第217話 アルッポのダンジョンについて事前調査しよう

 翌日、朝から冒険者ギルドに行く。

 早朝の冒険者ギルドはどこでも忙しく、人でごった返している。

 このゴチャゴチャした状況で冒険者や受付嬢から話を聞くのは難しそうなので、少し落ち着くまで二階の資料室に向かうことにした。

 冒険者をかき分けて中央階段を上がり、廊下の突き当りにある資料室に入る。そして資料室の管理人に軽く会釈して、端から書物を確認していく。しかし冒険者ギルドの資料室にある本はどこも似たモノが多く、読んだものばかり。今は参考になるような本はほとんどないが――


「っと、これだ」


 アルッポのダンジョンに関する資料。

 ダンジョンがある地域の冒険者ギルドの資料室には必ずそこのダンジョンに関する資料が用意されている。しかしそれでもこの場所に人がいないということは、多くの人はこれを利用していないのかもしれない。もしくはこんな資料を読まなくても冒険者同士の口コミで情報を得られるのかも。

 ページをペラペラとめくって読み進めていく。


「えっと、アルッポのダンジョンは主にアンデッドが出現する裂け目のダンジョンである。か」


 総階層数不明。未クリア。ダンジョン五階に村が建設されている……ってマジか。ダンジョンの中に村? そんなことが可能なのだろうか?


「ダンジョン内には森林があり、川があり、太陽があり、自然環境がある……。んん?」


 ちょっと僕が今まで見てきたダンジョンとは別物すぎて混乱してしまう。

 これではまるで、ダンジョンというより一つの世界では?

 ダンジョン内の地図があったので、一階の分を書き写しておく。


「一階に出るモンスターは、ゴブリン、スライム、マッドトード。ゴブリンは放置しすぎると群れて繁殖して強い個体が生まれるので注意が必要、と」


 ……ダンジョンのモンスターって、繁殖するのだろうか?

 僕が知っているダンジョンのモンスターはもっと画一的というか……。例えば初心者ダンジョンのゴブリンは決して群れることはなく、特定の範囲内でしか行動しない感じがした。あのダンジョンで出会うモンスターは必ず一度に一体だけだったし。

 やっぱり迷宮型ダンジョンと裂け目のダンジョンでは根本的に色々と違う気がする。なんだかよく分からないけど、このあたりは実際にダンジョンの中に入って確認、検証していこうと思う。

 一通りの調べ物を終え、一階に戻る。

 冒険者ギルドはピーク時間を過ぎ、落ち着きを取り戻しつつあった。

 カウンターを横切って掲示板に向かう。

 ここには基本的に誰でも受けられる一般的な依頼が張り出されているので、地域の問題点や需要が見えやすかったりするのだ。


「えーっと……マッドトードの脚肉、二本で銅貨五枚、町南の宿屋『新風亭』に直接持ち込み。毎日三〇本まで買取可能」


 マッドトードはここのダンジョンの一階で出るモンスターだとさっき書いてあった。確か昨日、南門の屋台でこれの叩き焼きとかいう料理を売っていたはず。

 その周囲にある依頼を確認すると、似たような依頼が複数あった。報酬は脚肉二本で銅貨二枚から銀貨一枚と幅がある感じ。でもそれぞれの店で買い取れる数に上限はあるのだろうし、安くても売るしかないことも多いのだろうね。生モノだから保存が難しいし、腐らせるよりはマシだから。

 続いて他の依頼も見ていく。


「アシッドフロッグの脚肉。アシッドフロッグの胃液。スケルトンの頭蓋骨。オーガの血液。ゾンビの……目玉!?」


 目玉って……それ、使い道あるの? マグロの目玉が珍味として食べられていることぐらいは聞いたことあるけど、ゾンビって人が腐ったアンデッドのアレだよね? まさか食べるとかないよね? ゾンビの目玉の煮物とか……。いやそれ以前にゾンビから目玉くり抜いて持ち帰るって仕事にしても嫌すぎるよ……。

 依頼主を確認するとアシッドフロッグの脚肉以外はほとんど錬金術師ギルドになっていた。

 なんとなく、この町で錬金術師ギルドが嫌われている理由が見えてきた気がする。

 なんだか嫌なモノを見てしまった気分でカウンターの前に戻ると、酒場の方から冒険者達の噂話が聞こえてきた。


「おいっ! 聞いたか? 昨日アルメイル公爵の五男が冒険者登録に来て、いきなりCランクになったんだってよ!」

「マジか! お前それどこで聞いたんだよ!」

「ケッ! いきなりCかよ!」

「貴族のボンボン様はお偉いことで!」


 何人かの男達が立ち飲み用の高いテーブルを囲んでそんな話をしている。

 昨日? アルメイル公爵の五男? まさか昨日の金ピカの男か?


