第182話 見えてくる真相



「……」


 まどろみの中から意識が覚醒していく。

 ゆっくりと目を開けると部屋は真っ暗闇の中。天井も見えない。

 最近、夜はずっとこのパターンな気がする。僕がぐっすりと眠れる夜は戻ってくるのだろうか?

 いつものようにお腹の上で寝ているシオンを抱き上げ扉の方を見ると、やはり彼女はそこにいた。

 そして彼女はいつものように扉の向こう側へと消えていく。


「やっぱり行かなきゃダメか……」


 昨日はシオンを置いていったけど、今日はシオンを連れて行くことにする。シオンと生活のリズムがズレると今朝みたいに辛いことになってしまうしね。

 シオンをフードに入れ、マギロケーションを使ってから部屋を出る。

 彼女は階段を下り、中庭に入って東屋の中の隅っこのタイルで立ち止まり、昨日とは違って階段を下りるようにゆっくりと沈んでいった。


「あれっ?」


 昨日、彼女はここで完全に消えたけど、今日はタイルの下にある隠し通路にいるのがマギロケーションで分かる。

 これはどういうことだろう? なんだかよく分からないけど、とにかく行くしかない。彼女を見失わないように隠し通路への扉を開き、彼女を追う。隠し通路の中の蜘蛛の巣は昨日、除去しておいたので今日はスムーズに進める。

 足音を出さないように小走りで彼女に追いつき隠し通路の中を暫く進んでいると、中間地点ぐらいの場所でなんの予備動作もなく彼女が消え、「えっ?」と声が漏れてしまった。

 ホラー映画なら、次の瞬間、後ろから現れて『ウギャー!』の場面だけど、ここ数日、彼女と付き合ってきた信頼感?からそれは大丈夫そうかなと思いつつ、彼女が消えた場所に近づいていく、が……。


「なにも、ない?」


 この周囲にマギロケーションに反応する変なモノはなにもない。というか、なにかあるなら昨日の段階で気付いているし。


「ふむ……。光よ、我が道を照らせ《光源》」


 夜中に光源の魔法を使うと目立つので使わなかったけど、この中なら大丈夫だろう。

 真っ暗闇だった隠し通路の中に蛍光灯のような白い光の玉が現れ周囲を照らす。これまではマギロケーションにより周囲の形だけが分かる状態だったところに色や質感が付いていくような感覚。

 グレー色っぽい石のブロックに覆われた隠し通路を肉眼で確認していく。


「ん?」


 通路の端の地面。埃や砂に半分埋もれたなにかが見えた。

 その場に屈み、それを指の先端でつまんで持ち上げる。

 それは埃にまみれた一辺が三〇センチぐらいの四角い布。ハンカチ?だろうか。

 何故こんな場所にハンカチが? これっていつのモノだろう? 埃の量とか蜘蛛の巣とか考えたら一年とか二年どころではないぐらい前からここに落ちてたような気がするけど……。


「不浄なるものに、魂の安寧を《浄化》」


 ちょっと汚いので浄化をかけ全体を調べていく。

 ハンカチは上質そうな生地で出来ていて、まるでシルクのような手触り。

 ……この世界にもシルクってあるんだろうか? 確かシルクって蚕――要するに芋虫の出した糸から作ったものだったはずだし、この世界にも似たようなものがあってもおかしくはないはず。……まぁあったとしても蚕の大きさは一〇〇〇〇倍ぐらいになってそうで物凄く嫌なんだけど。

 思考が横道に逸れながらハンカチを裏返して端の方まで確認してみると、小さな刺繍が見えた。それを確認していくと――


「えっと、ル……ルシール? ……えっ、ルシール?」


 そこに縫い付けられていた文字は『ルシール』。僕はルシールという人物を一人しか知らない。

 いやルシールなんて名前、他にも沢山いるはず。あのルシールだけがルシールではないはずだ。もしかすると食堂のおばちゃんもルシールかもしれないし……。

 そんなどうでもいいことを考えていても、どんどん嫌な想像が膨らんでいく。

 この隠し通路はクランハウスとシュメール家の屋敷を繋いでいる。ここは蜘蛛の巣が張っていて長年、使われた形跡がない。この隠し通路の存在を知る人物は少数であるはずで、もしかするとシュメール家の人間ぐらいしか知らない可能性がある。そしてそこに落ちていた『ルシール』の名が刺繍されたハンカチ……。

 数日前の記憶を頭の中から引っ張り出してくる。

 確かルシールは『母は父のことを語らなかった』と言ったはず。つまりルシールの父親が誰かは分かっていない。ルシールの母が父について喋らなかった理由がもし、『父親がシュメール家の人間だから』であるなら。


「これはもしかしなくても、想像以上に危ないネタなのでは?」


 下手をするとお家騒動に巻き込まれるかも……。

 ポケットの中から指輪を取り出し、光源の光にかざして眺める。

 この指輪、もしかしてルシールが落とした物なんじゃないか? 確か指輪を拾った日はルシールを誘って一緒に食堂で飲んだし、彼女は僕より先に部屋に戻った。その時、彼女が中庭を通って指輪を落とし、その後に僕が中庭を通り指輪を拾った。そう考えると辻褄が合う気がする。


「だとすると、『彼女』はルシールの……」


 ホラー映画ならここで後ろからいきなり『彼女』が現れる場面かもしれないけど、彼女は現れない。

 ホッとしたようで、彼女に真相を確かめられず少し残念な気もした。



◆◆◆



 翌朝、少し憂鬱な気持ちで朝を迎えた。

 さて、今日はどうしよう。やっぱりルシールのことを調べてみるべきか。しかし調べてどうなるのだろうか? なにか分かったところで誰にどう話せばいいんだ?

 色々と考えがまとまらず、シオンをギュッと抱きしめた。


「……気分転換にギルドに顔出すか」


リゼとシオンと廃坑のバナーニキング

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888105601/episodes/1177354054888105613

(ドラゴンノベルス公式連載の方にあるお話です)

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