極振り拒否して手探りスタート! 特化しないヒーラー、仲間と別れて旅に出る

刻一(こくいち)/DRAGON NOVELS

書籍化記念SS

リゼとシオンと廃坑のバナーニキング

◆◆◆廃坑へ



「北側の廃坑の調査、ですか?」


「はい。最近、町の北側、廃坑の付近でモンスターの数が減っているとの報告がありまして」


 朝一番の冒険者ギルド。冒険者達でごった返す中、入ってきたばかりの僕を見付けたギルドの受付嬢、エリナンザさんがいきなり依頼を持ってきたのだ。

 それにしても――


「なぜ僕なんです? 他にも良さそうな人はいそうですが……」


 そう言いながら周囲をチラリと見る。

 ここ、商業都市アルノルンは僕が知る中では最大の都市で、周囲の冒険者達を見ても分かるように人口も多く、当然冒険者の数も質も良い。冒険者ランクが高くない……いや、はっきり言ってしまえば低い僕にわざわざ依頼する必要はない気がするのだけど。


「あぁ、それはですね――」


 と、エリナンザさんが語った話を聞いて、概ね状況は理解出来た。

 要するに、モンスターが増えたことなら大問題だけど減ったことの調査なので危険度も重要度も低く、報酬をあまり出せないけど、調査なので信用のおける人にしか依頼出来ない。というちょっと面倒な状況で僕がたまたまギルドに顔を出したらしい。

 まぁ信用があるといっても、僕が持っている信用なんて現状そんな大きなモノではないので、『これ』の信用なんだろうけどさ。

 と考えながら、胸元で輝く竜の爪の形をした黄金色のバッジを触る。

『黄金竜の爪』は、この国で最大級のクランで、この黄金色の竜の爪のバッジを付けている者はそのクランメンバーである証拠。それだけでそれなりの信用が付いてくるのだ。


「分かりました。やります、その依頼」


 どうせ今日は外で狩りでもするつもりだったし、依頼を受けるのもいいかな。というぐらいの軽い気持ちで廃坑調査の依頼を受けることにした。



 ギルドを出て町を北へと進みながら、道中にある露店を冷やかしたり足りなくなった物を買い足したりして北門から出た頃、背中側、ローブのフードがモサモサと動いて、中からシオンが顔を出し、僕の肩の上に乗った。


「キュ!」

「おはよう。寝癖が付いてるぞ」


 イタチとかカワウソのような体をぐでっと僕の肩に乗せ。フェネックのような大きな耳をピクピクと動かしているシオンの毛は逆だっていて、まるでハリネズミのようになっていた。

 フードの中で変な寝方でもしたのだろうか。


「もう少し寝てる? 今日はちょっと遠くまで行くよ。それとも歩く?」

 

 そう聞きながらシオンの体毛を手櫛でとかしていくと、シオンが「キュ」っとひと鳴きして地面へと跳んだ。

 どうやら歩きたいらしい。

 マギロケーションの魔法の範囲をググっと膨らませるよう意識して範囲を拡張し、周囲の索敵範囲を強化する。

 シオンを自由に歩かせる時は少し気を遣うのだ。日本でも外で小動物や小型犬を遊ばせていると、鷲などの猛禽類に襲われてそのまま……なんて話も稀にあった。モンスターという脅威が身近に存在するこの世界の場合はもっと慎重になる必要がある。もし、この索敵能力に優れたマギロケーションの魔法がなければ、シオンをここまで自由に遊ばせることは出来なかったと思う。そう考えると、やっぱり神聖魔法は凄く便利なんだよね。



 点在する小さな丘を縫うように続く道をゆったりと歩いていく。

 左手側には小さな丘や、小さな森。大小様々な岩が地面からむき出しになっている地形ではあるけど、見通しは悪くない。

 右手側には、この町に来るまでに通ってきた洞窟がある巨大な山脈が遠くに見えた。今もあの山のどこかの地下にドワーフのボロックさんはいるのだろう。もしかすると、彼は今日も「ヨーホイ!」と叫んでいるかもしれない。

