第305話【閑話4】コット村の決断

 その日、ラディン商会の行商人はコット村への冬季行商に向かっていた。


「まったく、貧乏くじもいいところだぜ」


 コット村への冬季行商は食料の買い付けがメインで、売上はほとんどない。つまり商人個人の評価にはほとんど繋がらなかった。しかし買い付ける食料は王都では必要不可欠なため、外すことの出来ない重要な仕事であって止められない。結果的にこの仕事は商会の中では貧乏くじ扱いになり『そういうヤツ』が行かされる仕事になっていた。

 それに真冬の移動は寒さも厳しく、場合によっては命の危険もあり、人気のない仕事だった。

 彼らの内心はともかく、馬車は順調に進み、予定通りコット村へ到着。しかし村の門は閉ざされたままで、一向に開く気配はない。

 行商人は馬車から降り、門の前まで歩いていった。


「おおぉい、ラディン商会の者だ、今年も行商に来た。門を開けろぉい」


 そう叫ぶと、門の側に建っている物見台に人が登って叫び返してきた。


「断る! 今年の行商は受け入れない!」

「えっ?」


 想像もしていなかった言葉に行商人は言葉をなくす。

 この行商は毎年同じように行われていて、ただ決まったことを繰り返すだけの単純な仕事だったはずなのに、それが断られて理解が追いつかなかった。


「バ、バカなことを言うな! 断るなんかありえないだろ! 今すぐ門を開けろ!」

「断る! 帰れ!」


 取り付く島もない言葉に商人も苛立ちが隠せない。


「いいか、よく聞け! これはお前らごときの一存で決められるような軽い話じゃない! 下手をすれば国とお前らのサリオール伯爵との問題になるんだぞ!? 分かったらさっさと門を開けろ!」

「断る! サリオール伯爵様もご理解くださるはずだ!」


 サリオール伯爵が理解してくれる。

 この言葉に行商人はなにかを感じ、考える。

 そして彼らが拒否する理由について興味を持った。


「そもそも理由はなんだ! これまで問題なく上手くやってきたじゃないか!」

「上手くやってきた、だと……」


 物見台の男の声が震える。

 その震えが寒さから来たものでないことは行商人にも理解出来、少し気圧されてしまう。


「理由など、自分の胸に聞けぃ! もうお前らの横暴に付き合うのはウンザリじゃ!」

「なにを――」


 その後も話し合いは平行線を辿り、結局、行商人は村に入れず王都に戻ることになった。

 帰りの馬車では誰もが無言だった。

 簡単に成功するはずの行商を失敗した責任だとか、これから起こるであろうこととか、様々なことで頭が一杯になる。

 とにかく――


「大至急、このことを上に報告しないとな……」


 馬車は王都に向けて走った。

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