第216話 武具屋でのお話

少し迷ったのですが、今後の展開のイメージに合わないので前回出てきた金ピカの少年の年齢を主人公より上に引き上げ青年に変更しました。

ご了承ください。


――――――――――――――――――――



 冒険者ギルドを出て息を吐く。

 本当は冒険者ギルドでもっと色々と情報収集するつもりだったけど、僕も受付嬢も酔っ払ってる冒険者達もそんな雰囲気ではなくなってしまった。また後日、出直そう。

 相変わらず不思議に裂けている裂け目のダンジョンを横目に見ながら広場をぐるりと歩き、次の目的地に向かう。


「ここか」


 錬金術師ギルド。なんだか少し怖い気もするけど、ここに行かないわけにもいかない。

 幸いなことに外からの見た目は普通の建物だ。

 少し緊張しながら扉を開けると、意外なことに中も普通だった。作り的には冒険者ギルドとほとんど同じ。ただ、少し違うのは黒いローブを来た錬金術師っぽい人が数人歩いていることぐらい。

 若干、拍子抜けしながら正面のカウンターに向かう。


「すみません、魔道具の『コンロ』の製作者についてお尋ねしたいのですが」

「申し訳ございません。そういった情報は部外者の方にはお教えできない決まりになっております」

「それでは錬金術師ギルドに入ることは可能ですか?」

「然るべき方の推薦があれば可能です」

「然るべき方、とは?」

「それは勿論、然るべき方です」

「……」


 これはダメなパターン。

 日本語で『コンロ』と呼ばれたあの魔道具について調べれば、同じくこの世界に転生してきたはずの人々の手掛かりが掴めるかと思ったのだけど、そう上手くはいかないようだ。


「お客様は錬金術を学ばれたことはありますか?」

「……いえ、まったく」

「でしたらまず錬金術師の第一歩として、これはどうでしょう! 錬金術師になれば、錬金術師ギルドに入れるかもしれませんよ!」


 受付嬢が机の下をゴソゴソと漁り一冊の本を取り出した。


「初級錬金術師入門! これを読めば誰でも錬金術師! 伝説の大錬金術師の秘術がここに! 今ならそれがなんと金貨三〇枚で!」

「高すぎるよ!」


 そもそも伝説の大錬金術師の秘術が記されているのに『初級』で『入門』なんだよ!


「今ならなんと、この錬金術師専用すり鉢がオマケで付いてくる!」

「あっ、はい」


 受付嬢の押し売りを受け流して錬金術師ギルドを出る。

 思ったよりヤバそうな場所ではなかったけど、別の意味でヤバい場所かもしれない。


「さて、と……」


 空にある太陽は傾きかけていてるが、まだ夕方と呼ぶような時間ではない。そろそろ宿を探してもいい時間だけど、少し早い気もする。

 どうしようかな? う~ん……。


「そうだ、武器を買いに行こう!」


 かなり前に槍が壊れてから、武器といえばこの杖と闇水晶の短剣のみ。新しい武器を探してはいたのだけど、お金がなかったり良い武器がなかったりで買わずにここまで来てしまった。でも今なら良い武器が買えるはず。なんせ今の僕には報酬の金貨六〇〇枚があるのだから!

 このお金があれば魔法武器でも属性武器でも憧れのミスリル製でも、なんでも買えるはずなのだ。

 それに今はダンジョンがある町に来ている。ダンジョンに入るならそれ相応の装備は買っておきたい。


「どうせだし、この際、買える中で最高の武器を買ってしまおうか!」


 やっぱり冒険者は武具にお金をかけるべきだよね。


「すみません、この町で良い武器を売っている店ってどこです?」

「良い武器? まぁ、高い店なら町の西側にあるがね」

「そうですか、ありがとう」


 屋台の老婆は「はいよ」と言いながら、こちらを見ずに軽く手を振った。

 老婆の話を元にダンジョンがある広場から西側を目指す。

 この世界の大きな町にはある程度の傾向があって、エリアごとに住民のタイプが違う町が多いのだ。簡単に言うと、所得ごとにエリアが分かれている感じ。例外もあるけど、良いアイテムを手に入れるには高級エリアに行った方が手に入りやすいっぽい。

 今までの僕にはそんな縁はなかったけど。

 少し西へ歩いていくと、建物の雰囲気が華やかに変わっていき、往来する人のタイプも変わってきた。多くの人はドレスやら貴族のような服を着ており、従者を従えている人も見える。冒険者のような人もいることにはいるけど、彼らも一般の冒険者と比べると装備が豪華そうだ。アルノルンやエレムほどではないけど、やっぱり高級エリアは他とは少し違う。

