」

「王都周辺は岩場が多くて耕作には向かないんだ。だから食料は他の領地からの輸入に頼っているのにさ、その作物を作っている我々を田舎者扱いするんだから腹が立つんだよ」

「あぁ、そういう……」


 なんとなく、王都民と周辺領地の関係性が見えてきたので頭の中にしっかりメモしておく。


「ほら、あれが王都さ」


 その言葉に進行方向を見ると、岩肌が剥き出しの傾斜地の中、岩山の麓の方に大きな都市があった。

 そしてそれに近づいてくると、都市の外壁沿いにボロボロのあばら家がいくつも建ち並んでいてスラムのようになっているのが見え、なんだか異様な雰囲気が漂っていた。

 王都の入口に繋がる道沿いには流石に家は建てられなかったみたいだけど、道から少し離れたところからはビッチリとボロボロの小屋が続いている。


「ここには周辺の地域から食い詰めた奴等が集まってくるのさ。鉱山ならいつでも誰でも動けるなら仕事はあるからね」

「……なるほど」

「まぁ、あっちに落ちたらもう戻れないんだがね」

「……なるほど」


 馬車がスラムに近づいていくと、この寒い中、外でゴザを敷いて寝ているボロボロの服の人がいたり、そこら中で地面に座り込んでいる人が見え、もうどう考えてもヤバい雰囲気しか漂ってなくて驚く。

 今まで様々な町を見てきたけど、まず外壁の外に人が住んでいる状況が初めてだし、低所得者層が住むエリアなんかは町中にあったけど、ここまで酷い場所は初めて見た。

 ちょっとこのエリアには近づかないようにしないとね……。


「王都に着いたぜ」


 御者がそう言ってすぐ、馬車が停まる。

 馬車から降りると、そこは町の正門前。豪華な馬車は門をノーチェックで素通りしていき、僕らのような一般ピープルは列に並ぶ。それはいつものことなのだけど、門から少し離れたところにスラムがあり、ちょっと落ち着かない。


「身分証明書を見せろ」

「はい」


 僕の番が来たので門番にギルドカードを見せ、問題なく門を通り抜け、一緒に馬車に乗ってきた商人と別れてから町に入った。

 外のスラムとはまったく違い、石材や土壁、レンガなどで作られた家が多い。完全に別世界という感じがする。町は人通りもそれなりにあって賑わっているけど、壁を一つ超えるだけでこうも変わってしまうのかと思った。


「とりあえず、どうするべきか……」


 空を見ると太陽が傾いてきていて、あと少しで空が赤くなる時間。

 冒険者ギルドを探すか、宿を決めて今日はゆっくりするか、微妙な時間帯だ。と、考えながら道を進み、周辺の店なんかを観察していく。

 野菜を売っている店を簡単に確認してみた感じ、ルバンニの町なんかで売られていたモノよりシナシナで質が悪いような気がする。やっぱり耕作に向かない土地なだけあって、他所から運んでいる間に生鮮食品の質は下がってしまうのだろうか。


「素泊まり、大部屋、雑魚寝、銀貨四枚だ! もうすぐ埋まるよ!」


 大通りを一本入った道でそう叫んでいる女性がいる。


「素泊まりの雑魚寝で、銀貨四枚……?」


 彼女の言葉を脳内で反芻する。

 激安の宿で見知らぬ相手と雑魚寝するプランがあるという話はランクフルトにいた頃に聞いたことがあるけど、寝ている間になにをされるか分からないから極力避けるべきだと聞いていたし、今まではそこまで金欠になることはなかったから利用してこなかった。けど……。


「その激安プランで銀貨四枚ってことは……普通の宿はいくらになるんだ?」


 今まで個室の宿を様々な町で利用してきたけど、価格は銀貨で二枚から五枚ぐらいが普通だったと思う。あぁ、そういえば金貨一枚もする高級ホテルもあったっけ。とにかく、そこから考えると食事ナシの雑魚寝で銀貨四枚は異常と言っていい価格だ。


「これは早めに宿を押さえないと、ヤバい?」


 この感じだとコスパが良い宿の競争率は他の町より高い気がするぞ。

 少し焦りながら大通り沿いを歩き、ボロボロすぎずキレイすぎない普通クラスの宿を探してそこに入った。

 扉を開けると店の奥のカウンターで、イスの背もたれに体を預けながら寝ている男が見えた。

 その瞬間に扉を閉めて帰ろうかと思ったけど、ギリギリ踏みとどまって男の方に近づいていく。


「すみません」

「ンゴッ……」

「すみませーん!」

「……ん……あ……あぁ、客か」


 起きた男はこちらを見て「金貨一枚」と続けた。

 前にアルノルンで泊まった高級ホテルと同じ価格! これは……。


「……夕食はついてるんですか?」

「あるぜ」

「あの、この辺りの宿ってどこもこんなに高いモノなんですか?」

「あぁ? なんだ、この町は初めてか? どこも大体こんなもんだぜ。嘘だと思うなら他も見てみな。まぁ今から探して他が見つかるか知らねぇけどな」


 そう言って男は陶器の瓶からカップにビールっぽいモノをトクトクと注ぎ、それをガッと飲み干した。

 さて、どうするか……。現時点でこの宿に良い印象はまったくないけど、男の言うように今から他の宿を探しても見つからない可能性がある。そうなると最悪はスラム行きだ。

 勿論、ホーリーディメンション内で寝ることは出来るけど、あんな目立つモノを町中で展開すると誰かに見られる可能性が高いし最悪の最悪の状況まで避けたい。となると……。

 金貨を取り出してカウンターの上にパチっと置く。

 まぁ、最初はとりあえずこの宿でいい。良い宿は明日から探していけばいいのだし。


「二階、手前の部屋」


 男はそう言いながら金貨をポケットにつっこみ、カウンターの下から木の板を取り出してカウンターの上に置いた。

 無言でそれを受け取り、男の横を抜けて階段を上がって部屋に入る。


「ふ~……この宿、大丈夫なのか?」


 そう言いつつ荷物を下ろし、外套を脱いでベッドに放ってシオンを床に下ろす。


「どう思う?」

「キュ」


 そんなことは知らないとばかりにシオンはベッドに上がり丸くなった。

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