第228話 新たなる武術
「ん?」
背を預けていた壁の後ろ、森の中から複数の物体がこちらに移動してくる反応があった。
その数は一、二、三……。そのまま増え続けて一〇を超え、二〇、三〇となっていく。
「なんだ……」
ミスリル合金カジェルを手に持ち立ち上がる。
周囲を確認するも、まだ誰も気付いている様子はない。
さてどうする? ここで他の冒険者にこの状況を伝えるにしても相手を納得させる根拠を示せない。
そうこうしている内に野営地の入口付近にいた冒険者が叫んだ。
「来たぞぉぉ!」
その声で周囲の冒険者達が立ち上がって武器を準備し始めた。
「ちっ! 来やがったか」
「よしっ! 稼ぎ時だぞ」
「はぁぁ……寝てたのによぅ! めんどくせぇ」
冒険者達の反応は様々。しかし焦っているような感じはない。
近くにいた冒険者に聞いてみる。
「こういうことってよくあるんですか?」
「あぁ? はぁ……たまにな。奴等、夜は好戦的だからよぉ」
その冒険者はそれだけ言って野営地の入口に歩いていった。
アンデッドは夜になると活性化するとか……? そんな情報どこかにあった? ……覚えてないけどイメージには合う。
野営地を確認すると半分ぐらいの冒険者は戦闘準備を進めているけど、残りは寝てたり鍋からスープをよそっている冒険者もいる。比較的自由な感じだ。そこまでの問題ではないのかもしれない。
少し考え、とりあえず夜のアンデッドがどんなモノなのか見てみるために野営地の入口に向かい、そこから外で戦っている冒険者とアンデッド軍団を覗き見た。
冒険者達が出した光源の光で浮かび上がったアンデッド達は不気味で、昼間とは違って見える。いや、違って見えるだけでなく実際に少し違うっぽい。いつもは遅いゾンビが少し機敏に動き、スケルトン達も力強い。
「オラァ!」
一人の冒険者が棍棒でゾンビに殴りかかりその頭を潰す。続いて他の冒険者がスレッジハンマーでスケルトンの頭をその腕ごとふっ飛ばした。
複数パーティの多数の冒険者が連携もなく自由に戦い混戦になっていく。
そうして暫くの戦闘の後、アンデッド軍団が全て片付けられた。
それにしても、少しのリスクがあってもこの野営地に来て正解だった。一人で野営して夜にこんな大群と遭遇したら流石に危なかったかもしれない。やっぱりこの場所に野営地が出来たことには意味があったし、夜になるとここに多くの冒険者が集まってくることにも意味はあった。
三階でこれだと四階はもっと大変だろう。このダンジョンでソロの野営はかなり難しい気がする。
「おい! それは俺が倒したスケルトンだぞ!」
「はぁ? どこに目ぇ付けてんだ?」
アンデッド達を倒した瞬間、冒険者同士で争いが始まる。
そりゃこれだけの混戦状態になったらどれが誰の獲物だったのか分かるはずがない。スタンピードの時は誰が倒したモンスターも一旦は冒険者ギルド預かりになり、後で冒険者ギルドの裁量で分けられた。それが公平だったかは分からないけど、冒険者ギルドという組織の力で誰にも文句は言わせなかった。しかしこの場は違う。取り仕切る組織など存在しない。
「てめぇふざけんなよ!」
「あぁ? やろうってのか!?」
争っていた片方が腰から大きめのナイフを抜く。そしてそれを見た相手が慌てて棍棒をかまえた。
こいつら本気でやり合うつもりか? 本気か?
