第319話 ポーターのカバン

 教会を後にし、これからについて考える。

 冬もほぼ終わり、エレナの家庭教師としての役目もほぼ終わり。これからどうするかを最近はずっと考えていたのだけど――例の話を聞いた感じだと、とにかく今は聖女ステラの痕跡を探すことが重要だと感じる。

 なんとなくだけど、なにかがそこにある気がするんだ。


「とりあえず、情報収集からかな?」


 今は春になってきているとはいえ、まだ雪が残っている時期だし山に調査に入るのは厳しいだろう。雪崩とかも怖いし……。準備をする時間はまだまだある。しっかり準備しよう。

 でも、情報収集か……。


「それはそれで大変なんだよな」


 聖女ステラのことや教会の隠れ家探索については司祭様に根掘り葉掘り聞けば多くの情報は得られるかもしれないけど、果たしてそれで良いものなのかが問題だ。

 僕が聖女ステラの痕跡を探して山に入ることを主に教会関係者にどこまで知られていいのかが読めない。仮に探索に成功して聖女ステラに関するナニカを発見したとして、もしそれが公表しにくいモノだった場合、その対処に困る可能性があるからだ。

 誰にも知られていないなら見て見ぬふりをすればいいが、誰かに知られていた場合は後に変に疑念を持たれる可能性もなくはない。

 そして僕は黄金竜の巣で『六体目の神像』という、まさにそういうモノを発見したことがある。


「……まさに墓場まで持って行く秘密ってやつか」


 あの場にいた黄金竜の爪のメンバーの多くは、あの六体目の神像のことを生涯誰にも話さないだろう。

 そういう類のモノが出てくる可能性が十分にあるのだ。


「出来るだけ教会関係は避けて情報収集しよう」


◆◆◆


 そうして翌日から町中で食料などの買い集めや情報収集を始めていった。

 現状、まだ魔法袋は隠し続けているし、ホーリーディメンションは絶対に知られてはいけないわけで、物資は少しずつ店を変えて買い集めるようにしているため、保存食なんかは早い内から集め始めておく必要があった。

 幸いなことに雪が降らなくなってきてすぐサリオール伯爵が街道の除雪作業を開始したらしく、ルバンニの町までの道が開通し、そのおかげで今は多くの食料の輸送があったらしく、現時点では食糧問題は解決しているらしい。

 政権が変わって間もないし、これもサリオール伯爵の懐柔政策――点数稼ぎの一つなのだろうか。

 そうこう考えながら冒険者ギルドに入り、受付で回復依頼を確認。それから酒場の方に向かう。


「おう、ルークじゃねぇか。この前は助かったぜ。また頼むな」

「あんまり無茶はしないでくださいよ」


 酒場を出ようとした冒険者と軽く会話を交わす。

 この町に滞在し回復依頼を受けまくっていたおかげでここの冒険者とも大体は顔なじみになってきた。

 比較的安価に治療を行ってきたおかげで冒険者からの評判も上々。大体の人は好意的に接してくれるようになり、この町での冒険者活動はすこぶるやりやすくなっている。

 今はもう、新しい町に到着したばかりの時のようなアウェイ感はなくなり、僕にとっては完全にホームグラウンド状態だ。


「マスター、安い方の葡萄酒で」

「あぁ」


 ルバンニと繋がったこと……というよりサリオール伯爵が王都を治めるようになったからか、この町でも葡萄酒が安く入るようになってきた。

 本来この町ではラガーが主流だったけど、トップが変わると色々と変わるらしい。


「ところでマスター。聖女ステラについて誰か詳しい人っていません?」

「聖女ステラだぁ? そりゃまぁ世に伝わってる伝承ぐらいなら俺でも知ってるがよ。そういうレベルの話じゃないんだろ?」

「まぁそうですね。出来れば当時の詳しい話とか、聖女ステラの隠れ家の話とか聞きたいんですけど」

「隠れ家ねぇ……」


 マスターは皿をキュッキュと磨きながら少し考え、言葉を続けた。


「そういや教会からの依頼で冒険者ギルドからも探索に人を出したって話を聞いたような気もするな。もう何十年も前の話だがよ」

「冒険者ギルドからも誰か探索に参加したんですか? その時の記録とかってあったりします?」

「あるかもしれねぇが、普通の冒険者が見れるもんじゃあねぇだろうよ」


 まぁ確かに、資料が存在したとしても冒険者ギルドの内部資料としてか、もしくは大教会の内部資料としてだろう。一般人が勝手に閲覧出来るようなものじゃない。


「じゃあ西の山に関する情報……山の地理に詳しい人っていませんか?」

「そうだなぁ……。そういやその葡萄酒、そろそろ飲み干しそうだよな?」


 と、僕がまだ一度も口をつけてない葡萄酒のカップを見る。


「え? いや、まだ――」

「それに腹も減ったろ?」

「……」


 なるほどなるほど。そういう話ね。


「……じゃあ高い方の葡萄酒と、串焼きで」

「おーい、串焼き三本追加!」


 カウンターの奥にある扉の方から「はいよ!」という声が聞こえてきた。

 ……いや、三本も注文してないんだが。……まぁいいけども。


「で、どうなんです?」

「あぁ、この町じゃそこそこ経験を積んだ冒険者なら温かい時期は西の山に入るんだ。だから誰でも山の情報ぐらい持ってるぜ!」

「……」

「……」

「……えっ、それだけ? 情報料高くない?」


 思わずジト目でマスターを見てしまう。

 しかし、そうか。僕がこの町に来たのは寒くなってから。雪が降ってからだ。温かい時期のこの町についてはなにも知らない。

 僕はここをホームグラウンドのように感じてきていたけど、やっぱりまだまだ知らないことは多いようだ。

 色々と考えていると、マスターが「おいおい、話は最後まで聞けよ」と言いながら人差し指を振る。


「それでも山の奥にまで入る冒険者は限られてるんだぜ。例えばあそこに座っている『トータスキラー』の連中とかな」


 マスターの指す方を見ると、そこそこベテランっぽい冒険者の一団がテーブル席で酒を飲んでいた。


「あいつらは雪が溶けると山に入ってロックトータス系を狩りまくるからそう呼ばれるようになった。固定で常時ポーターも雇って大人数で山に泊まり込んでるらしいからよ。奥の方まで入ってるはずだぜ」

「ポーターって、荷物持ちってことですよね?」

「あぁ、泊まり込みの旅なら必須になってくる。魔法袋がないパーティじゃまず単純に荷物持ちとして重要だが、それ以外にも夜間の警戒や拠点の防衛なんかにも人員は必要だからな」


 ロックトータスは僕がこの国に来た時に国境沿いで戦った亀だ。物理攻撃が通じなくて大変だった記憶があるけどアレを専門にして狩ってるパーティがあるらしい。

 それにしてもポーター、か。

 串から肉を外し、膝の上のシオンに与える。


「ポーターって必要なんですね」

「あいつらみたいに常に同じ場所で同じモンスターを狩り続けるタイプの冒険者はその狩り場に特化していくからな。あいつらにとっては大人数パーティと大人数のポーターを加えたスタイルがやりやすかったんだろうぜ。普通に近場で狩りをする冒険者はポーターなんて使わないだろうがな」


 僕にはホーリーディメンションや魔法袋という大きなバッグがあるから必要ないけど、それらがないとポーターは必要なんだろうな。

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