第183話 彼女の過去

「……」


 まどろみの中から意識が覚醒していく。

 ゆっくりと目を開けると部屋は真っ暗闇の中。天井も見えない。

 やっぱり今日もか……。

 ドアの方を向くといつものように彼女がいた。そしていつもと同じように部屋から出ていく彼女を追いかける。

 しかしこれはいつまで続くのだろうか? これ以上、まだなにか僕に見せたいモノがあるのだろうか? そう考えるが答えは出ない。

 真っ暗な階段を下り、中庭の東屋から少し肌寒い隠し通路に入り、ルシールの名が入ったハンカチを拾った場所を通り過ぎても彼女は消えなかった。やはり今日はこの先へと案内してくれるらしい。

 彼女はそのまま隠し通路を最後まで進むと、出口の天板をすり抜けて外へと出ていく。僕もマギロケーションで外を確認してから天板を開けて外に出ると、彼女は屋敷から離れ、庭の奥の方へと進んでいるようだった。


「やっぱり外に出ないとダメか……」


 公爵家の屋敷内に無断で侵入して歩き回るとか、ぶっちゃけ物凄く嫌なんだけどなぁ……もうここまで来たら仕方がないか。彼女が屋敷内へ向かわなかっただけマシと考えよう……。

 マギロケーションで庭の外側を巡回しているであろう兵士らしき姿をチェックしつつ彼女を追いかけ、音を立てないように気配を殺すように細心の注意を払いながら庭を進むと、どこかで見たことがある東屋が見えてきた。


「これ、クランハウスのと同じ?」


 建築家がクランハウスと同じなのか、形がまったく同じ。クランハウスも元は公爵家の屋敷だったらしいし、同じ人が設計したのかもしれない。

 彼女に続き東屋に入る。

 東屋の中も作りはクランハウスとほぼ一緒。四隅に柱があって中央に机と椅子があり、床のタイルも同じっぽい。そして出入り口は二箇所。僕らが入ってきた場所とその向かい側だ。

 僕が入口から中をぐるりと確認していると彼女は東屋の中央付近でピタリと止まり、こちらを振り向いた。どうやらこの場所がゴールらしい。

 改めて見た彼女の目は澄んでいて、引き込まれそうになってしまう。


「あなたは、ルシールのお母さん……ですか?」

「……」


 そう聞いても彼女はなにも答えない。

 これまでの数日、僕は彼女に導かれるまま探索し、様々なことについて調べた。それで色々と分かったけど、肝心な部分がなにも分かっていない。


「あなたは僕になにを――」


 そう、僕が言い終わる前に、彼女はその場からスッと消えていなくなった。

 彼女はなにも言う気がないのか。それとも言えないのか……。どちらにせよ彼女が答えないなら自分でそれを探すしかない。

 流石にもう慣れてきたもので、彼女が消えた場所付近をマギロケーションで入念に調べていく。

 これまでの経験上、彼女が消えた場所にはなにかがある。それが偶然なのか彼女の意思なのかは分からないけど、今回もあると思う。

 まず彼女が消えた場所。なにもなし。机と椅子の付近。なにもなし。そこから範囲を広げながら東屋全体を調べていくとクランハウスにある東屋では隠し通路の入口になっていたタイルと同じ場所が隠し扉になっていて、その下が小さな空間になっていた。

 その場に屈んでタイルを跳ね上げると中にあったのは豪華そうな箱。四〇センチぐらいの宝石箱といった感じだろうか。それを隠し場所から引き上げ、マギロケーションで問題がなさそうか確認してから蓋を開けた。


「……本、か」


 箱の中にあったのは一冊の本。大きさは単行本サイズぐらい。


「さて……」


 まずこれを触っても大丈夫なのだろうか? ……まぁ触らなきゃ中を確かめられないし、触るんだけど。

 念の為、背負袋から取り出した布を被せるようにして手に持ち、布でくるんで背負袋に入れる。


「とりあえず部屋に戻るかな……」


 すぐに中を確かめたいけどこんな場所では落ち着いて確かめられないし。そもそもマギロケーションでは本に書かれた文字が読めないし、だからといってここで光源の魔法を使うわけにもいかないしね。

 箱だけを元の場所に戻し、隠し通路からクランハウスへ戻ることにした。



◆◆◆



「光よ、我が道を照らせ《光源》」


 クランハウスの自室に戻ってすぐに光源の魔法を使う。

 一瞬で明るくなった部屋の中で背負袋から例の本を取り出してベッドに座り、改めて本を観察していく。

 実用的で頑丈そうな革表紙にはタイトルなどの文字がない。とりあえず魔法書ではなさそうだ。


「さて、なにが書かれているのやら……」


 革表紙を開いて中を見ていく。


「えっと……『共和国歴一三四年、二の月一〇日。アレクが剣の腕を上げた。そろそろ引退の時期であろうか』……?」


 アレクとは? どこかで聞いた名前のような気もするけど……ダメだ、思い出せないな。

 パラパラと本を読み進めていく。

 ちょっと見た感じ、この本は日付は飛び飛びだけど誰かの日記だろうか。内容から推測するに、どうやら身分が高くてそこそこ年配の男性の日記な気がする。本があった場所が場所だけにシューメル家の誰かの日記な気がするけど……。


