第136話 闇水晶と赤いモノ

「うむ、本来は透明な水晶が闇色に染まった物、それが闇水晶なのじゃよ」

「なるほど、それで、これは何かに使えるのですか?」

 ボロックさんは僕の質問に対して指を一本立てて「水晶はの、魔力を通しやすいのじゃ」と答えた。

 う~ん、何だか微妙に答えになっていない気がするけど……。

「えぇっと……魔力を通しやすい、と?」

「そうじゃ」

「……他には?」

「それだけじゃの」

「はい?」

 う~ん……どうなんだ、それ。

「水晶は鉄なんかより硬いがの、脆い。それに加工もしにくい。じゃからあまり使い道がないのじゃ。じゃがの、わしはこの闇水晶にはまだまだ可能性があると思うとる」

 ボロックさんは力のこもった目で袋の中から三〇センチ程のナイフを取り出し、鞘から抜いた。それは黒い半透明の刀身を持つ片刃のナイフで、光源の光に照らされて神秘的に輝いていた。

「これはわしが闇水晶で作ったナイフの中で一番の物じゃ。これはこれで切れ味は抜群なんじゃがの、硬い物にぶつけるとすぐに壊れてしまうから使い物にならん。じゃがの――」

 ボロックさんがナイフを持つ手にギュッと力を込めるとナイフの刀身が薄く輝いたような気がした。

「ほっ!」

 ボロックさんがかけ声と共に黒いナイフをテーブルに置いてある小さな闇水晶に振り下ろす。ガツンという音が部屋に響き、闇水晶は両断され、黒いナイフが半分程テーブルに突き刺さる。

「……ちと、力加減を間違えたかの……。まぁとにかく魔力を流す事で水晶は強くなるのじゃ!」

 そう言いながらボロックさんはテーブルから黒いナイフを慎重に引き抜いた。

「闇水晶は何故か死の粉の中にしか生えてこんのじゃ。じゃがわしが行ける範囲の闇水晶は全て採り尽くしてもうないのじゃ。闇水晶があるなら譲ってくれんかの?」



◆◆◆



 借りている部屋に戻り、抱いていたシオンを机の上に下ろしてからイスに座る。

「さて、と」

 背もたれに体を預け、天井を見上げながらボロックさんから聞いた話をまとめていく。


 まず、闇水晶は死の粉の中に生えてくるらしい事。これは少し驚いた。僕が知る限り、水晶って地面から筍みたいにニョキニョキと生えてくるようなモノではなかったはずだ。つまりこの闇水晶は水晶という名前にはなっているものの、僕が考えている水晶とは別物な可能性がある。

 そして水晶について。水晶は硬いけど脆く、衝撃に弱い。でも魔力を通しやすく、魔力を通すと強くなる。つまり魔力を通せば武具として使える可能性はある……。

「う~ん、どうだろう」

 ボロックさんに黒いナイフを借りて少し試してみたけど、魔力を流しても物凄い切れ味になるような事はなかった。本当に単純に強くなるだけなんだろうと思う。つまり、デメリットに釣り合う程のメリットがない。値段的な事を別にすればミスリルとかの方が優秀な素材だろう。

「あーでも、魔力を流したらゴーストとかに効いたりしないかな?」

 以前エレムのダンジョンで戦ったゴーストとか、実体のないアンデッド系のモンスターは魔法か魔法の力が宿った武器じゃないと攻撃出来なかった事を思い出した。

「いや、どうだろうか……」

 あれは魔法の力が宿った武器であって、これは単純に魔力を通しただけだし。武器に魔力を通すだけでゴーストに効果あるならやってる人はもっといたはず。いや、でも闇水晶なら闇と付いてるぐらいだし属性があるかもしれないけど、ボロックさんも水晶と闇水晶の細かい違いは研究中だと言ってたし……。

「あー! どんどん頭の中がこんがらがってきたぞ!」


 もうよく分からないや。そもそも情報が少なすぎる。

 この世界には辛うじて本が一般にも流通しているけど、数も種類も少ない。何か特定の事について調べようにも調べる方法が少なすぎる。もしかしたら闇水晶について、この世界の誰かが既に研究し終わっているのかもしれないけど、一般人がそれを知る方法がない。だからボロックさんのように自分で調べるしかないのだ。


「はぁ……ゴホッゴホッ! うっ? ゴホッ!」

 急に喉の奥からこみ上げてきた何かに咳き込み、手で口を押さえる。

 口から手を離した時、その手にべったりと付いていたのは血の塊だった。

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