「その話、僕にも聞かせてもらえますか?」


◆◆◆


 それからそのテーブルにいた冒険者達全員にエールを奢って話を聞いた。

 やっぱり僕が昨日見た金ピカの男がアルメイル公爵の五男で間違いないらしい。情報の出処についてはゴニョゴニョした感じになったけど、話の内容的には間違いないのだろうと感じた。

 しかし登録していきなりCランクとは……。テンプレチンピラAなら『俺様がEランクなのに登録したばかりのこいつがCランクだと!? ふざけてんのか?』とか言いながら殴りかからなければならないが、どうも嫌なフラグが立つ予感がするので止めておこうと思う。

 こういう時は〈直感Ⅱ〉のアビリティが役に立つのでありがたい。

 それにしても貴族になればこれぐらい強引な方法が当たり前なのだろうか? 思い出してみると、ランクフルトの冒険者ギルドマスターも立ち振舞が貴族っぽい感じだったし、ギルドマスター自体も地域に縁のある有力者が就任したりして、地域の有力者に便宜を図っているのかもしれない。


「でもどうして、公爵の五男がいきなり冒険者ギルドに登録しに来たのですか?」

「さぁな。噂では公爵は既に高齢らしいからよ。まだ若い五男が焦って功績を上げに来たのかもな」


 そう答えたのはダムドさん。ガッシリとした体格の中年冒険者で、最初に情報を持ってきた人だ。


「というと?」

「公爵家の代替わりが近いって話よ。親の代の間に実績を残せればいいが、遅くに出来た子はそれが難しい。いくら公爵の息子とはいっても代が変われば厄介者だろうからな」

「なるほど」


 要するに、親が生きている間は親の支援が得られて独り立ちの準備が出来るけど、兄の代になってしまうとそれが難しくなる場合があるから、遅く出来た子には時間的余裕がない、という話なんだろう。


「でもよ、冒険者の成果で公爵家のボンボンの実績になるのかい? 実力があるなら騎士にでもなった方がよっぽどいいだろ」


 隣に座っていた別の冒険者がそう聞いた。

 確かに、一般的な高ランク冒険者の目指す先が騎士や貴族で、公爵の息子なら冒険者を経なくてもそこを目指せる。一般的な冒険者からすれば遠回りに感じるのだろう。


「さてね……。公爵に騎士や独立貴族にしてもらえない理由があるのか。それとも……」


 そう言ってダムドさんはエールを言葉と共に流し込んだ。


「ところで、ダンジョンについてなんですけど――」


 一段落したようなので話題をぶった切って質問しようとすると、隣の冒険者がそれを遮るように「おめぇさっきから質問ばっかりだな。俺は喉が乾いちまったよ」と言った。

 なるほどなるほど、オーケーオーケー、分かってますよ!

 冒険者から話を聞きたいなら酒を奢る。これがマナーというか暗黙のルールみたいなモノだ。


「マスター! エール人数分追加で! ついでに肉!」

「はいよ!」

「へへっ、分かってるじゃねぇか!」


 そしてエールが登場した後、また乾杯をして話を続けた。


「ここのダンジョンについてなんですけど、どういうダンジョンなんです?」

「ザックリした質問だな、おい」

「いやぁ、昨日こっちに来たばかりで、なにも分からないんですよ」


 そう言うと、一人の冒険者がエールで肉を流し込んだ後に口を開く。


「そうだなぁ。ここはアンデッドが多く出るダンジョンで、アンデッドが出ないのは一階と五階だけだな」

「五階には村があってよ、なにもねぇ村だが安全に休むことが出来るぜ」


 なるほどなるほど。やっぱり冒険者達は資料室で資料を読むより、こうやって冒険者から直接、話を聞いているんだろうな。彼らにはそっちの方が性に合っているのだろう。

 

「んで、お前のランクはいくつなんだ?」

「Dですね」

「Dか。ソロなら二階までにしておけよ。見学しに行くにしても三階までだ」

「三階と四階にはなにがあるんです?」

「三階はDランクのスケルトンが出る。四階からはCランクのグールが出るが、こいつが厄介でな。動きが素早いしアンデッドだから耐久力がヤベェ。頭をはねるか潰すしか倒せねぇぞ」


 聞いた情報を紙にメモしていく。

 こういった生の情報は本当に大事だ。


「だからよう。武器は鈍器に変えておきな」

「鈍器ですか?」

「あぁ、スケルトンもグールも、二階のゾンビも、切ったり突いたりしたところで大して効きやしねぇ。鈍器で叩き潰すのが一番だぜ」


 なるほど! だからこの町の冒険者は鈍器を装備していたのか! 

 確かに、僕もエレムのダンジョンでスケルトンと戦った時は槍のダメージが酷かった気がする。


「あとは……マスクだな。教会に行って聖水も買っておけ」

「あぁ、それが一番大事だな」

「違いねぇ……」

「うむ」


 何故か四人の意見が一致した。

 全員がしみじみと、なにかを噛み締めながらうなずいている。


「……マスク、ってどうして必須なんですか?」


 そう聞くと彼らは全員で顔を見合わせた後、こちらを向いた。


「クセェんだよ!」


 四人の声が美しいハーモニーを奏でた。

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