「んん? ……『政務をアレクに押し付け、ボロックに会いに行った』」


 ボロックさん、こんなところにも名前が……って――


「――『が、そこで美しい女性と出会ったのだ。名はメリナ。ボロックのクランハウスでメイドをしている。こんな気持になったのは生まれて初めてだ』」


 日記を読む限り、この日記の男性はそこそこいい年齢で大きな子供もいるっぽいのに、どうやら恋をしたらしい。そこからの日記はメリナという女性と親しくなるための日々が綴られていた。

 どうでもいいけど、なんだか人の恋模様をじっくりコトコト覗き見しているようでちょっとはずかしくなってきたぞ。

 やがてこの日記の主の男性はメリナと親しくなることに成功し、深夜密かに隠し通路を通ってクランハウスに向かい、密会を繰り返すようになった。


「……『万が一この日記が妻に見付かるとマズい。念の為、東屋の中に隠すことにする』、か……」


 この国の結婚がどういう形になっているのかは知らないけど奥さんにメリナとの関係がバレると色々と厄介なことになるんだろうなぁ……。仮に貴族が愛人を作ることが法的に許されても、人の心は法では縛れないのだから。

 関係なさそうな部分をパラパラと流し読みしながら日記を見ていく。


「『メリナが妊娠した。女の子ならよいが、男の子であれば後々いらぬ争いを生むやもしれぬ』……ね」


 まぁやっぱりそうなんだろうなぁ……。面倒……になるんだろうなぁ。

 跡目争いとか、跡目争いとか、跡目争いとか……。定番な気がする。

 それ分かってるんだから最初から余計なことはしなきゃいいわけだけど、そうもいかないんだろう。それが人間なのだから。

 そしてメリナとあれやこれやの密会の話を軽く流し読んでいくと、ようやくそのページを見付けた。


「あっ……『共和国歴一三五年、四の月二日。メリナが出産した。女の子だ。これならいらぬ問題は起きぬであろう。この子の名は――ルシールとする。この子の存在については適切な時を見て発表することにする』」


 まぁ、これまでの様々な状況的にそういう話なんだろうとは予想していたけどね。

 やはりルシールの父親は貴族で、『彼女』が、メリナがルシールの母親なんだろう。そして大人になった彼女にそれを伝えてほしい、というのが彼女が僕に求めていること……なんだろうか?

 しかし父親である日記の持ち主はルシールのことを発表すると書いているが……。

 次の日記を確認しようとページをめくる。


「あれっ?」


 しかし次のページは白紙。その次のページも白紙。その次のページもその次のページも。


「どういうことだ?」


 ペラペラとページをめくっていくも全てのページが白紙。

 そして最後のページの後、裏表紙の裏側部分にこの文字があった。


『エルク・シューメル』


 これが彼の、この日記の持ち主の名前なんだろうか。

 だとすれば……。



◆◆◆



 ふと窓の方を見ると隙間から陽の光が差し込んできていた。

 どうやら日記を熟読していて朝になってしまったらしい。


「……これはもう寝られないな」


 今から寝たら昼夜逆転でとんでもないことになる。

 部屋を出て階段を下り、資料室に入ってとある本を探していく。

 歴史系の本がある棚を端から調べていき、その本を見付けた。


「よしっ」


 その本は『近代アルノルン史』。以前、黄金竜について調べている時にルシールが渡してくれた本。

 それを持っていつもの席に座り、共和国歴一三五年前後を開いて読み進めていると、すぐにその記述を見付けた。


「……『共和国歴一三五年、四の月五日。シューメル家当主エルク・シューメル公爵、ご逝去』、か」


 やはり日記の主は貴族――シューメル公爵で間違いない。亡くなったという記載があるので前公爵か。

 日記によるとルシールが生まれたのは一三五年の四月二日。つまりその三日後に前公爵は亡くなったため日記がそこで途絶えた。そしてルシールは現在のシューメル公爵の妹である可能性が高いけど、前公爵が跡目争いの可能性を考えてその存在を誰にも告げず。それを発表する前に亡くなったことでこの事実を公表出来る人物がいなくなったと。

 そりゃあメリナも誰にも言えないだろう。まず間違いなくこの世界にはDNA鑑定なんて存在しないのだから。前公爵が亡くなった時点でルシールが前公爵の娘であると証明出来なくなってしまったわけで、名乗り出ようにも出られないはずだ。そしてメリナも当時子供だったルシールにその事実を告げられないまま亡くなってしまう。そんな感じのストーリーだろうか。

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