 そんなことを思い出し、少し懐かしい気持ちになってしまう。

 人生、出会いと別れの繰り返しとはいうけれど、こうやって異世界で故郷も帰る家も持たずに旅を続けるなら、これからも多くの出会いと別れを繰り返すだろう。この世界の旅とは、そういうものなのだから。


「キュ?」


 少し前を歩いていたシオンが立ち止まってこちらを振り返る。

 僕が「なんでもないよ」と言うと、シオンはまた前を向き歩き始めた。

 少し心配させてしまったかもしれない。



 真っ青な空に白い雲が流れ、柔らかな風が草の香りを運んでくる。

 夏の日差しで蒸れた汗が、その風に消えていった。

 時折、人を載せた馬車に追い抜かれたり、逆に進行方向側から来た馬車とすれ違うが――


「本当に長閑だな」


 町から出て暫く歩いたけどトラブルもなく、長閑な風景が続いているだけ。

 まぁ物流の要である街道周辺のモンスターは定期的に駆除されているらしいし、そもそも依頼内容的に『モンスターの数が減っている』という状態の調査であるからして、モンスターにエンカウントする可能性はいつもより低いはずで、当然といえば当然なのだけど。



「ここかな?」


 エリナンザさんに書いてもらった地図に従って歩き、街道から外れて暫く進んだところ。小さな岩山の麓にその廃坑はあった。

 シオンを抱き上げてフードの中に戻ってもらい、光源の魔法で明かりを確保してから廃坑の中へと入っていく。

 廃坑の天井高は二メートルと少しで、道幅も二メートル程。少し圧迫感を感じる。

 所々、木で枠が作られ補強されていて、やはり人工的な洞窟なんだなと思い進んでいくと、ゴツゴツした壁面に白い塗料でハンマーの模様が描かれているのが見えてきた。


「これは……」


 以前、ボロックさんに教えてもらったドワーフが使う目印。つまり、この廃坑はドワーフが掘った鉱山である可能性が高い。

 まぁ、それが分かっても、何がどうなることもないけどね。

 ドワーフが掘ったんだし、昔は良質な鉱石が掘れたんだろうな、とは思うけどさ。

 などと考えながら廃坑を進んでいくと、すぐに突き当りにぶつかってしまった。


「あれっ?」


 元は鉱山なんだし、こんなに狭いはずはないのだけど……と、突き当りの部分を調べていくと、どうやら天井が崩れ落ちて通路が埋まっているようだった。地面の苔とかの感じからして、かなり昔に崩れ落ちていると感じた。つまり――


「モンスターの数が減っている理由に、この廃坑は関係ない?」


 ということでいいのだろうか?

