第54話 政治的な駆け引きと冒険者の立ち位置

「それはどういう事なのだ! 男爵は今の状況が分かっているのか!?」

 ギルマスの怒鳴り声が聞こえ、気になってそちらを見た。

 周囲の人々も困惑したような顔でそちらを見る。


 あれから僕達が休憩している間に前衛冒険者が生き残っていたフォレストウルフを処理し。その死体を積み上げて壁を作り、破壊された柵などを修復していた。

 そんな中、ギルマスが兵士のような統一された装備を着た何人かの内の一人から何か報告を受けた後、この状況になったのだ。


「我々は確かに町の防衛に協力すると約束はした。西門の守りを受け持つ事も了承した。しかし物資がなくては持ちこたえられん。我々にどうしろと言うのだ?」

 そのギルマスの言葉で、何となく状況が見えてきた。……いや、見えてきてしまった、と言うべきか。

「そうは申されましても、物資は北門を守る我々にも必要な物でございますので……。聞くところによりますれば、冒険者ギルド内には非常時用の物資が保管されているとか。とりあえず、そちらを出されては如何ですかな?」

 そう言った兵士の言葉にギルマスの顔が一瞬ピクリと反応する。

「……確かに非常時用の物資は多少、用意してあるし、当然それも出す。しかしそれだけでは足りぬ。モンスターの攻撃はどれだけ続くか分からんのだぞ?」


 尚も二人のやり取りは続く。

 ギルマスが言葉で攻め、それを兵士がのらりくらりと躱す。まだまだ話は終わりそうにない。

 ここまで来れば僕にも大凡の事が掴めてくる。

 門横の階段に腰掛け、ギルマスと兵士を見つめながら情報を整理してみた。


 まず、恐らく町の領主である男爵と呼ばれている人は余計なお金や資源を使いたくはないと考えている。そしてそれは、もしかするとギルド側、ギルマスも似たような事を考えているのかもしれない。

 領主は冒険者ギルドにお金を払い、冒険者にモンスターの討伐をさせている。そしてそれが冒険者ギルドの大きな収入源になっているはずだ。なので大口取引先の領主から頼まれると断りづらい。そして実際に、今回に関しても領主から頼まれ、冒険者ギルドは受けたのだろう。

 しかし冒険者ギルドが領主から何を頼まれて受けてこようが、冒険者個人がどう動くかは自由だ。

 ……自由なはずだ。

 ……自由だよね?

 なのでギルマスは僕達を何としてでも掴まえておく必要があったのではないだろうか?

 まあ現実問題として、ここの門を死守しなければ町にモンスターが侵入して、僕達冒険者にも直接、間接、様々な問題が降り掛かってくるわけで、僕達にとっても門を防衛するのが最善だったのは間違いではないとは思うけど……。


 しかし……。

 ギルマスと兵士の争いを見ていると、もしかすると領主の保有する兵力だけでもこの町を守りきれるのでは? という疑念が湧いてくる。

 なんたって町にモンスターが攻めてきて、町を守らないと大きな損害が領主にも出るはずなのに、領主は重要拠点の西門を冒険者ギルドに任せっきりで、物資の拠出についても渋っている。

 つまり、まだ政治的な駆け引きをする余裕があるようにも見えるのだ。

 冒険者が失敗して西門が突破されても何とか出来る秘策があるのではないか? という可能性を考えてしまう。

 まぁ、どんなにピンチでも自分の利益が最大になるように駆け引きするのが貴族なのかもしれないし、単純に男爵が愚かなだけな可能性もあるから何とも言えないけど。


 それともう一つ気になったのは、冒険者ギルドのギルドマスターの事だ。

 彼はダレン・ウォーラーと名乗った。つまり名字がある。

 この世界では、ほとんどの一般人が名字を持っていない。なので、もしかするとギルマスは身分の高い家に生まれた人な気がする。

 まぁ、もしかすると某ポルトガルのサッカー選手のように複数の名前が続いている名前だったり。……つまりダレンもウォーラーも名前な可能性はあるにはあるけど。

 普通に考えるならウォーラー家のダレンさんなんだろう。

 彼の話を聞いている限り、ここの領主である男爵の事を彼は“男爵”と呼び捨てにしている。冒険者ギルドと領主の力関係が僕の想像通りなら、冒険者ギルドのギルドマスターとは言っても身分的には男爵より下なはずだ。

 普通なら身分が下の者が男爵を呼ぶなら男爵閣下とか男爵殿とか男爵様とか何か言いようがあるはずだ。それ以前に◯◯男爵、みたいに名字を付けて呼ぶ気がするし。

 それにギルマスに対する兵士の言葉遣いもかなり丁寧で、少なくとも同格以上の相手に使うような言葉遣いに感じる。

 ギルマスと男爵、冒険者ギルドと領主。いまいち力関係がはっきりとしない。


「よいか。いくら北門を強固に守っても、この西門が突破されれば終わりなのだぞ? 我々が失敗すれば物資がどうこうの小さな問題など比ではない状況になるのだ」

「はっ……。この身に変えましても、しかとお伝えいたします。それでは、我が主への報告がございますので……」

 そんな事を一人で考えていると、交渉が決裂したのか、兵士がギルマスに頭を下げ、どこかへと足早に去っていった。


 ギルマスは苦虫を噛み潰したかのような顔を一瞬見せ、冒険者ギルドの職員を呼ぶ。

「今すぐに商業ギルドへと走り、私の名で物資の拠出を要請しろ。今のこの状況をしっかりと説明するのだぞ。商業ギルドの協力がなければ西門はすぐにでも落ち、モンスターが町中に溢れると伝えよ。……よいか、商業ギルドが首を縦に振るまで、死んでもその場を動くな」

 ギルマスにそう言われた職員は顔を青くさせながら、どこかへと走って行った。

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