光の翼とエレムのダンジョン地下三五階


 カリム王国南西部にある町、エレム。この町には近隣の冒険者達を惹きつけてやまない場所がある。

 それはダンジョン。

 全四〇階層。石のブロックで造られた地下迷宮型で最深部にボスがいるシンプルな造り。この地方の呼び名『エレム』から『エレムのダンジョン』と呼ばれている。

 既に攻略済みで内部構造は明らかにされており、深い階層に進むごとに難易度が上がっていく攻略しやすいダンジョンだと知られている。浅い階層のスライムから始まって最深部のドラゴン、そして二足歩行、四足歩行、アンデッド、ゴーレムと様々な系統のモンスターが揃っていて、ルーキーからベテランまで誰でも潜れる人気のダンジョンだ。

 このエレムのダンジョンから出るアイテムは、肉、武具、スクロール系、金属、宝石、そして魔石と幅広く、様々な面からエレムの町を支えている。

 このエレムの町はダンジョンなしには成り立たないだろう。

 そんなエレムのダンジョンの下層に潜る『光の翼』というパーティがいた。


「この先にいる」


 背中の大剣に手をかけるラーダスの声にロジャー、エリス、ナターシャの三人は石畳の通路の先にある、光の届かない漆黒の闇を見た。

 ロジャーやナターシャなどの普人族には光源の魔法の光に照らされた範囲しか見えないはずだが、ラーダスは違う。普人族より優れた目と耳を持つラーダスが『いる』と言うなら、そこに奴はいるのだ。

 四人はゆっくりと進みながらそれぞれの武器を手に取っていく。

 エリスは背負った弓を取り出し矢をつがえ、ロジャーとラーダスはスラリと剣を引き抜き、ナターシャは短剣に手をかけた。

 そのまま一歩二歩と進んでいると通路の先からカシャンカシャンと軽い音がし始め、やがて闇の奥からぼんやりと人型のシルエットが浮かび上がってきた。

 カシャ、カシャと軽い音がどんどん近づいてくる。

 それは光源の魔法の光を受け、だんだんとはっきりと形を成していき――

 闇の中から真っ赤に染まった頭蓋骨がヌッと現れた。

 右手に持つ研ぎ澄まされた両刃の直剣。赤黒い金属鎧。同じく赤黒いカイトシールド。全身、どす黒い血色の赤に染まった骨の体。

 アンデッド系Bランクモンスター、ブラッドナイトだ。


「うわっ……やっぱり何度見ても慣れないんだけど!」

「集中しなさい。来るわよ」


 思わずこぼれたナターシャのつぶやきをエリスがたしなめる。

 と、同時にブラッドナイトは右手の剣を振り上げ、ナターシャの方へ飛びかかった。


「っく!」


 咄嗟にラーダスがその進行方向に大剣を差し込んでブラッドナイトを止める。そして踏み込み、大剣をフルスイングするかのように全身を捻った。


「っうりゃ!」


 ブラッドナイトはそれを左手の盾で受け止めて二メートルほど飛ばされ、真っ赤に染まった歯を「カタカタカタ」と笑うように鳴らす。


「けっ、笑ってやがる」


 ラーダスは踏み込みながら大剣を振りかぶりブラッドナイトに叩きつけた。

 ブラッドナイトはまた盾で受け止める。

 続けて一撃、二撃、三撃と斬撃を放つも、ブラッドナイトの盾に受け止められ、剣に弾かれ、どれも致命傷にはならない。そこからブラッドナイトも反撃に出てきて、二度三度切り結ぶ。


「こら! いつまで見てんだ!」

「はいはーい! じゃあいくよ!」


 ラーダスの叫びにナターシャはそう返すと、短剣を目の前にかかげるように持ち、その剣身に被せるように左手をかざした。


「《ストレンジス》」


 その力ある言葉と共に短剣の剣身が赤く光る。そして赤いオーラが剣身から溢れ出してラーダスの方へ飛び、その全身を覆った。


「《アーススキン》」


 ナターシャの短剣が今度は黄色く光り、黄色いオーラがラーダスに飛んで、その全身を覆う。


「もう一つ!《ヘイスト》」


 短剣が緑色に光り、緑色のオーラがラーダスを覆う。

 ナターシャがラーダスに使った三つの魔法。ストレンジスは対象のパワーを上げる魔法で、アーススキンは対象の守備力を上げる魔法。最後のヘイストが対象の素早さを上げる魔法だ。


「うっし! 待ってたぜ!」


 ラーダスはそう叫びながら先程とは比べ物にならない速度でブラッドナイトに突撃をかけ、大上段から大剣を振り下ろした。ブラッドナイトはそれを盾で受け止めようとするが、先程より早くて重い一撃を受け止めきれず、体勢を崩す。


「おっら!」


 大剣で薙ぎ払い、振り下ろし、一撃、二撃と攻撃を加える。ブラッドナイトもそれを盾や剣で受け止めようとするが受け止めきれず、スピードとパワーに押されて右に左に体を振り回されていく。

 ブラッドナイトのその姿を確認し、ロジャーはクルリと剣を回転させて逆手に持ち、鞘に戻した。

 それを見てエリスも弓を背中に背負い直す。


「大丈夫そうね」

「あぁ」


 エリスにそう短く答えながらロジャーは腕を組んだ。

 今回のダンジョン探索の主目的はラーダスとナターシャの強化だ。手を出さなくても大丈夫そうならラーダスとナターシャに出来る限り任せてしまった方がいい。女神の祝福は経験を多く積むことで早く得られるのだから。

