第304話【閑話3】デフレスパイラル

 ゴォォォッと炉で火が燃える。

 赤く赤く燃える。

 しかしその炉に投下するのは鉄でも銅でもミスリルでもなく、ヤカンである。


「はぁ……」


 鍛冶屋の親方はため息を吐く。

 このところ、めっきり注文が減り、ついに武具を打つことがなくなった。

 まったく仕事がないのだ。

 いつからどうしてこうなったのか、まったく分からないが、いつの間にかこんな状況に追い込まれていた。

 鍛冶師ギルドの他の面々も同じ状況で、そろそろギルドとしてなんらかの対策を打つことになるのかもしれない。

 親方は濡らした布でヤカンを取り出してカップに注ぎ、それをグイッと飲む。

 炉の前は落ち着いた。どこにいるより落ち着いた。

 鍛冶師としての性なのか、仕事がなくても炉の前に座り、火を入れ、それを眺めていた。


「親方!」


 扉が開け放たれ、店番をしていた弟子が飛び込んできた。


「注文です! 親方!」

「本当か!?」


 親方は立ち上がり、急いで店の方の扉を開く。

 するとそこには、まだまだ若い少年が立っていた。

 親方は少し落胆する。これではあまり大きな仕事にはならないかもしれないからだ。

 しかしそれを見せずに親方は話しかけた。


「注文だって? なにを作るんだ?」

「槍が欲しいです」

「素材は? どんな槍にするんだ?」


 気が急いて次々と口から質問が飛び出てくる。

 親方の頭の中には素材ごとの槍の作り方や大きさや形などによる仕様の違いが浮かんでいく。

 しかし少年の次の言葉でズッコケそうになった。


「ロックトータスを貫ける槍を!」

「無茶を言うな! そんなモン、オリハルコン製の槍でも貫けねぇだろ。それがしたいなら自らの技量でなんとかしろ」

「えっ? オリハルコン製でも無理なんですか?」


 そう聞かれて親方は少し困る。

 自身でもオリハルコンなんて扱ったことはなく、本当はどうなのか実際には分からなかったからだ。


「いや、俺もオリハルコンなんざ触ったことはねえけどよ。いくらオリハルコンつっても結局はただの金属だろ? 槍にすればそりゃ硬いだろうし斬れ味は最高だろうが、それだけでロックトータスが貫けるわけじゃないだろ? まぁ属性武器とか魔法武器、アーティファクトならロックトータスぐらい貫ける武器もあるだろうぜ。俺は専門外だけどな」


 そうして暇なこともあり、少年と長々と立ち話を続けてしまったが、ハッと気付いて「で、どうすんだ?」と聞いた。


「作ります! 丈夫で魔力の通りが良い槍を」


 丈夫で魔力の通りが良い槍、と聞いて様々な素材や作り方が親方の頭の中に思い浮かんでいく。


「長さはこれぐらいで、穂先はこんな感じ」

「なるほど、じゃあ石突は――」


 親方は少年と槍の詳細を詰め、槍の形を頭の中で作り上げていった。


「で、値段なんだが――」


 親方は考える。

 最近、何故か鉱石の価格が異常なぐらい下がってきている。それに炭や他の素材の価格も下落傾向だ。鍛冶屋の仕事もなくなってきているから仕事があるだけで嬉しい。今なら質の良いミスリルを使っても採算は合うだろう。

 木工職人にも良い素材を用意させよう。あいつらも仕事が出来て喜ぶだろう。

 色々と考えて親方は値決めをした。


「金貨一〇〇枚ってところだな」

「分かりました」


 少年は値切りもせず、すぐに頷いた。

 信頼されているのか、と考え親方は気分が良くなり話が弾んだ。

 そうして大体の形が出来上がった頃、親方は暇なこともあって少年の持つ武器に興味が湧いた。


「ところでお前さんが持ってるその棒、ちょっと見せてくれねぇか?」

「これですか?」


 その武器はミスリルと他の金属の混ぜ物で造られており、無骨な金属の棒のような形で異質だった。

 その珍しさもあって話は弾み、久し振りに良いモノが作れる嬉しさに心が湧き立ち、親方はいつの間にかこう言っていた。


「良いモノ作ってやるよ」


 親方の心から出た言葉だった。


 少年は「期待してます」とだけ残して去っていった。

 こうして、とある鍛冶屋は久し振りの仕事にありついた。

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