 まぁ、物事の因果関係なんてパッと見ただけでは分からないこともある。『バタフライ・エフェクト』という言葉もあるぐらいだしね。

 などと考えていると、突き当り付近の地面に落ちている黒い粒のようなものが目に入った。

 少し気になり、膝を突き、顔を近づけて観察してみると。


「種?」


 大きさは五ミリぐらい。りんごの種のような色と形。何かの種のように見えるけど……。


「こんなところに、種? ん~?」

「キュ~?」


 フードの中から出てきたシオンが僕と一緒に唸っていた。



 廃坑から出て、廃坑がある岩山を中心に周囲を探索していく。

 ゴツゴツとした岩が転がっている場所を抜け、まばらに生えている低木の間を通り、小さな池を見付けてはしゃぐシオンを引き止めながら、岩山をぐるりと一周してきた。

 その結果は――


「なにもないな」

「キュ」


 なにもない。

 モンスターの数が減っている原因となりそうなモノはなにも見付からなかった。


「あとは……」


 あそこだけだろうな、と。岩山の頂上を見上げた。



◆◆◆岩山の山頂で



 岩山の頂上にあったのは、三本の木だった。

 高さが三メートル程の木が三本。岩で囲まれた山頂の広場のような場所に生えていた。その木には洋梨に似た実がいくつも――


「って、これバナーニだ」


 南の村にいた頃は毎日のように朝と昼に食べていた果物。見た目は洋梨なのに味はバナナ。でも甘みが薄いせいで芋っぽく感じる謎の果物だ。

 木に近づいて実を一つもぎり、少しかじってみる。

 歯が薄い皮を突き破り、口の中に広がる独特なモサモサ感。


「……うん、バナーニだ」


 懐かしいこの味。大して美味しくはないけど、最近は食べていなかったし、懐かしくて前より美味しく感じ……ないな……。やっぱりバナーニはバナーニだ。

 と、懐かしさに浸っていると、お腹の辺りがグルルと鳴った。

 空を見上げると真上に太陽が見えた。もう既にお昼は過ぎている。


「料理、してみるか」


 お腹も減ったし、ちょっと試してみようかな。


 山頂の広場に落ちていた小枝や落ち葉を拾い集めて盛る。次に木からバナーニをもぎ取っていき、浄化の魔法で綺麗にしてからナイフで茎やヘタを落としていく。そして半分に切って種と芯を取り――ってこれ、廃坑の中に落ちてた種だ。どこかで見たような気がしてたけど、バナーニの種だったのか。


「う~ん」


 山頂にある木の果物の種が廃坑の奥に落ちている。その意味とは……。

 まぁ、今はお腹も減ったし料理に集中しよう。

 下処理を終えたバナーニを鍋に入れ、蓋をする。


「神聖なる炎よ、その静寂をここに《ホーリーファイア》」


 集めていた落ち葉に神聖魔法で火を点けて、その上に鍋を置く。

 魔除けにもなる神聖なる炎を調理に使ってもいいのだろうか、と頭に一瞬浮かぶが、他に火を点ける方法がないのだから仕方がない。

 白く燃える薪を見ながら数分。水筒の中の葡萄酒を少し流し込み、蓋をしてまた数分。

 バナーニの蒸し焼き、完成だ!

 鍋の蓋を取ると、バナナのようなフルーティな香りと葡萄酒の酸味のある香りが合わさり、甘酸っぱい香りになって鼻孔をくすぐった。

 実は果物は火を通すと甘くなる。洋梨もバナナも焼いて食べることがあるし、それならバナーニも焼いたら美味しくなるのでは?と思ってやってみたけど、どうだろうか。

 ドキドキしながら木のスプーンをバナーニに差し込み、すくい上げて口に運ぶ。

 その瞬間、口内に広がるフルーティな風味。

 生の時とは違い、完熟バナナのようにトロッと口の中でとろけ、舌の上に広がる控えめなフルーティな甘み。

 そして最後に酸味が来て、葡萄酒の風味がフッと香る。


「美味しいな」


 流石に地球のスイーツのような甘味はないけど、確実に生よりは美味しくなっている。

 こちらの世界では甘いお菓子の値段が高く、ほとんど果物ぐらいしか口に出来ていない。その中でのこれは十分に及第点。いや、それ以上だ。

 しかし不思議なもんだなぁ。焼くだけで甘くなるなんて。

 と、考えながらもう一口、手を伸ばそうとしたところで思い出す。

 これは『彼女』を呼ぶべきなのではないだろうか?と。

 甘い物が大好きな彼女を呼ばず、僕達だけで食べてしまうとか、仲間外れはダメだよね。



「わが呼び声に答え、道を示せ《サモンフェアリー》」


 魔法を発動させると、ホーリーアースで作った聖石が手の上でホロホロと崩れていき、光の渦に飲まれて立体魔法陣となっていく。そしてその立体魔法陣がパリンと割れると、彼女が空中に浮かんでいた。


