第87話 メシ&メシ
酒場に着き、カウンターの空いている席に座る。
「マスター、これ」
「はいよ」
マスターを呼び、部屋番号が書かれた板を見せると、彼は壁に掛かっている僕の部屋の部屋番号が書かれた板をくるっとひっくり返し、大鍋から木の器にシチューをガバッと注ぎ、大きな籠に入っていたパンを一つ掴んで皿に乗せて、それらを僕の目の前に置いた。
そこから漂ってくる匂いだけで口の中が大変な事になってしまう。
その口の中に急かされるように黒いパンをちぎり、ブラウンのシチューに浸してから口の中に放り込んだ。
……うん、旨い。濃厚な肉の旨味とハーブの香りとしっかりとした塩の味、そしてもしかすると何かのスパイスも入っているかもしれない。
ここの宿には、ダンジョンの一六階から一八階を安定して進めるようになってから移ってきた。以前は東門近くの宿だったりダンジョン近くの裏通りにある安めの宿に泊まっていたけど、Dランク帯のモンスターを安定して倒せるようになった事で収入も安定してきたので表通りにあるミドルクラスの宿にしたのだ。
値段は一人部屋で銀貨五枚だけど、その価値はあったと思う。
表通りでダンジョンに近くて治安も良いし、部屋にも机と椅子が用意されていてベッドも綺麗だった。そして何より、メシが旨い。パンもその日に焼いているから柔らかい。
この世界では、何故か高ランクのモンスターから採れる食材ほど旨い傾向にある。なので高い店はそれに合った高ランク食材を使っているので味が良くなりやすい。このシチューもDランクモンスターの肉か、もっと高いランクの肉を使っているはずだ。
だから他と同じようなシチューでもランクが一つ上の味になっている。
しかし……もしかすると、そういう構造があるからこそ、この世界の料理が発展していないと言うか、シンプルな料理が中心になってしまっているのかもしれない。なんて事を最近は思うようになった。
今のところ、僕がこの世界で食べている料理のほとんどは、シチュー、スープ、パン、串焼き肉、腸詰め、乾燥肉、燻製肉など、大体こんな感じだろうか。調理方法は非常にシンプルで、焼くと煮るがほぼ全て。もっと高級な店になれば色々あるのだろうとは思うけど、やはりバリエーションが少ない。
単純にランクが高い素材を使えば料理が旨くなる、というルールが見えてしまっているからこそ、料理が旨くない=素材のランクが低い所為、という結論に達してしまい、試行錯誤の機会が減って料理の発展が阻害されているのではないか? という気がしないでもない。
「マスター、ちょっと良い葡萄酒と串焼き」
「はいよ。銀貨一枚ね」
空腹すぎてすっかり忘れていた追加注文を行い、銀貨をカウンターに置く。
マスターはその銀貨を回収すると、若い店員に「おい」と一言だけ指示を出し、厨房で準備を始めた。
マスターが串を焼いているのを見ながらシチューをすすっていると、酒場の奥の方で男の声がした。
「おっしゃ! じゃあ俺がすげぇ魔法で水を入れてやるよ」
「おいこら、新しい魔法を覚えられて嬉しいからって調子に乗るんじゃない」
「いいじゃねぇか、どうせアレだろ。やらせとけやらせとけ」
「黙って見とけ! いくぞ! 水よ、この手の中へ《水滴》!」
何となく叫んでいる男の方を注目していると、前に突き出されていた男の右手のひらから一センチほどの水滴が現れ――
――ぴちゃっとテーブルに落ちた。
「……だから言わんこっちゃない。お前は魔法の才能ないだろうが」
「ギャハハハハ! おもしれぇ!」
「うるせぇ! くそっ! 水属性の才能はあるのに!」
「それも少しだけなんだろ?」
その後もガヤガヤと騒ぎ続ける彼らをちらりと見ながら食事を続けた。
彼が使ったのは生活魔法の水滴だ。メルもよく使っていた。
……しかし、魔法の適正がない……というのは恐らくINTなどが低くて威力が出ないのだろうけど。属性に適正があって魔法を覚えられてもまともに使えない、ってのはある意味で残酷かもしれないな……。
そう思いながらパンをちぎっていると、「串焼きと葡萄酒だ」と言いながらマスターがカウンターにそれらを置いていった。
素早く串焼きと葡萄酒を受け取り、さっそく串焼きを口に突っ込む。
「旨い……」
肉が焦げた香ばしさとスモーキーな香り、肉汁がじゅわりと口内に広がった。
一回、二回、三回、と咀嚼していくと、どんどん口の中に肉汁が溢れていく。そして舌先にガツンと響く塩味と、ピリッとアクセントを加える何かの香辛料。
やっぱりここの宿は良い肉を使っている。調味料もケチってない。Dランクのエルシープ肉は食べた事があるけど、それより旨い。やっぱりCランクの肉を使っているのだろうか? それとももっと上かな?
色々と考えを巡らせつつも舌に意識を集中させ、この味を楽しむ。そして葡萄酒を左手で持ち、ガブリと飲む。葡萄酒の酸味が肉汁を洗い流し、口内がリセットされた。
一瞬、肉汁による幸せな時間が終わってしまったかのように感じ、残念だな、と思った。しかしそれは間違いだ。幸せな時間はまだまだ続くのだから。
僕は右手に持っていた串焼きを、また口へと突っ込んだ。
そのままモグモグモシャモシャやっていると、左隣の男が何かゴソゴソし始めた。
何となく少し気になり、ちらりと横目で伺っていると、男がいきなり呪文と唱えだす。
「火よ、この手の中へ《火種》」
すると男の右手の指先から直径二センチほどの火の玉が現れ、そして男は左手から取り出したナイフを皿の上にあった三センチほどの黄色い塊に刺して持ち上げて火の玉の上にかざした。
暫くすると、黄色い塊がプクプクと泡立ち、とろりとして垂れそうになる。男はナイフを器用にクルクルと回転させて垂れてくる部分を巻き取りながら尚も炙り続けた。
やがて黄色い塊が丸く形を変えていき、隣にいる僕にも良い匂いが届き始めた頃、男は火の玉を消し、とろっとろに解けたソレをパンに塗りつけた。
……これは、もしかして。
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