第63話 ホーリーアースと聖石

 色々な場所を冷やかしながら歩いたけど、何も変わった物はなく、もうそろそろこの町の探索はいいかな、と思い始めた頃。本のマークの看板を見付けた。

 店構えは他の店と似た感じで、木造の建物でガラス窓はない。大きさは他の店とは違い、半分ぐらいだろうか。

「あれっ……これって本屋、だよね?」

 ちょっと驚いてしまった。ランクフルトでは北側の高級な店が建ち並ぶ区域にあった本屋がこんな小さな町にあるのだから。

 こんな場所でやっていけるのだろうか?

 それにしても……。

「やっぱり小さい町でもちゃんと見て回らないとダメだな……」

 人、物、金は然るべき場所へと集まってくるように出来ている。

 大きな町が大きな町なのにはそれなりの理由があるし、小さな町が小さな町なのにも理由がある。そしてランクフルトの本屋が高級エリアにあった事にも理由がある。だから小さな町にはあまり物は集まってこないだろうと考えていたし、本屋など特殊な店は小さな町にはないと思っていた。けど、こういう発見があるなら考え方を改めなくてはいけないのかもしれない。


 ドアノブを回して店の中へと入る。

 一歩踏み出した靴底が木の板で出来た床を踏み、コツリと硬質な音を立てた。

 後ろ手にドアを閉め、コツコツと音を立てながら店の中を見ていく。

 店の中は、左右の壁の本棚にずらりと本が並び、店の中央に背中合わせで本棚が一列に置かれ、その中にも本が並んでいる。そして最奥にカウンターテーブルがあり、赤茶色いローブを着た老婆が椅子の背に体を預けながら本を読んでいた。

 彼女は、店の中に入ってきた僕をちらりと横目で確認すると、すぐに目線を本へと戻す。

 これは、欲しい本は勝手に探せ、という事なんだろうか? と勝手に解釈し、左手の棚の端から順に見ていく。

 定番の植物図鑑、モンスター図鑑、そして英雄の伝記。それらの本をさらっと背表紙だけ見て不要と判断し、例の本を探す。

 何冊か興味が湧く本もあったけど、やはり背負袋一つで旅をしている身としては大きな本を持ち歩きながら旅をするという事に色々なデメリットを考えてしまう。

 魔法袋という、見た目の容量以上に物が入る魔法の入れ物がある事は、例の白い場所でも、そして実際にこちらで話を聞いて、その存在は確認している。しかし希少らしく、今の所、僕は現物を見たことがないし、詳しい性能も分からない。

 もしその魔法袋があれば、実用的な本を何冊か買ってみてもいいかもしれない、とは思っているけど、どうやって手に入れればいいのか、現状その糸口すら掴めていない。

「……」

 ため息を飲み込みながら最後の棚を調べていくと。

 それはそこにあった。


“ホーリーアースの魔法書”

“神聖魔法の魔法書”


「あっ……えっ?……」

 思わず声を出してしまい、慌ててカウンターの中の老婆を見るも、読書に熱中しているのか、特に気にしていないようだった。

 ほっと胸をなで下ろし、本棚からホーリーアースの魔法書を手に取り、もう一度ちゃんと見てみる。

 手には何かで魔法書とつながっている感覚があり、そしてホーリーアースの魔法書という言葉と、神聖魔法の魔法書という言葉が頭の中に浮かんでいる。

 情報を整理しよう。

 まず、この不思議な鑑定能力で得られる情報が増えた。

 触った感じからして、これは例の魔法書で間違いない。

 そして神聖魔法の魔法書という言葉。

 これは……そういう事でいいのだろうか?

 ここにきて、やっと僕が使っていた魔法の総称が分かった、という事でいいのだろうか?


