ヒーラーの成長編
迷宮都市エレムとエレムのダンジョン
第62話 新たな旅の始まりは、尻の痛みから
「うっ……」
馬車の車輪が大きめの石にでも乗り上げたのか、お尻にドカッと大きな振動が響き、思わずうめき声を上げてしまう。
何時間乗ってもこの振動には慣れそうにない。宿屋を取ったら尻にホーリーライトをぶちかまさないと尻が四つに割れそうだ。
今、僕は乗合馬車で西へと移動していた。
左右から向かい合うように作られた木製の座席に座り、屈強な冒険者と向かい合いながら揺れに耐える。
この木の箱のような乗合馬車には窓なんてない。馬車の前方と後方に人が通れる出入り口があるだけだ。なので、薄暗い車内で対面に座るむさっ苦しい冒険者だけが僕が楽しめる風景の全てなのだ。
「……」
思わずため息が出そうになるも、何とか飲み込む。
まぁ、その対面の冒険者も似たような事を思ってるのかもしれない。
なんたって、今この乗合馬車に乗っているのは、全員むさっ苦しい野郎共なのだから。
さて、何故、乗合馬車に乗っているのかと言うと。最初は歩いて西の方の町を目指そうとしてたら、ダンに全力で止められたからだ。
次の町までは歩いても日が暮れるまでに到着すると聞いていたから大丈夫だろう、と考えていたけど、確かに一人でいる時にモンスターの群に襲われたらヤバそうだ。フォレストウルフぐらいなら何とかなるかもしれないけど、それより上のモンスターだと分からない。
ふと、ランクフルトでの事を思い出した。
パーティの皆に僕の気持ちを話した後、僕は翌日から旅の準備に取り掛かった。
小さな鍋を買ったり、保存食を買ったり。そして顔見知りにも挨拶し、ギルダンさんにも報告した。
ギルダンさんにパーティから抜ける事を言うと、「そうだろうな」と言われた。僕が驚いていると、「見えてるモノが違うんだ。何れそうなる事ぐらい俺にでも分かる」と、彼は言葉を続けた。
暫く何も言えなかった。
難しい話だと思った。
深い言葉だと思った。
今の僕には、その言葉の意味を完全に理解出来ているとは言えないけど、僕はその言葉をしっかりと心に刻んだ。
そして皆ともちゃんと別れの挨拶をして、僕は正式にパーティを抜けた。
「町に着いたぞ。降りる準備を」
前の御者席に座る老年の男の言葉で前を見ると、出入り口の隙間から町の建物が見えた。
◆◆◆
「一泊晩飯付きで銀貨五枚だ」
町の門を入ったところで停まった乗合馬車から降り、表通りにある宿から適当に良さそうなのを選んで入ったらこうなった。
うっ高い、と一瞬思ったけど、銀貨五枚を払う。
この町はただの経由地だ。明日には次の町へと進むから長居するつもりはない。なので色々と探し回るより妥協する方を選んだ。
宿屋の親父から部屋番号が書かれた木の板を受け取り、そのまま宿の外へと向かった。
外に出て空を見上げる。
太陽の位置からして昼過ぎ頃だろうか。地球感覚で言うと午後の一時か二時ぐらい。最初に予想してたより早く着いた。
乗合馬車は、乗ってみると僕達が護衛していた商人の馬車より明らかに速かった。大体、人が軽く走る程度だろうか。なので護衛の冒険者も一緒に乗っていた。まぁ、だからあれだけむさ苦しくなったのだけど……。
出来るだけ多くの荷物を運ぶ事が第一な商人の馬車と、人を乗せて移動する事が目的の乗合馬車とでは色々と考え方が違っているのかもしれない。
そんな事を考えながら町の中を歩いていく。
この町は、町と言ってもランクフルトとは比べ物にならないほど小さい。むしろ村と言ってしまってもいいのではないかと思う。規模的には南の村とそんなに違わない気がする。それでも街道の宿場町として賑わっているのだろう。人の往来や活気という面では南の村との大きな違いを感じた。
街道沿いの店や屋台を冷やかしながら歩く。
何かのスープを売っている屋台や、肉や腸詰めの串焼きを売っている店もある。
見た感じ、売っている物はランクフルトと大きな違いはないかな。
試しに腸詰めの串焼きを売っている屋台で一つ買ってみた。
「一つ下さい」
「はいよ! 銅貨三枚だ!」
銅貨三枚を渡し、焼かれた腸詰めを受け取る。
少し高いけど、まぁ誤差の範囲内だろう。
ちなみに、僕はこの世界の通貨を、銅貨=一〇〇円、銀貨=一〇〇〇円、金貨=一〇〇〇〇円と勝手に考えて計算している。そちらの方が分かりやすかったからね。勿論、物価の違いは大きすぎるので完全に当てはめる事は不可能だけど。
受け取った腸詰めを一本かじってみる。
「……うーん……悪くはないけど」
森の村では臭み消しとして何かのハーブが使われていたけど、ここのは腸と塩と肉のみ。……いや、基本の腸詰めってそういう物なんだろうけどさ……。何の肉で作られているのか知らないけど、やはり肉の臭みがあるからクセが強い。慣れればこのクセが逆に良く感じるのかもしれないけど、個人的には臭み消しのハーブは必須だと思う。
何とか全部食べ終わって一息つく。
宿と腸詰め。この町は値段と質のバランスが悪いような印象が僕の中に生まれてしまった。
「まぁ、まだこの町に来たばかりだし、これだけで判断するのは良くないか」
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