第9話 それはカチリと鳴る虚構
ふと気になって周囲を見回してみた。
白い空間の中にぽつぽつとグループが散らばっているが、どうも最初より人数が減っているような気がする。
ゆっくりと見ていると、隣のグループ全員が光に包まれたかと思うと一瞬で消え去った。
遠くの方でも淡い光に包まれて消える人達がいる。
どうやら転生して行ったみたいだ。
色々と頭を使って捻って考えてポイント振りが終了した今は、テストを早く解き終わって見直しも終わり、何もする事がないのに教室の外にも出られない、あの時に似ている。
緊張と頭脳労働の後に、その束縛から解き放たれて一気に緊張の糸が切れ、リラックス状態に入っているあの感じ。
リラックスして余裕が出てきたのか、周囲をじっくりとゆっくりと眺める事が出来た。
神秘的とも言える淡い光に包まれて転生していく他のグループの人達を見て、ただただ、綺麗だ、と思う。こんな現象は現実ではありえない。そして、この現実離れした状態を改めて実感して、そこに順応してしまっている自分を奇妙に思った。
「皆、準備はいいか?」
マサさんが皆の顔を見ながら聞いた。
全員、ポイント振りは終了しているようで、それぞれ頷いている。
僕も無言で頷いて返す。
「大丈夫みたいだな。よし、それじゃあ今から転生するぞ。ウィンドウから〈転生〉を選択して。次に転生先からトランキスタ城を選択してくれ」
マサさんのその言葉で皆が一斉にウィンドウを操作し始める。
僕も〈転生〉をタップし、現れた項目の〈転生先〉からトランキスタ城をせん――
いや、ちょっと待て。
何かがおかしい。
得体の知れない猛烈な違和感が脳から足先まで体中を走り抜ける。
何だ? 何がおかしいんだ?
マサさんは今、何と言った?
――転生先からトランキスタ城を選択してくれ。
何故、〈転生〉をタップしてからノータイムで〈転生先〉を決められたんだ? まるで最初から決まっていたかのように……。
確かマサさんは、たぬポンに『〈転生〉の文字にはギリギリまで触れないほうがいい。あの男の態度からして、親切な設計になっているとは思えないから』と言ったはずだ。それなのに自分では〈転生〉を触って確かめていた、のか?
頭の中で何かがカチリと切り替わる。
いや、それはキャラクターメイキングが終わった後にリスク覚悟で調べたのかもしれない。マサさんは下調べをしっかりやってスムーズに動こうとするタイプだし、それならそこまでおかしくはないはずだ。
いや、いやいや。ちょっと待て。それよりもだ。今から考えれば、マサさんは何故、あんな事を言った?
何故あのタイミングであんな事が言えたんだ?
――リスタージュの時みたいに一緒にやらないか?
“一緒にやろう”、と言うのはいい。でも、何故あの最初のタイミングで一緒にやれると思えたんだ? ウィンドウ画面には特定の誰かと一緒に固まって転生出来る事を示すような説明はなかったはずだ。
いや、それも、こんな状況で知り合いを見つけたから、とりあえず言ってみただけかもしれないし。例の男が縁のある人達を近い場所に配置して、それに気付くよう誘導した事から可能だと推察したのかもしれない。
これも決定的とまでは言えない。
しかし疑心はなくならず、頭の中でカチリカチリと何かが切り替わり、疑念の点と点が繋がるように一本の道になっていく。
――あの慎重なマサさんが、この変な状況で転生するという前提で話を進めてるんだよ。おかしくない? 普段ならもっと疑うとか他の可能性を考えてるんじゃない?
カノンの言葉を思い出す。
確かに、マサさんはいつもとは違っていた。思えばマサさんはここに来て最初からおかしかったんだ。
でも僕は、それを気にしない事にした。……何か気持ち悪さを感じて。
また頭の中で何かがカチリと切り替わる。
……いや待て。そもそもの話、“転生”って何だ? 普通に考えたら転生って輪廻転生だろう。生まれ変わる事なんじゃないのか? それなら赤ん坊から始まるんじゃないのか。なのに全員が転生先をトランキスタ城に設定? そのトランキスタ城とやらにはエルフやハーフエンジェルなどの妊婦とか夫婦が都合良くいるとでも言うのか?
僕は〈転生先〉から適当な町を探し、選択後、即転生が始まるわけではない事を確認して、それから〈トランキスタ城〉を選択してみる。
〈トランキスタ城〉
アッザール帝国、首都トランキスタにある城。
わからない。わからないが、何かマズい感じがする。
僕の中の何かが警鐘を鳴らす。
……よく考えれば〈アバター〉で〈年齢〉を設定したはずだ。
転生なのに年齢を選べる。ますますわからなくなる。
頭の中で何かがカチリと切り替わる。
……おかしい事は沢山ある。だけど、その中でも一番おかしな事。それは“僕が色々なおかしい事にここまで気付かなかった事”じゃないか?
一度はカノンに指摘されて、おかしな事に気付きかけた。でも、“気持ち悪さ”を感じて、考えるのを止めてしまった。
おかしいのはマサさんではない。
おかしいのは“ここにいる全員”なんだ。
全員、何かしら、意識が“余計な方”に向かないように、どこか“決められた方”へ向かうように誘導されている。
何組か他のグループが転生するのを見たが、グループで当たり前のように一緒に転生して行った。普通、誰か一人くらいは別々に行動しようと思う人がいてもいいはずなのに、僕が見た限りでは、そんな人はいなかったと思う。
あの男が言った、使命ある者は使命を果たせ、という言葉を思い出す。
あの男は僕達に何らかの“使命”を果たさせるために、僕達を誘導しているのではないか? だとすれば僕が自分の意思で決めたと思っていたキャラクターメイキングも何かの誘導の影響を受けていたのではないか。
そもそもの話、僕はここにいる皆をMMORPGリスタージュで一緒に遊んだ暁の九人のメンバーだと思っていたが、僕達はリアルでは一度も会ったことがない。顔も知らなければ素性も詳しくは知らない。
ここにいる皆は本当にリスタージュで一緒に遊んでいた皆なのだろうか? 声だけが似たナニカである可能性もあるんじゃないのか?