 いくつかの店の場所をチェックしながら歩き、やがて西側の門の前まで来た。

 その検問の様子は僕らが入ってきた南側の門とは少し違っていた。

 南門では真実の眼によってチェックされていたけど、こちらではそれがなく、中に入る人は衛兵になにかを軽く見せるだけで簡単に通れていた。

 衛兵に見せているモノは人によってマチマチで、手のひらサイズのプレートを見せる人やメダルのようなモノを見せる人や、巻物を提出する人もいる。そして当然のように、豪華な装飾を施された馬車はここでもノーチェックで素通りだ。恐らくこちらの門は偉い人専用なのかなと思う。下手に近づかない方がいい気がする。

 この世界には……いや、どの世界にもあるのかもしれないけど、文化的知識がなければ回避が難しい、僕達にとっての地雷みたいなルールがあると思う。例えば貴族に対する一礼の作法とか、貴族の通行を妨げるのはマズいとか。恐らくこの門もそう。一般人が通ろうとすると問題になる感じのモノ。

 まぁそういう話は昔の日本にもあって。大名行列の通行を妨げると大問題になることは当時の日本人なら誰もが分かっていたはずだけど、江戸時代末期に日本を観光していたヨーロッパ人にはそれが分からず、大名行列に突っ込んで斬り殺され、外交問題に発展して戦争になった有名な事件もあったと思う。

 仮に『偉い人の通行を妨げたらマズい』ことぐらいは常識として分かったとしても、それが注意されて終わる程度のマズさなのか、斬り殺されても文句が言えないぐらいのマズさなのかは分からないし。もしそうなった時、軽く脇に避けるだけで許されるのか、馬から降りて地面に平伏しないと許されないのかは、それを知っていなければ分からない。

 まぁ要するに、この世界でも地域ごとに独自のルールがあったりするわけで、新しい地域では注意した方がいいよね、という話だ。

 そんなことを考えつつ道を戻り、目を付けていた武具屋を目指す。

 そこは大通り沿いの店の中で一番大きく、一番豪華そうな外観だったので、恐らくこの町で一番高い装備を置いているはず。とりあえずその店でモノを見たい。

 店の前まで来て、入口の前にある石造りの階段を登り、入口のドアに手を伸ばそうとすると――


「お待ち下さい」


 入口の左右に立っていた金属鎧の兵士。その右側の男が左手で僕を制しながらそう言った。


「ギルドカードの提示をお願いします。当店はCランク以下のお客様の入店をお断りしておりますので」

「Cランク以下……」


 ってことはBランクにならないと入れないってこと? いや、そんなこと……。って、これも一種の独自ルール……さっき考えていた話か。そういや僕はこの世界に来てこんな高そうな店にはほとんど入ったことがないけど、これまでの町でも高い店にはこういう入場制限があったのかも……。よく考えると、アルノルンでは黄金竜の爪の権力があったから、こういう目には遭わなかった気がするし。ランクフルトで大きな店に入った時もメルがいた。もしかすると彼女のコネというか実家の力あったから問題が起こらなかっただけなのかも……。


「どきたまえ」


 後ろからの声に振り返ると、さっき冒険者ギルドで見た金ピカの男とその取り巻きがいた。

 一瞬それに驚くも、どうしようもないので素直に横に裂ける。

 すると彼らはこちらのことなど眼中にもないように僕の横をすり抜けていった。

 そして、さっきまで僕の相手をしていた門番達はさも当たり前のように扉に手をかけ、観音開きの扉を押し開けて頭を下げた。

 なるほど、そういうことね……。

 Cランク以下の客は入店拒否? そういう話ではないんだ。

 さっき冒険者登録した彼がBランクのわけがない。なのに彼はギルドカードの提示を求められることもなく、当たり前のように店に入っていった。

 つまり、そういうことだ。


「はぁ……。帰ろう」


 クルリと踵を返し、来た道を戻る。

 虚しさと切なさと悔しさと、そんな感情が心に渦巻いていく。

 でも前から分かっていた話だったんだ。冒険者ギルドでの依頼だってコネがあるか名が売れてなければ来ない。それはランクフルトの頃に実感していた。誰も名もなき新人に重要な採取は任せたくないし、誰だか分からない人間に護衛なんて頼みたくないからだ。


「でも、入店すら断られるとはね……シオンもおかしいと思うだろ?」

「キュ?」


 フードの中から顔を出したシオンを撫でながら聞いてみる。

 だって冒険者ギルドの依頼みたいに、こちらがお金を貰う立場じゃなくて、こちらがお金を払うと言っているのに断るんだもん。それっておかしくない?

 まぁ、高級店とはそういうモノなのかもね。

 そうしてこの日はダンジョン近くに宿屋を取り、シオンに愚痴りつつも、さっくりと寝てしまうことにしたのだった。

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