第206話 光の神と闇の神
https://twitter.com/kokuitikokuichi/status/1313915361683599360
204話205話あたりの挿絵です。
―――――――――
「実際に見てみれば分かるわい」
そう言ってボロックさんは一人で先に進み始めた。
ん~……皆の反応からして、ここに町があるとは知らなかったっぽい。いや、そもそも黄金竜の巣がこんな場所なんて普通は分からないだろう。僕は最初、洞窟とか大きなツバメの巣みたいなモノだと思ってたし。
ボロックさんに続いて皆も町へと歩く。
周囲を見渡すと、川に繋がる大きな湖には大きな石材の水門が見えた。それが今は開いている。
あの水門が閉まったことで滝が止まったのだろうか?
そのまま暫く歩き続け、ようやく町の前に辿り着いた。
「これは……無人? 廃墟?」
町を囲む壁は大きさ形が揃えられた灰色の石で出来ているけど、所々崩れている場所もある。昔は整えられていたのであろう石畳の道も、今は石の間から草が生えていて、長い間ここを通った人や馬車がないことが伺える。町の入口の門も朽ち果てたのか、なくなっていて、ここに誰かが住んでいるとは思えない状態だ。
入口の近くの壁の石についたホコリを払ってみる。
灰色で、人が運ぶには大きく、大きさが均一に見える。普通、石壁を作る場合、運びやすい大きさの石を組み合わせて造る。実際、今まで見てきた町でもそうだったし、この世界でもそれが普通だと思う。しかしここでは大きな石で壁を造っている。
こういう構造は以前、一度だけ見たことがある。それはランクフルトから森の村の間にあった廃墟。あそこと構造が似ている気がするのだ。
全員で門を抜け、町の中に入る。
町の中の建物は屋根が抜けていたり、崩れていたり、表面に苔が生えていたり、少なくとも一〇年単位で放置されていたことは確実だと思う。いや、下手すると一〇〇年単位かもしれない。この国の歴史にアクセスしやすいダリタさんとかルシールがここの存在を知らないのなら、そういう可能性の方が高いだろう。
この場所は、カナディーラ共和国の建国以前、もしくはカナディーラ王国の成立以前からこの場所で放置されているのかもしれない。
ふと隣を見ると、ルシールが一軒の家の前でなにかを調べながら紙に走り書きしていた。
この場所が彼女の好奇心に火をつけたのだろうか。
「ここは、古代遺跡……なのか?」
「恐らくだがの」
ボロックさんは振り向かず、ゴルドさんの問いに答える。
「では何故、これが報告されていないのだ? こんなモノがあると分かっていれば、この機会に大規模な正規の調査隊を編成出来ていた! ここを調べれば、なにが出るか……」
モス伯爵が少し悔しがるように言った。
「報告はしたわい。前公爵にはな。しかしエルクのヤツはそれを文書にも残さず、跡継ぎにもギリギリまで話さないことにしたんじゃろ。その結果が今のこの状況じゃよ」
跡継ぎにもギリギリまで話さずにいて、まだ大丈夫だろうと思っていたら突然死で情報の伝達が出来なかったパターン。昔の伝統工芸とか武術などではよく聞く話だ。情報の漏洩を防ぐために一子相伝にした結果、不慮の事故などで受け継げず、重要な技術が永久に失われるとかね。
ボロックさんは『ついてこい』というように顎をしゃくり、町の奥、山の方へ進んでいく。
ボロックさんの後を追い、かつてメインストリートだったであろう苔むした道を進み、階段を上って町の奥へ進むと、切り立った崖のような山肌に大きな洞窟が見えてきた。その左右には大きな石の柱が洞窟の奥にまで建ち並ぶ、まるで洞窟に造られた神殿のような場所に見えた。
「神聖教会の神殿か? こんな場所にあるとはな」
「神聖教会は数千年前から存在すると本には書いてあった。古代遺跡に神聖教会の神殿があってもおかしくはないはず」
サイラスさんのつぶやきにルシールが返す。
ボロックさんは背中のリュックサックを下ろし、中から布袋を取り出していた。
「この先には正真正銘、黄金竜の巣がある。戻ってきた黄金竜を刺激しないためにもファズ草を全身にすり込んでおくんじゃ」
そう言ってボロックさんは布袋の中から粉を一掴み取り出し、布袋をこちらに投げてきた。
「ファズ草ってなんですか?」
「早い話が臭い消しじゃよ。モンスターの中には鼻が利くのもおるから重宝するんじゃよ」
「わたし、臭くないんだけど!」
「鼻が利くモンスターは人が感じられん臭いも嗅ぎ分けるんじゃ。ええから頭からザバッといかんか!」
シームさんが怒られながら頭から粉をぶちまけられた。
ん~、やっぱりそういうモノもあるんだね。こういうアイテムも、モンスターを避けながら外を歩くなら必須なのかもしれない。……いや、でも僕は浄化の魔法があるから必要ないかも。まぁ今はそれを使うわけにもいかないし、大人しくこの粉をかぶろう。
全員がファズ草の粉をすり込んだ後、神殿の奥に入っていく。
たまに横に小さな脇道があるけど、それは無視して二〇〇メートルぐらい歩くと、前方に光が見えてきた。その方向へと進んでいくと、天井から光が降り注ぐ大きな広場に出た。
洞窟の天井が綺麗サッパリ消え去ったその場所は石畳が敷き詰められていて、そしてその石畳は黄金色に輝いていた。
そこにあるのは黄金色に輝く鱗、毛、そして爪らしき物。無数に散らばったそれらが太陽の光で黄金色を放っている。
「うわぁ……マジかよ!」
「これ全部、黄金竜の素材!?」