そう考えると、ここにいる全員が何か得体の知れないモノに見えてしまった。
◆◆◆
今になってよく考えてみると、このウィンドウで僕が設定した全てがおかしい気がする。
僕は何故、〈クォーターエンジェル〉を選んだんだ?
もう一度よく考えてみると、あの時あれほど感じたクォーターエンジェルの魅力がどんどん薄れていってるのがわかる。
ステータスを全体的に上げたいと考えたのは間違いないし、魔法関連を強くしたいと考えたのも間違いないし、それは今も変わっていない。しかし、そういう条件なら他にもあったんだ。〈天狐獣人〉とか〈ダンピール〉とか、もっと必要ポイントが少なくて条件に合ってそうな種族はあった。でもそれらを見た時、“何か違うな”と思って熟考する前に候補から外してしまった。
そもそも、少ないポイントの中でやり繰りしないといけないのに、何のメリットがあるのか明確には分からない“種族”という項目に五〇ポイントも使ってギャンブルをするなんて、おかしくなってたとしか思えない。
バクバク、と大きく心臓の鼓動が聞こえる。
全身に血が巡り、鼓動がどんどん早くなり、全身がカッと熱くなるけど頭の中だけは妙にクリアで、集中しているのが自分で分かる。
……他にも、何か、何かあるはずだ。今、気付いておかなければいけない何かが。
アビリティのページに戻って取得したアビリティを再確認する。
最初から順に素早く、そして丁寧に確認していって――
「――あっ……った」
思わず声に出してしまう。
〈天運Ⅲ〉
運の良さ。天から授けられた運命。
これは……これはモロにアレすぎる。今までほとんど仕事をしなかった説明文が、ここに来てしっかり大仕事をしている事に喜んでいいのか悪いのか。色々ひっくるめて逆に腹立たしい。
これこそ正にあの男が言っていた“使命”そのものを表しているとしか思えない。
しかし何故僕は“コレ”に気付かなかったんだ?
……いや、気付いていた。アビリティを決める時に〈天運〉のアビリティを見た記憶がある。気付いてたけど“頭に入っていなかった”んだ。見ていたけど見ようとしていなかった。
説明するとしたら“意識の外にあった”としか言いようがない。
しかしこれに気付いたからと言って何になる? 選択解除出来なきゃ意味がな……い――
「え……解除出来る?」
〈天運〉のアビリティ説明欄の中。端の方に〈解除〉の文字が見える。
さっきまでは無かったはずだ。……いや、あったのかもしれない。もう自分の感覚も記憶も信じられなくて、よく分からなくなってきた。
急いで〈解除〉をタップして〈天運〉を選択解除する。
するとSPが〇から一五に変わった。
「えぇ……SPも還元されるのか……」
視線を横へそらし、チラリと時間表示を見る。
今になって“元から持っていたアビリティも選択解除出来てポイントを増やせたかもしれない”という可能性に気付いた。それぐらいもっと早く気付いておくべきだが、これも“意識の外にあって気付かなかった”としか説明出来ない。
……しかし、もうタイムリミットだ。もう数分しか残ってない。今からアビリティの組み直しなんて不可能だ。
もう一度〈アビリティ〉の項目に視線を戻すと〈天運〉の上に〈幸運〉という文字が見えた。
〈幸運 5〉
運の良さ。
こんなアビリティあったか? まったく気付かなかった。僕ならこういう面白そうなモノを見つけたらしっかりチェックしてるはずなのに記憶にない。
思わずため息が出そうになるが、無理矢理それを飲み込み、急いで〈幸運〉をタップし、三段階取得して一五ポイントを消費した。
もしかすると、今なら他にも気付けなかったアビリティを見付けられるかもしれないが時間がないし、もうこれしかない。
……あと出来る事は――
「ビショップ。さっきからどうしたんだ? 時間もない。もう転生するぞ」
「マサさん……」
「どうしたんだ?」
マサさんが不思議そうな顔で聞いてくる。
「やっぱり……僕は皆とは一緒に行けないや」
僕の言葉に皆が驚いた顔をした。
「説明したいけど、皆を納得させられそうな確証もないんだ。それにもう説明する時間もない……。皆と一緒に行かないのが正解かどうかはわからないけど、僕は自分の直感を信じたい」
「お、おい! ちょっと待て」
マサさんが手を伸ばしてくるが、僕は構わず〈転生〉をタップする。
「皆、本当にごめん。また、どこか――」
言い終わる前に僕の体は光に包まれ。そして意識が暗転した。
『新たな〈転生〉を確認しました』
『対象者を転生させます』
『対象者の種族を確認。ドナーを選定中……ドナーを選定中……ドナーを選定中』
『確認しました。?△?■?より因子の提供を受け、転生者の心体を再構築します』
『転生者に種族ボーナスを付与します』
『転生者に選択されたアビリティを付与します』
『転生者にスキルを付与します』
『精神汚染からの脱出を確認。特別ボーナスを付与します』
『アイテムを構築します』
『指定された位置情報の特定が完了しました』
『転生者を、カリム王国、南の村へ転移させます』
『アイテムを、カリム王国、南の村へ転移させます』
『全ての作業が終了しました。それでは良い旅を』
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