第264話 カメをいじめる借金取りは何故か竜宮城に行けない

 ゴトゴトという音と共に流れる景色を薄暗い馬車の中からひたすら眺め続ける。

 これが地球なら電子の板をいじって暇でも潰すのかもしれないけど、ここでいじれるのはこのモフモフしかない。

 こういう場面ではそれがちょっと退屈なところかもしれないが、まぁそういう時間も悪くないだろう。

 そう思いながら膝の上で眠るシオンを撫でる。


「もうすぐ関所だぜ」


 御者がそう言いながら振り返る。

 幌馬車の前方の開口部からは石造りの建物と塔のようなモノが見えていた。

 アルッポのダンジョンを色々とありつつクリアし、アルッポの町から旅立って数日、ようやく国境線までたどり着くことが出来たのだ。

 アルッポのダンジョンがああなった以上、あの町に留まる理由はなくなったので他の場所に移動しようと思ったのだけど、どこに向かうべきなのかが問題だった。

 はっきり言ってこの国では色々とやらかしているので、ほとぼりが冷めるまでは別の国に行く必要があり。となるとアルノルンに戻るという選択肢はないし、当然ながらグレスポ公爵領側に向かうのも避けたい。なのでとにかく西に向かいながら情報収集を続け、最終的にこちら側にある国へ抜けようと決めた。

 その国とは、ザンツ王国。鉱業が盛んな山の国らしく、以前カナディーラ共和国に来た頃、アルノルンまで歩く際に遠くに見えた山の辺りらしい。

 そう考えたら遠くに来たものだとしみじみ感じてしまうよね。


「着いたぞ」


 他の乗客が降りるのに合わせて僕も降りる。

 枯れた木々、石造りの塔、木製の柵。

 季節は秋を通り越して冬に入る頃なのだろうか。それとも山に近づいたからだろうか。幌馬車から出ただけで冷たい風を頬で感じる。

 乗客を降ろした幌馬車がUターンして戻っていくのを見つつ他の乗客と共に関所の前の列に並ぶ。

 よく考えてみると、こうやって正式な形で国境を越えるのはこれが初めてな気がするぞ。以前は色々とあってゴニョゴニョする感じになって裏道からスルッと密入……もとい、お邪魔したわけだけど、今回は堂々と出入国するわけで、なんだか嬉しいような緊張するような不思議な気分になってくる。

 そんなことを考えている間に列が進み、僕の番が近づいてくる。

 良かった。列の前の人を見る限りではそんなに厳しい取り締まりがあるわけでもなく、単純に通行人の顔と身分の確認と通行料の徴収をしているだけっぽい。

 これは事前に調べて知ってはいたけど、実際に見てみるまで安心出来ないからね。

 少し前に並んでいた馬車の御者が銀色のカードを提示すると、その馬車は特に荷物の確認もされず即通された。やっぱりここでも特定の身分やらがある人は優遇されているらしい。


「次!」


 そうこうしている間に僕の番になったので、前の人がやっていたように冒険者ギルドカードを提示する。

 兵士は僕のギルドカードを義務的にサラッと確認すると「銀貨一枚」と言った。


「銀貨一枚です」

「よし、通れ!」


 大人しくお金を出して関所を通る。

 銀貨一枚というのが安いのか高いのかは分からないけど、一食か二食ぐらい食べられる金額と考えたら妥当な金額な気もする。昔の日本とか中世ヨーロッパはもっとべらぼうに高かったという話を聞いたことがある気もするし、そう考えると安いのかも。

 そうして関所を抜けて少し歩くと、また関所があった。


「あぁ、そうだよね」


 ここは国と国との国境なので、国境を守る関所はそれぞれの国がそれぞれ作っているのだ。

 なのでこちらのザンツ王国側の関所でも同じようにギルドカードを提示して銀貨一枚を払う。

 そうしてやっと、僕はこの世界に来て三カ国目、ザンツ王国に入った。


「よしっ! 歩こうか」

「キュ!」


 シオンを地面に下ろし、遠くに見える町に向かって歩く。

 関所までの乗合馬車は国境を越えることを嫌がって国境手前で帰ってしまうし、彼らはいつ来るのか分からない客を待つために国境線で待機したりはしないらしく、ここからは運良く乗合馬車が訪れたタイミング以外は歩きになってしまうらしい。

 町から町への移動もそれなりに危険はあるけど、国境を越える旅にはそれ以上に危険が伴うということだ。

 気を引き締め周囲を警戒しつつ山の方へ向かって西に進む。

 見る限り西の山は高く広く、これを越えるのは不可能に感じる。ここから別の国などに移動する場合は北か南に向かう必要があるはずだ。これから将来的にどちらに向かうのかは決めきれていないけど、この国の次の目的地の情報収集もしていかないとね。