「うわぁ!」


 身長二〇センチ程。背中には二対四枚の半透明の羽。クリーム色のチュニックにショートパンツの彼女――リゼは召喚されてすぐ、鍋の中のバナーニの蒸し焼きに目が釘付けになっていた。


「やあ」

「あっ、こんにちは!」

「これ作ったんだ、食べる?」

「えっ、いいの!?」

「勿論!」


 魔法袋の中からお皿を取り出し、リゼの分を取り分けていく。


「キュ!」

「あぁ、忘れて……ないよ! そうだね、シオンの分も今から用意するんだよ」


 肩の上からの一声に、慌ててお皿をもう一枚用意した。



「シオン、美味しいね!」

「キュ!」


 はぐはぐと美味しそうにバナーニの蒸し焼きを食べているフェアリーと聖獣を見ながら、こういう一日もいいな、なんて思う。多少の余裕は出来たのだし、働くだけでは人生つまらない。もっとゆっくりゆったりとした日があってもいいよね。

 バナーニを焼くだけで彼女達がこれだけ喜んでくれるなら、また作ってみよう。

 そう決め、バナーニの木から実を取って魔法袋に入れていく。

 見た目より多くのアイテムが入る魔法袋なら全部持って帰れるしね。



「あっ、そうだ!」


 美味しそうに食べていたリゼがいきなり空中に飛び上がって叫んだ。 


「ん?」

「ここはね、これでいいんだよ!」

「んん? ここ? これでいい?」


 よく分からない。しかしリゼがそう言うなら、これでいいのだろう。

 彼女の言うことには、意味があるのだから。


「おいしー!」

「キュー!」


 たぶん……。



◆◆◆【閑話】ゴブックスの野望


 ゴブックスにはちょっとした楽しみがある。

 偉そうに命令してくる長老や先輩の目から逃れ、誰にも邪魔されずに一人で楽しむ甘い至高のひととき。

 その楽しみがあるから、このつまらない日々でも生きて行けるのだ。



 今日もゴブックスは村を抜け出し、秘密基地へと向かう。

 この秘密基地はゴブックスだけの場所。村の誰にも教えていない。

 ここにいたスライム一味を排除し、この一帯を狙ってきたコボルトとの死闘を制して追い払ったのはゴブックスなのだ。誰にもこの場所を教える気はない。

 この楽しみを他の奴らに分けてやる気など最初からないのだ。



 ゴブックスは『自分は村の奴らとは違う』という自負がある。

 村のバカ共とは違う。自分こそが天下を取る男。そのための第一歩として、いずれこの秘密基地を拠点に一大勢力を作り上げ、村の奴らを支配下に置く。それがゴブックスの目標だった。


「……?」


 秘密基地に近づくにつれ、ゴブックスの中になぜか『秘密基地には近づきたくない』という気持ちが湧き起こる。

 それは第六感ともいう、野生の感覚。

 しかしゴブックスはそれに従わず、秘密基地へと進んでいく。

 この秘密基地はゴブックスの所有物で、そこから逃げるのは彼の自尊心が許さなかったのだ。

 一歩一歩、歩みを進めるゴブックス。

 彼が秘密基地の山頂で見たのは、変わり果てた三本の木だった。

 無残にも全ての実がもぎ取られ、地面には種と芯と食べかすだけが散乱している。

 ゴブックスが楽しみにしていたモノは、全てなくなっていた。


「ゴブー!!」


 ゴブックスは叫んだ。あまりの出来事に叫んだ。

 これからなにを楽しみに生きればいいのかと、泣いた。

 村に帰ったゴブックスは絶望のあまり廃ゴブリンになっていた。

 今の彼には希望も野望もない。ただ、なにも考えずに獲物を追い回し、木の皮を剥いで食べ、グギャグギャと叫びながら生きるだけ。

 人は、それをゴブリンと呼ぶ。


 こうして未来のゴブリンキングが一体、ひっそりと消えたのであった。


                     ゴブックスの野望 完

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