第184話 真相2
「で、だ……」
問題はこれからどうするか、だ。
あの幽霊――メリナがこれを僕に発見させたということは、恐らくこれをルシールに伝えてほしいということなんだろうなぁ……。やっぱり伝えないとダメか……。
ルシールは貴族の隠し子ではあったけど幸いなことに前公爵の隠し子らしいし、その前公爵の日記の記述から考えてこの国では女性に家督の継承権はない。つまりルシールが表に出ても、少なくとも継承権争いにはならない可能性が高い。
まぁそれ以外の面倒事になる可能性はあるんだけど。
だけどこれをどう伝えるんだ?『君のお母さんの幽霊が出たので公爵邸に侵入して前公爵の日記を盗み出しました。あなたは前公爵の娘です!』とでも話すの? う~ん……。
じゃあ日記をこの資料室のどこかに置いておき、ルシールが自分で見付けるのを待つとか? いやそれでもし他の誰かに見付かったらヤバそうだし、もしルシールが日記の真偽や出処について調べ始めたら話が余計にややこしくなるかもしれない。ここ最近、シューメル公爵家について様々な人から話を聞いたりして調べている僕に変に目が向く可能性もあるし。
「やっぱりルシールにはちゃんと説明しておくべきか……」
「私がどうかしたの?」
後ろから声をかけられて思わず「うぉっ!」と叫んでしまう。
振り向くと不思議そうな顔をしたルシールがそこにいた。
ここは資料室なんだしルシールがいてもおかしくないか……。集中しすぎて近づいてきていたルシールに気付かなかった。
「あぁ! いや……。ルシールにこれを見てもらいたいんだけど」
どうやってルシールに伝えるべきか考えたけど上手い答えは出ず。そのタイミングでルシールに声を掛けられるのも運命のような気もして……ルシールには出来るだけ正直に話すことにした。
あの幽霊にここまで関わって、そして託されてしまった以上、最後までちゃんとやらないとダメな気がしたのもある。
……ここで適当にやったらまた明日も幽霊が出てきて眠れなそうだしね……。
前公爵の日記を背負袋から取り出し、前公爵がメリナと出会った日のページを開けて彼女に差し出す。
「これって……」
ルシールは本を受け取り一瞥し、そしてこちらを見た。
なにか聞きたそうな彼女に「最後まで読んでみて」と返し、目で促すと少し不満そうにしながらも僕の前の席に座って前公爵の日記に目を落とし、一言一句を頭の中に刻むようにゆっくりと丁寧に読み込んでいった。
太陽が上って部屋が少しずつ明るくなり、それにつれて室温も少しずつ上っていく。
他の冒険者達が起き出してきたのか、外の通路を歩く音や人の話し声が遠くで聞こえる。
机に両肘をついて指を組む。これにサングラスをかければ、『少年少女をロボットに乗せて謎の生命体と戦わせるどこぞの司令』みたいなポーズで彼女が読み終わるのを待った。
それから数分か数十分か経った後。
「……そう、なんだ」
ルシールは空白のページをパラパラとめくり、最後に書かれている『エルク・シューメル』のサインを見つめながら、そう口にした。
ルシールの潤んだ目はいつまでもそのサインを捉え続けていた。
その姿をじっくり見つめるのもあまり褒められたことではないなと思い視線を逸らすと、なんとなくルシールの後ろで『彼女』が微笑みながら朝日の光の中に消えていった気がした。
気の所為かもしれないけど、なんだか肩の荷が下りた気がして、軽く息を吐く。
これで彼女――メリナは納得してくれただろうか? 全て上手くいったのだろうか? まだこれからどうなるのか分からないけど、これでよかったのだと思いたい。
「これで……ルシールのお母さんが安心してあの世に行けたら……」
自然とそうつぶやいていた。
この数日、散々安眠妨害されてちょっと迷惑な部分はあったけど、これは本心からの言葉。
やっぱり父親について教えてあげられないまま死んでしまったのは心残りだったと思うしね。仕方がないと思う。
それになんだかんだで僕も隠し通路とか見付けて楽しかった気がするし――
「……? 勝手にお母さんを殺さないで」
「あっ、ごめん……ぅんんん?」
……どういうことだ? 勝手に殺さないで、って……ことは……生きてる? えっ? あれっ?
「ルシールのお母さんって、メリナ……さんだよね?」
「そう、メリナ。少し前に腰を悪くして田舎に帰ったけど、ちゃんと生きてる」
「え? じ、じゃあこの日記に書かれているメリナって?」
「これは……お母さんのことで間違いない、と思う。私の誕生日とか、お母さんについてのこととか……。それよりこの日記はどうしたの? 前公爵様の日記なんて――」
「ち、ちょっと待って! それじゃあ、これは? ルシールが落とした物だよね?」
なんだか話がよく分からない方向に進んでいる気がする。
慌ててポケットから例の金色の指輪を取り出して見せると、ルシールはそれを手に持ちひとしきり観察した後、僕を見てこう言った。
「私、指輪はしないから」
「いや、メリナさんの形見……あれっ?」
「だからお母さんは生きてる」
ルシールはちょっと怒ったような顔をする。
……これは。僕は、いったいどこから、なにを勘違いしていたんだ?