サイラスさんとシームさんが思わず飛び出すと、ボロックさんが「待たんか!」と叫ぶ。
「下手に触っちゃならん。黄金竜に気付かれぬよう、持ち帰るとしても一部だけじゃ」
「事前に話してあるように、ここで得た黄金竜の素材は公爵様に引き渡されます。勝手に持ち帰ることは許されませんよ」
ミミさんが釘を刺しながら広場へ進んでいく。
一歩二歩三歩と進み、左側に顔を向けた。
「……えっ」
ミミさんが立ち止まり、驚いたような顔をした。
その目はある方向に釘付けになっている。
それが気になって、僕も前に進み出てその方向を見た。
「ん?」
洞窟から進んで左手の壁際にあるモノ。祭壇。
そして祭壇の右側に三体、左側に三体。合計六体の石像が存在していた。
チラリと左手の三体の石像を見ると、奥側のローブを着た優しげな女性の石像に目が留まる。
「う~ん……」
どこかで見たことがあるような……。どこだっけ? ちょっと思い出せない。
「……そう、いうことです……か」
隣で同じように石像を見ていたミミさんが少し震えた声でそう言った。
ミミさんは踵を返すとツカツカと歩いてボロックさんの前に進む。
「アレが、問題なのですね?」
「そうじゃな。恐らくアレが大きな問題になるんじゃろう」
ミミさんが大きく息を吐いた。
「だからワシは、この場所には立ち入ってはならんと言ったんじゃ」
「おいおい、二人だけで納得してねぇでよ、俺達にも分かるように説明してくれや」
「……えぇ、勿論です。これはここにいる全員がしっかりと理解しておくべき話です」
んん? よく分からない。あの石像になにか意味があるのは分かるけど、その意味が分からない。
左奥の石像には見覚えがある気がするのだけど……。
ミミさんがこちらに向き直って話し始めた。
「皆さん、あの石像に見覚えありませんか?」
「ねぇな! さっぱり分からねぇ!」
「わたしも!」
ゴルドさんとシームさんが光速で返事をした。
いや、そんなに堂々と威張れることじゃないよ! 僕も分からないけど!
周囲を見る限り、サイラスさんとダリタさんも分かっていない感じに見える。
そこでトリスンさんが小さく手を上げながら口を開いた。
「あれは、神の像では?」
「そうだな、教会にある最高神テスレイティア様の像に似ている」
モス伯爵もそれに同意した。
あぁ、なるほど! 確かにあの左奥の像はテスレイティアの像に似ているかも!
よく考えなくても神殿にある像だし神の像だよね。
「えぇ、そうです。あの像は神聖教会で信仰されている、この世界の神。最高神テスレイティアと四属性を司るフレイド、ヴィネス、ヴォルフ、アーシェスの像でしょう」
なるほどなるほど。確かエレムの神殿でそんな像は見たことがあった気がする。そういや死の洞窟の中でもテスレイティアの像は見たよね。……あれっ?
「確かに、そう言われてみればそうかもな。だがよ、それがどうしたってんだ? 神殿に神の像があっても別におかしかねぇだろ?」
「そうですね。しかし一つ、見落としていませんか?」
「……一つって、なんだよ」
「光を司る最高神テスレイティアと四属性を司る神。それが神聖教会が信仰している神です。しかしここにある神の像は何体ありますか?」
「……」
ミミさんがそう言うと、全員の眼差しが神の像へ向かう。
「……一つ、多いのですよ」
そうだ。教会ではテスレイティアの像が中央に置かれ、その右側に二体、左側に二体と四属性の神の像が配置されていたはず。しかしここでは右側に三体、左側に三体の並びだ。これは……。
「問題は右側の奥にある男性の像はなんなのか、ということです」
「新種の神様が見付かった! ってことでなんとかならねぇのか?」
「無理」
「無理です」
「無理だな」
「無理に決まっとるじゃろ」
う~ん、この世界の宗教については詳しく知る機会がほとんどなかったから、よく分かってないし、これがどれぐらいの問題なのかが分からない。皆の反応からして大きな問題なのは分かるけど、それがどれぐらいの大きさなのか。
「理論的に考えるなら、残っている神は一人だけ。闇の神テスレイド。魔族が信仰している神」
「……そうですね。それが妥当な答えでしょうね」
ルシールの言葉にミミさんが頷いた。
「でも、神聖教会で闇の神を信仰することはない」
「じゃあよ、ここが魔族の町だったってぇことじゃねぇのか?」
ゴルドさんのその言葉に皆がピクリと反応する。
やっぱり魔族という単語には大きな意味があるのだろう。
ルシールは首を振りながら答える。
「文献によると魔族は光の神であるテスレイティアを信仰していない。つまりこの場所は魔族の町ではないはず」
「じゃあなんだってんだよ?」
「えぇい! じゃからあれ自体が問題じゃと言っとるんじゃ!」
「この場所がなんなのか、私には分かりませんが、この神殿では今の時代の神聖教会とは別の教義が信じられていたことは間違いありません。あの像の並び……あれではテスレイティアとテスレイドが対等な存在であるかのように並んでいます。それを神聖教会がどう見るか……」
「良くてこの場所の破壊。悪けりゃ目撃者ごと全部――」
ボロックさんはそう言いながら喉元を親指で掻っ切るような仕草をした。
「どんな犠牲を払ってでもやってくるでしょうね」
「だからワシは、この場所には立ち入ってはならんと言ったんじゃ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます