第181話 屋敷の主

「ふわぁ……」


 ゴトゴトカリカリとなにかが慌ただしく部屋の中を駆け回る音で目が覚めた。

 ……まだ眠いんだけど。


「もうちょっと寝かせてくれないですかね……」

「キュ」


 走り回っていたシオンがこちらを振り返り、『却下』という感じに鳴いた。

 最近、例の『アレ』で起こされて夜はあまり寝れていないんだけどなぁ。

 ベッドから起き上がり、木窓を開いて外を確認する。

 太陽の位置からして昼に近い時間……やっぱり睡眠時間がおかしくなってきてる……か。

 これはなんとか時間調整しないとダメかもしれない、と考えながら部屋を出て食堂へ向かうと既に人がまばになっていて、食事時はもう終わった感が漂っていた。あまり期待せずにカウンターの奥で仕込みをしていたおばちゃんに「なにかないですか?」と声をかける。


「もう遅いさね。昼まで待ちな!」


 ここの食堂は多めに作って残りを裏の孤児院に寄付している。なので食事は一定の時間を過ぎたらすぐに食堂から運び出されてしまう。今頃は既に孤児たちの腹の中なんだろう。……それでもほら、なにか残ってるかもしれないじゃない! 残ってないけど。


「だってさ。ご飯はナシ!」

「キュ!? キュ!」

「痛っ!」


 シオンがフードの中から出てきて僕の首筋に爪を立てた。

 野生が復活した! ……というかこの子、かなり正確にこっちの言葉を理解してるよね? うちの子は天才か?


「冗談だよ、冗談! 外に食べに行こう」


 シオンの頭をワシャワシャと撫でながらクランハウスの外へと歩いていく。

 まぁ元から今日は町に出る予定だったしね。

 クランハウスから西側へ向かう。目的は地下道を抜けた先にあった屋敷探しだ。

 あの屋敷にはなにかがある。……いや、なにかあってもらわないと困る。もう一連の問題に関する手掛かりはあの屋敷しかないのだから、ここで手掛かりが途切れてしまうと次になにをすればいいのか分からなくなる。

 昨日まではこの指輪をミミさんに預けてしまおうと思っていたけど、今はこの指輪に――あの幽霊にとことん付き合ってやろうという気になっていた。

 あの幽霊が――彼女がなにを思って僕の前に現れたのか、その理由を確かめてみたい。


「まぁ……僕に可能なら、だけど」


 あんな大きな屋敷である以上、町の有力者が関係していることは間違いない。そうなってくると、流石にちょっと難しくなる可能性がある。もし権力者と対立するような状況になるならこの一件から手を引くしかないしね。

 大通りを西へ西へと進んでいくと次第に大きな建物とか造りの良い建物が多くなってきて、いかにも高級エリアという感じがしてきた。恐らく兵士と思われる同じ鎧を着た男たちのグループが道を巡回していたりして、そういう意味でも他のエリアとは雰囲気が違う気がする。

 露店を冷やかしつつ道沿いの店を軽く確認し、そろそろシオンのお腹が我慢の限界に近づいた頃、それらしき建物を見付けた。

 遠くまで続く、高さが二メートルぐらいある壁。その奥に見える三階建てか四階建ての屋敷。外からパッと見た感じクランハウスより大きい気がする。クランハウスも敷地内には演習場とかあるぐらいだしそこそこ大きいけど、それよりもだ。

 深夜にマギロケーションで感じた特徴的な三角屋根のあたりが目の前の屋敷と一致している気がする。方角的にも屋敷のサイズ感的にも間違いないはず。


「さて……」


 周囲を見渡して良さそうな店を探す。

 雑貨屋っぽい店。鎧のマークの店。よく分からない店。そして香ばしい匂いを撒き散らしている屋台。


「キュ!」

「まぁ、シオンも限界みたいだし、ここしかないか」


 時間的にはもうお昼に近いしね。


「へい、らっしゃい!」

「とりあえず、串焼き二本で!」

「はいよっ! 銀貨一枚ね!」


 ……ちょっと高くない? 一本で銅貨五枚……串焼きとしては今までにない高さだ。やっぱりエリアによって値段も違うのだろうか?