周囲に緊張が走った瞬間、大きな男が間に割って入った。
「おい、いい加減にしとけ。まさかスケルトンの一匹に命張る気か? ここで何人見てるのかよ~く考えろや」
大きな男がそう言うと、争っていた二人がゆっくりと武器を下ろしていく。
彼は言葉を続けた。
「俺はこのスケルトンはこいつが倒すのを見た。このスケルトンはこいつの物だ。それでいいな?」
大きな男はそう言いながら棍棒を持った男の方を指差し、ナイフを持った男の方を見た。
「んなっ! それは違――」
ナイフを持った男が反論しようとするが、その仲間らしき数名が「おい、よせ!」と割って入って言い聞かせると、ナイフを持った男も諦めたのか「……あぁ」とナイフを収めた。
それを見て僕も周囲もホッと息を吐く。
ダンジョンの中は無法地帯……とまではいかないけど、法の支配が届きにくい場所ではある。だからこの野営地にはモンスターとは別の危険があるのだけど、だからこそ一定の秩序が生まれる……のかもしれない。
そしてその中でヒエラルキーのようなモノが生まれ、そのトップがああいった力のある顔役のような存在となる。
そう考えながらナイフを持っていた男を見る。男は悔しそうな顔をしていた。
まぁその顔役が公平かどうかは分からない、か……。
とにかく、今回は戦闘に参加せずに様子を見ていて正解だった。
◆◆◆
翌朝、陽の光が出てきたところで野営地を出る。目指すは、外の世界。
今回の四階遠征は予行演習的なモノにすると予め決めていたのでこれは予定通り。
それに今回の遠征で色々と分かってきて、準備しないといけないモノも出てきたしね。
それから数時間かけてダンジョンを戻り、裂け目から外に出ると昼過ぎになっていた。
やっぱり裂け目のダンジョンは移動にとにかく時間がかかる。転移碑がある迷宮型ダンジョンのありがたみが身に染みる……。
そして冒険者ギルドに入り魔石をカウンターに提出。
受付嬢が穴の空いた板で魔石の大きさをチェックしていく。
「あら? これはCランク魔石ですね。他のパーティの方々のお姿が見えませんが、ルークさんはソロなのでしょうか?」
「ええ、そうですね」
「それは将来有望ですね!」
なんて雑談をしつつ金貨二枚銀貨一枚を受け取った。
やっぱりCランクのエリアに入ると儲かるね。そして、ソロで活動するなら目立つようにもなる。
でも、今はもう少し名を売っていくと決めた。様々な場所に行き、自由に行動し、不自由のない生活をし、色々な活動をしていくには最低限の『格』が必要だ。それがようやく分かってきた。変に目立ちすぎるのも良くないけど、道端の石ころのままではなにも出来ない。この辺りのバランスは難しいけど、上手く丁度良いポジションを探りながら進んでいくしかない。
冒険者ギルドを出ていつもの宿屋に部屋を取り、疲れたので早めに寝ることにした。
そして翌朝。
早い時間に寝すぎて早い時間に起きてしまった。
いつもならダンジョンに行くだけなので早くてもいいけど、今日は買い物に行く予定なので店が開いてない時間に起きても仕方がない。ということで宿の裏に出て軽く訓練をすることにした。
グールを仮想敵としてミスリル合金カジェルを構える。
やっぱりグールを相手にするなら接近戦をしながらスムーズに魔法を使えるようにならないとダメだ。前回グールと接近戦をやった時は、接近戦をしながらでは上手く魔法が使えず蹴りでグールの体制を崩してスキを作り魔法を使った。でもそれでは一手遅い気がする。接近戦をしながら魔法で別の敵を倒すぐらいのつもりでやらないとソロでは今後厳しくなってくる気がする。
そう考えながら棒術の動きを練習していく。ミスリル合金カジェルを振り下ろし、先端で突きながら魔法を発動する。
「光よ、我が道を照らせ《光源》」
攻撃魔法は危険なので光源の魔法での代用。
そして光源を消してもう一度。
ミスリル合金カジェルを突いて、振って、叩きつけながら先端から魔法を放つ。
「光よ、我が道を照らせ《光源》」
様々な動きを試しながら武術と魔法が一体となる新たなる武術を考えていく。
流石に一朝一夕では出来上がらないだろうけど、既にコンセプトは明確なので後は練度を上げて違和感なく魔法を使えるようにしていくだけだ。
こうして小一時間、新しい武術を練習していった。
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