「ん?」


 と考えていると、道の左側の森の奥からガサガサと音が聞こえてきて、やがてマギロケーションでも大きめの反応をとらえた。


「なんだ、この反応」


 ミスリル合金カジェルを握り直しながら考える。

 広範囲のマギロケーションでは詳細な形まではとらえきれないが、全長が二メートルぐらいあるっぽい。だけど僕が知るモンスターの情報の中にこんな存在はなかったはず。

 それから数秒後、枯れて茶色に変わっている森の中から姿を現したのは大きな亀だった。

 甲羅からは棘のような岩がいくつも突き出ていて、手足や頭も装甲のようなモノに覆われている、大きなリクガメ。

 ここでようやく僕の少し前を歩いていた商人っぽい男性が異変に気付き、謎のリクガメの姿を確認した瞬間、顔色を変えて町の方へ全速力で駆けていった。

 ちょっと! こんないたいけな少年を残して逃げるなんて酷い! ……とはちょっと思うけど、全て自己責任の世界だから仕方がない。


「シオンは下がってて。ギリギリまでブレスとか魔法は使わないようにね」

「キュ」


 ここは人の目がまだ多い。シオンのブレス魔法? はバレたくない。


「ウガッ!」

「おっと」


 謎のリクガメの突進。それをシオンと一緒に避ける。標的を失った謎のリクガメはそのまま道の反対側にある木にドスンとぶつかり、ノソノソと方向転換している。

 岩とかを背負っている分、体が重いからなのか、多少スピードは出せても小回りは利かないらしい。

 当然そのスキを見逃さず、ガラ空きの後ろ足にミスリル合金カジェルを振り抜く。


「はっ!」

「グァッ!」


 脚の装甲がべキッと割れるような手触りがあり、その脚がガクンと落ちる。

 これはいけそうかも! と思った瞬間、謎のリクガメは四肢と頭を引っ込めて完全防御態勢に入った。


「だったら!」


 ミスリル合金カジェルを大きく振りかぶり、頭があった部分の甲羅におもいっきり叩きつける。

 こうなりゃ力まかせだ!

 ガンッ! という音と共に甲羅の上の岩の一部が弾け飛んで舞う。が、それだけ。


「ならもう一回ッ!」


 鈍い音と共に岩が弾け飛ぶ。

 ガンガンガンッと何度も何度も何度も上から横から場所を変えて殴る。

 甲羅の上の岩が弾け飛び、側面の装甲がひしゃげる。


「オラッ! 出てこい!」


 まるでどこぞのミナミの借金取りのように頭の入口を殴り続けるが、甲羅に凹みやヒビが入ってはいっても破壊するには至らない。

 そうこうしている内にどんどんこちらの体力も消耗していく。


「硬すぎる! キリがない!」


 こうなりゃこいつの職場に乗り込んで――じゃなくて、ライトボールでも使ってみようか?


「おいっ! なにやってんだ! 早くひっくり返せ!」

「えっ?」


 どうやら僕がガンガンやっている内に後ろを歩いていた冒険者パーティが追いついてきたらしい。


「ロックトータスに正面から殴りかかるヤツがあるか! 炎魔法がないなら俺達がやる!」


 う~ん……。仕方がない。

 このままこのロックトータスとやらの相手をしていてもキリがなさそうだし、彼らに譲ることにしてシオンを掴んで後ろに下がった。

 それを了承ととらえたのか、彼らの中で鎧を着た男二人が一気にロックトータスとの距離を詰め、その体の下に指を入れる。


「せーの!」

「おいさ!」


 そして二人はタイミングを合わせて一気に持ち上げ、ロックトータスをゴロンとひっくり返した。


「やれっ!」

「いくよ! 離れて! 炎よ、燃え上がれ《フレイム》」


 女性の冒険者が手を掲げ、魔法を発動した瞬間、彼女の手から放たれた小さな炎の玉がロックトータスの甲羅に直撃。そこから火柱が上がる。


「グォォォォ!」


 それはまるで火にかけられた土鍋。

 ロックトータスは手足をバタバタさせ、起き上がろうともがいていたけど、すぐに動かなくなってしまった。


「あっけない……」

「キュ……」


 あんなに硬くて手こずったのに火属性魔法なら一発か……。

 今の僕には火属性魔法は使えないし、あの巨体をひっくり返すことも難しい。ライトボールを使ってもあまり意味はなかったと思う。ホーリーレイなら効いたかもしれないけど、それはこの場では使えないから意味がない。

 これは相性的なモノなんだろうけど、単純に火力不足とも考えられる。仮にこれがボロックさんとかゴルドさんなら単純にパワーで叩き潰していた気もするしね。


「おっ?」


 そうこう考えていると光が渦巻き、女神の祝福を得た。

 これで三九回目だったろうか。レベルで言えば四〇レベルだろう。

 そこそこ上がってきた気もするけど、こうやって勝てないモンスターを見てしまうとまだまだな気がするね。

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