第308話【閑話7】酒場の三人
「最近、どうだ?」
「聞くなよ、そんなもん。分かるだろ」
酒場の片隅で気の抜けたラガーをチビチビと舐めるように飲んでいた男らが話をしていた。
「鉱山が止まってから客も減っちまったしよ」
「そこに増税だもんな」
「なに考えてんだ! って話だよな」
一人が熱くなって勢いでテーブルを叩く。
すると近くを歩いていたウェイトレスが一喝した。
「ちょっと! 暴れるんなら叩き出すからね!」
「わ、悪かったよジニー……」
男は、今度は小さくなり、ラガーに口をつけてごまかした。
「まったく……カップ一杯で長居するのを大目に見てあげるのはウチくらいなんだからね。たまにはもう少し注文してよ」
「感謝してるって。な?」
「あぁ、勿論だ!」
「聖なる白馬亭はこの町最高の店だぜ!」
そう言って男らはまたラガーをチビチビ舐める。
「はぁ……まったく」
「それぐらいにしとけ、ジニー」
「お父さん……」
「今日も寄らせてもらってます! ブライドンさん!」
ブライドンは手に持っていた皿を男らのテーブルに置いた。
「俺からの奢りだ。残り物だがよ」
「マジっすか! いただきます!」
「流石、ブライドンさんっす!」
「旨い!」
男らはモグモグと凄い勢いで食べていく。
さっきまでチビチビ飲んでいたのとは別人のようだ。
「もう……そこまでしなくていいのに」
「ジニーの幼馴染なんだ、大事にしないとな」
大きな町では区画ごとに同年代の子供達が集まるようになり、必然的に仲良くなっていく。
そうして誰もが大人になっていき、地域に仲間意識と団結力が育まれていくのだ。
「それに困った時はお互い様だろ? こいつらだって好きでこうしてるわけじゃない。この不況で家業が傾いて仕事がないからこうしてるだけだ」
「それは、分かってるけど……」
「まぁ聞け。この『聖なる白馬亭』はな、聖女ステラ様とその愛馬のユニコーンにあやかって付けられた名前だ。聖女様のようには無理かもしれねぇが、人々に希望を与えられるような店にしたいという意味が込められているんだぜ」
「もう……それは何度も聞いたし」
「そうだったな……。でもよ、一皿の串焼きで人々に希望を与えられるなら、安いモンだと思わねぇか?」
隣でモグモグ食べてた男らが「確かに希望は貰いましたぜ!」とか「希望GETだぜ!」とか「ヒャッハー!」とか叫んでいる。
しかしジニーがキッと睨むとスッと大人しくなった。
「確かに、そう、かもね」
「だろ? 希望なんて案外そこらに転がってるもんなんだぜ」
希望とは、例えそれが小さくても、あるのとないのでは大違いなのだ。
ブライドンはそれを娘に覚えておいてもらいたかった。
自分の後は店を継ぐであろう娘に、その『聖なる白馬亭』の理念だけは受け継いでもらいたかった。
「ブライドンさん、お客さんが来てますよ」
「あぁ、今行く」
宿の店番をしていた店員に呼ばれ、ブライドンは宿の入口に向かっていく。
それを見送り、ジニーは少し考えていた。
「人々の希望、ユニコーンか……」
自分にも、そんな希望を与えられるような店が作れるだろうか。
不安に思いながらトレーを抱きしめる。しかし答えは出てこない。
「おっ? どうした?」
「ハグの練習か?」
「えっ! ジニー、もしかして好きな人でも出来たのか?」
相変わらず隣の幼馴染らは口が減らず、ジニーはトレーを振り上げたのだった。
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