 女神の祝福を得るための経験は自分より強い相手と戦うと得やすく、自分より弱い相手と戦っても得にくい。しかし自分より強すぎる相手と戦っても大きな経験は得られない。そのことはある程度、戦いの経験を積んだ者なら理解していることだ。


「ふむ」


 難しいものだな、とロジャーは考える。

 強いモンスターをパーティで倒すだけでいいのなら、ロジャーとエリスが牽引しながらもっと深い階層で狩りをすればいい。しかしそれではあまり意味がないのだ。

 貴族の子弟の中にはお抱えの騎士や高ランク冒険者を従えて狩りをして女神の祝福を得ようとする者もいる。それはそれである程度の結果はあるのだが、それでいけるのは『ある程度』まで。一定以上は効果が薄くなってしまう。結局、こうやって本人達が戦うのを見守り、危なくなったら助けるのが一番なのだ。


「おらっ!」


 ラーダスの一撃がブラッドナイトの剣を弾き飛ばした。

 その隙を逃さず、ラーダスは剣を振り抜いた勢いをそのままに一回転しながらもう一撃を繰り出した。


「っら!」

「もーらい《ライトニング》」


 ナターシャは右手に持った短剣をブラッドナイトの方へ突き出して魔法を発動。

 短剣がバチッと電気を帯びたかと思うと、次の瞬間、一筋の光がズドンッとブラッドナイトを貫いた。

 雷撃はブラッドナイトの胸部にある魔石を貫通し、ダンジョンの壁に当たってバチリと弾ける。


「やりっ!」

「おいっ! こらっ!」


 楽しそうに笑うナターシャと、ちょっと怒っているラーダスを見ながらエリスとロジャーは軽くため息を吐く。


「ナターシャ、魔石は出来る限り狙うなといつも言っているだろう。魔石を壊せば魔石は得られん。ラーダス、最後の一撃は大振りすぎる。アンデッドは恐怖も痛みを感じない。なにをしてくるか分からんのだ。人と同じとは考えるな」

「はーい」

「へーい」


 いつものロジャーの説教を軽く聞き流しながらエリスは床に消えていくブラッドナイトを眺め、そしてその後に残ったアイテムを拾い上げた。

 ブラッドナイトがいつも落とす鉄の剣と、そしてたまに落とす鉄のインゴット。

 魔石はナターシャが砕いてしまったのでないが、インゴットがあるのは運が良い。そう感じながらそれらを拾い、魔法袋に入れていく。

 魔法袋は便利だ。もはや生活必需品と言ってもいい。魔法袋がなければこんな鉄の塊を二つも地上に持って帰ろうとは思わなかっただろう。


◆◆◆


 それから数時間後。

 何体目か分からないブラッドナイトを倒し終わり、床に残った鉄の剣を拾い上げて魔法袋に入れながら、ロジャーは「そろそろ戻るか」と言った。

 そろそろ夕方頃のはずで、良い時間だ。

 三人もそれに賛成し、揃って地下三六階の階段を目指して進んでいく。

 そして地下三六階から転移碑で地下一階へ戻り、ダンジョンの外に出た。

 太陽は低い位置にあるが空は青い。まだそんなに遅い時間でもないようだ。


「ちょっと気になってたんだがよ」


 ラーダスは前を歩くロジャーを見ながらそう言った。

 ロジャーは冒険者で賑わうダンジョン前の屋台には足を止めず、ズンズン進んでいく。


「普段は捨て置く鉄の剣を拾ってたよな?」


 地下三五階のブラッドナイトが落とす鉄の剣は、地下一六階から地下二〇階までにいるスケルトンが落とす錆びた剣とは違ってそこそこ良い剣で鉄も悪くないため、剣としても鉄としてもそれなりに需要はある。しかし魔法袋を使って持ち帰り、人前で目立つように魔法袋を晒すリスクをかけるほどではない。

 それにBランクモンスターが出る階層なら鉄の剣よりもっと高値で売れるアイテムは出るのだ。わざわざ拾うようなアイテムでもない。


「まぁ拾ってくるのはいい。でもよ、何故売らねぇんだ?」


 ダンジョンから出たアイテムはダンジョン前にある屋台、つまり町にある店の出張買取所で売るのが基本だ。それが一番、早くて面倒がない。

 しかしロジャーはその屋台では止まらずここまで歩いてきた。それはつまり……。

 先頭を歩いていたロジャーが立ち止まり、三人の方に振り返る。


「武器屋の親父が良いブツを手に入れたらしい」

「ほう」

「ふむふむ?」


 ロジャーの話にラーダスとナターシャが相槌を打つ。


「譲ってくれと頼んだら、『弟子の練習用に鉄の剣が一〇〇本ぐらい欲しい』とな」

「なるほど」

「へー」


 ラーダスは相槌を打った後、一拍置いて本題に入る。


「で、だ。その『ブツ』はなんだ?」


 ロジャーはラーダスの目を見つめ、真剣な顔で答えた。


「葡萄酒だ」

「やっぱそんなことかよ!」

「わたし達を鍛えるために三五階に通ってたんじゃないの!?」


 エリスはそのやり取りを見ながら肩をすくめた。

 なんとなく長年の付き合いでそんなことだろうなと思っていたのだ。


「そんなこととはなんだ。秘宝と呼ばれたロハネの一〇年モノだぞ」

「知るかよ! どうりで毎回三五階に行きたがると思ったぜ!」

「だったらわたしも行きたい階、あるのに!」


 エリスは小さくため息を吐き、茜色に染まり始めた空を眺めた。

 この日の空は、ちょっと奇麗だった。

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極振り拒否して手探りスタート! 特化しないヒーラー、仲間と別れて旅に出る 刻一(こくいち)/DRAGON NOVELS @dragon-novels

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