 色々と考えながらカウンターへと本を持っていく。

「すみません。これを……」

「なんだ、買うのかい。しかしあんた、本の中身を確認していなかったが、後で文句を言っても返品は受け付けないからね」

 いきなりそう言われて一瞬、言葉に詰まる。

 まさか見られていたとは。

 中を確認してしまうと魔法書を使用してしまうので出来ない。なので当然ながら中は確認していない。

 何か言い訳を……と思うも、テンパってしまったのか上手い考えが浮かばない。

 どうしよう? えぇっと……うーん……。

「えぇ……まぁ、この本で間違いないと思うので……」

 結局、適当に返事して誤魔化してしまう。

 老婆は「そうかい。ならいいんだがね」と言いながら本を開いて中をパラパラとめくる。当然だが、条件を満たさない人が魔法書を開いても何の効果も起きない。

 本をめくる老婆の眉間にシワが寄る。

「はて……こんな本、この店にあったかいね……」

 老婆はそう言い、顎に手を当て考え込んだ。

「あんた、この本は何の本なんだい? 私には何が書いてあるかさっぱり理解出来ないんだがね」

 老婆の、その予想外の質問に、背中にドッと冷や汗をかいた。

 これ、どう返せばいいんだ? 何と言い訳するのが無難だ? と言うか、この本を売ってるのはお婆さんの方ですよ! 何で僕の方が聞かれてるんですか!?

「いえ、あの……研究で使う物なので……。ところで、それ、いくらですか?」

 また適当に返事して、強引に話を終わらせに行く。

 他に上手い方法も思いつかないし。

「ふぅむ……まぁ研究に使いなさるなら言えない事もあるさね。値段は……。そうさね。金貨四枚ってところかね」

 僕は背負袋から金貨四枚を抜き出してカウンターに置き、魔法書を受け取って背負袋に突っ込んだ。

 そして「では、これで」と言い、足早に店を立ち去った。

 最初は少し値切ろうかと思っていたけど、そんな事より少しでも早くこの場所から立ち去るのが賢明だと判断した。

「まぁとりあえず、無事にこれが手に入って良かった、かな……」



◆◆◆



 そのまま宿に戻り、部屋に入る。

 背負袋から魔法書を取り出して、もう一度じっくりと見た。

 そして、ホーリーアースの魔法書、という言葉と、神聖魔法の魔法書、という言葉を確認する。

 しかし、ホーリーライト、ホーリーウインドと来て、そしてホーリーアース。これはもしかして、ホーリー+六属性の魔法が存在しているのだろうか? でもホーリーダークというのは想像しにくいし、どうなのだろう?

 まぁ、考えても今は分からないだろうし。長い人生、いつかは分かる日もくるさ、と考えながらホーリーアースの魔法書を開く。

 はらりはらりと一枚一枚ページをめくって読み進める。そして最後のページを読み終わった時、魔法書がパラパラと燃え落ちた。


「……うーん。聖なる石を、作る? 土?」

 ホーリーアースの情報が頭の中に流れ込んでくるけど、イメージが上手くまとまらない。

「まぁ、とりあえず使ってみるか……ここで使っても問題はなさそうな気がするし」

 そう簡単に考え、右手を前に掲げながら呪文を詠唱する。

「神聖なる大地よ、その息吹をここに《ホーリーアース》」

 その瞬間、体の中を駆け巡っていた魔力が右手から噴き出し、それが右手の手のひらの前に集まり、凝縮されていく。流れ出す魔力が僕の全魔力の半分を超え、そろそろマズいんじゃないの? と思い始めた頃、魔力の放出が止まり、手のひらの前から何かが床に落ち、コツンコツンと床で跳ねた。

 慌ててそれを探して拾い、目の前まで持ち上げてみる。


“聖石”

“聖なる力が宿る石”


 その瞬間、頭の中にその言葉が浮かんだ。

「……マジか。うーん、これは……いや、何と言えばいいのか……いや、どうなんだろう?」

 色々と思う事、思いついた事、考える事、考えなければならない事、色々と浮かび、何とも言えなくなる。

 それ、は。その石は、直径一センチほどの球体で、虹色に輝いている。輝いているだけで、光は放っていない。説明するのが難しい石だった。

 ホーリーライトを使った時の輝きに似ているな、と少し思う。


 それから暫く、この聖石を眺めていた。

 女性が綺麗なアクセサリーをずっと眺めている時の心境に近いのかもしれない。

 虹色に輝くこの聖石を、角度を変えたり、光に透かしてみたり、手のひらで転がしてみたり、色々といじりながら観察する。娯楽に乏しいこの世界で面白そうな物体を発見してしまい、興奮してたのかもしれない。

 そうやって色々と観察していて、ふと気付く。


「あれ……もしかして、これってあれに使えるんじゃ?」

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