中庭で指輪を拾い。その夜に女性の幽霊が出て。幽霊の後を付いていくと公爵邸があり。隠し通路でルシールの名前が縫い付けられたハンカチを拾い。公爵邸の東屋で前公爵の日記を見付けた。……その前にはルシールから母親が死んだ話を――って、よく思い返してみると『死んだ』とはっきり聞いてない気がする。確か『お母さんが元気だった頃』とかそんな表現だったかも……。
僕はこれらの点と点を繋いで一本の線にしていた。しかし、もしそれが別々の線なのだとしたら。
「ごめん。実はこの指輪を拾ってから部屋に女性の幽霊が出るようになって。彼女に付いていったらこの日記とハンカチを見付けたから……。てっきりその幽霊はルシールのお母さんだと……」
なんだか全てがよく分からなくなり、経緯を正直に説明しながら例のハンカチを机に置くと、ルシールはそれを手に取り調べていった。
そして指輪とハンカチを交互に見比べてから口を開く。
「その幽霊って、女性だとはっきり分かったの?」
「うん。服装もはっきり見えていたし、表情も……」
半透明ではあったけどメイド服っぽい服ははっきりと見えたし、表情も見えていた。
ルシールは首をひねり少し考えてから僕を見る。
「ありえない、と思う」
「えっ?」
「人の形をはっきりと保てている幽霊って高ランクモンスターなのよ?」
「それがどう……って、んん?」
「最低でもBかAのランクじゃないと完全な人の形は保てない。そんなモンスターがいたら、ここの誰かは気付くと思う」
ここはクランハウス。高ランク冒険者が集う場所。そんな場所にモンスターが湧いたら誰かが気付く……か。そう言われてみると当たり前な気がする……けど、なんとなく違和感がある。
その違和感について少し考えてみて、なんとなくの答えを出した。
僕は幽霊を超常現象的な存在だと無意識に考えていたけど、この世界では単純にモンスターの中の一種でしかなく、このあたりにギャップがある気がする。
しかしそうすると、どういうことになるんだ? あの幽霊はなんなんだ? そもそも本当にあれは幽霊だったのか?
頭の中がグチャグチャになり、グルグルと回っていく。
僕が混乱している中、ルシールがどこかに歩いていったかと思うと一冊の本を持って戻ってきた。そしてその本を開いてパラパラとページをめくり、こう言った。
「魔法能力が高い人は他の人には見えないモノを見ることがある。ここにも書いてあるけど、錬金術師とかの中には魔力が見える人もいるとか。もしかすると、あなたが見たモノもそういう存在なのかも」
「なるほど……」
確かに、以前ウルケ婆さんの店で気付いたけど僕は魔力が見えているらしい。つまりそれ系の能力で見てしまったのが彼女であり。あれは幽霊的な存在ではなく、まったく別の存在であると……。あの例の白い空間でもそれっぽいアビリティをいくつか取った記憶があるし、そういうことならしっくり来る……気がするかも。
でも、それなら何故あのタイミングであの女性が現れるようになったんだ? 僕の能力で彼女が見えたのなら、もっと前から見えてもおかしくないはずだ。
ふと、机の上に置かれた指輪に目が移る。
ここで指輪、か……。
もし、この指輪が呪われているのではなく、なんらかの特殊な効果があったとすればどうだろうか? 例えば魔法能力を上げる効果とか、普通見れないモノを見れるようにする効果とか……。そういう普通ではない特殊な効果があるアイテムは存在しているし、可能性としてはあるはず。
「まぁ、ルークが嘘を付いている可能性もあるけど――」
「いや、それは!」
違う! と反論したかったけど、客観的に考えると僕が嘘を付いていると考えるのが一番自然な気がしないでもなく、言葉が喉元で止まる。
「――それはなさそうね。そんな嘘を付く意味がなさそうだし。それに、恐らくこの日記は本物。表の革表紙も中の紙質も一級品。書かれている内容からしても本物と考えるのが妥当」
ルシールは前公爵の日記を観察しながらそう自己完結し、こちらを向いて言葉を続けた。
「でも、これは表には出せない。お母さんがお父さんについてなにも教えてくれなかった理由もよく分かった」
「……うん」
この日記を表に出さないのは正解だと思う。出してもたぶん良いことにはならない。公爵家側としても今更名乗り出られても困るだろうし。
もしルシールが日記を公表したいと願ったなら、まず説得するつもりだったけど、それがダメなら僕はすぐにクランを辞めて国を出たかもしれない。日記の入手場所的に面倒なことになる可能性があるしね。
それにしても今回、僕がしたことはなんだったのだろう? 幽霊に願いを託され、その娘に真実を伝えたはずだったのに……。これは完全に働き損じゃなかろうか?
やれやれ……と、ため息が出そうになるが――
「ルーク、ありがとう。お父さんが誰か分かって、嬉しかった」
まぁ、たまにはこういうのも悪くないかな。と、ルシールの笑顔を見てそう思った。
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