 謎の肉の塊がぶっ刺さった串を屋台の親父から受け取ってシオンと食べていく。

 肉は硬めだが旨味は強い。初めて食べた味かもしれない。


「ところで、あそこの大きなお屋敷ってどなたのお屋敷か分かります?」

「あれかい? そりゃ領主様だよ」

「領主……」


 想定していた中で一番最悪の存在が来てしまった。

 この町の領主は確かシューメル公爵だったはず。シューメル家は前に見た歴史書の情報ではこのカナディーラ共和国を支配している三公爵家の中の一つで、つまりこの国の最高権力の中の一つだ。

 これは……物凄くヤバそうな状況になってきたぞ。今後は物凄く慎重に行動しなきゃいけないかもしれない。……いや、そもそもこの件に首を突っ込み続けることが本当に正しいのだろうか? 領主の屋敷に忍び込んだなんてバレたら下手すると一発アウトで処刑も有り得るぞ。

 嫌な汗が背中に流れ落ちていく。旨かったはずの串焼きの味もぼやけてきた。



◆◆◆



 気が付いたらクランハウスの自室に戻っていた。窓から覗く景色は茜色に染まりかけている。どうやらあれから色々と考えながら戻ってきて、そのままベッドの上で考え込んでいたらしい。体感的にはさっき串焼きを食べたばかりなのにもうお腹が空いている。不思議な感じだ。


「食堂に行こうか」

「キュ」


 部屋から出て食堂へ向かい、食堂でいつものようにサイラスさんとシームさんを見付けて席に着いた。


「よっ! ……なんだ? シケたツラしてんな」

「顔色悪いぞ! レイスにでも取り憑かれた?」

「はっはは……まぁ、色々とありまして」


 どうやら顔に出ていたようで、二人に指摘されてしまった。

 というか偶然だろうけど、それ大体当たってるぞ!

 それから黄金竜の話など世間話をしながら晩飯を食べ、タイミングを見て二人に話を振ってみた。


「ところで、このクランってシューメル公爵家とどんな繋がりがあるんです?」

「どうって……お前、いきなり難しい話をし始めるなぁ」

「いや、ちょっと気になったというか……」


 ちょっと唐突すぎた? でも、これはすぐにでも誰かに聞いておきたい話だし……。

 クランハウスの中に領主邸への隠し通路があるなんて普通じゃない。なにかがあるはず。


「まぁ俺も詳しくは知らないが、先代が前の公爵と仲が良かったらしくてな。このクランハウスにしてもクランを立ち上げた時に譲ってもらったらしいぜ」

「なるほど……」


 先代とはボロックさんのこと。つまりボロックさんは公爵と仲が良かったということになる。

 あの人、只者ではないと思ってたけど公爵と仲が良くて大手クランを立ち上げたとか超大物じゃないですか!

 ……しかし、元は領主家の別邸だったのか。なら領主邸への隠し通路があってもおかしくはない。

 おかしくはないが、それであの幽霊にどう繋がるのだろうか? まだそれは見えてこない。


「公爵家……か。一体どんな……」

「ん? シューメル公爵家に興味があるのか? ルークも一人、会ってるはずだがな」

「へっ?」


 公爵家の人と僕が会ったことがある? いたっけ? そんな人。

 礼儀作法が出来ていて気品がある人物……そうか!


「ミミさんか!」

「いや、なんでだよ。あの人は……まぁあの人も凄い人なんだが、普通にここのメイドだぞ」


 そう言われるとそうか……。しかしそんな貴族っぽい人なんてここにいないぞ。

 食堂を見渡してみても忙しそうに働くおばちゃんたちと酒飲んでガハハと笑ってる冒険者しかいない。

 もしかして、裏をかいてあの食堂のおばちゃんが……。


「ダリタだよ、ダリタ。会ったことあるだろ?」

「ダリタ……?」


 あぁ、あの。僕がこの町に来た日、絡んできた男を路上でフルボッコにしてた女性か。そういやクランハウスの中で会って挨拶したよね。

 ……いや、まったく貴族のイメージとはかけ離れてるんですが!

 よく思い出してみると彼女の横に控えていたトリスンさんにはどこか気品があって他の冒険者とは違う雰囲気だったような気がするけど。


「シューメル家は昔から武人を輩出してきた一族だからな、他の貴族とは少し違うんだよ。亡くなった前公爵も、今の公爵も次の跡取りも全員凄いという噂だ」

「なるほど」


 そんなこんなで二人から情報収集していった。

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