第26話 ホーリーライトはチートの香り
「……!!」
ドンドンと階下で大きな音がして、誰かが叫んでいる声がする。
あれからダンジョンを出て、ギルドで換金し、いつものように資料室で本を読んでいた。
この世界に来てから毎日欠かさず行っている日課とも言うべき読書タイム。その今までの記憶を探ってみても、いつも夕方になると他の冒険者が帰ってきて賑やかにはなっても、こんなに騒がしい事はなかった。
さて、何だろうか? 少し気になる。
読んでいた本を閉じて棚に戻し、一階へと向かった。
一階へと下りてみると、緊迫した空気が漂っていた。
「誰か! ポーション持ってない!? 回復魔法を使える奴でもいい!」
と、猫っぽい耳が頭の上にある獣人族らしき女性が叫ぶ。
その彼女の足元には鎧を着た戦士っぽい普人族の男性が腹から血を流しながら倒れ込んでいる。
周囲の冒険者やギルド職員も「何だ、どうした」と集まっているが誰も名乗り出る者はいない。
「な、何でよ! 誰か一人ぐらい持ってるでしょ! お金ならちゃんと払うから! 早くしないとダンが死んじゃう!」
叫んでいる獣人族の女性の前に一人の男性が進み出る。ハンスさんだ。
「悪いがよ、嬢ちゃん。この村にそんな深い傷を治せるポーションを常備してるような冒険者はまずいねぇんだ。まず必要ねぇからな。当然、店にも置いてねぇ。それに神父の爺さんも高齢で大きな魔法も使えん。残念だが……」
「そ、そんな……」
場が静まり返り、暗い雰囲気が辺りを支配する。
うーん……話を聞いていて大体の状況は分かった。
まさかここに回復魔法を使える人がいないなんて。
資料室で読んだ本によれば、回復魔法を使える人は少ないながらもそれなりにいて。教会なら回復魔法を使える人が常時数人はいるし、町の中にもそれなりの数がいると書かれていた。特に上級者のパーティなら回復魔法を使える人ぐらいいて当たり前だとか。
それならこの村にも一人ぐらいは回復魔法を使える人がいるだろう、と思っていた。しかし現実にはそんな人はいなかった。
まぁ“僕を除けば”、ではあるけど。
つまり本は何も間違っていなかったとも言えるわけだけど……。
いや、ハンスさんは、神父のお爺さんは高齢で大きな魔法が使えない、と言ったんだっけ。じゃあ深い傷を治すような大きな魔法が使えないだけで普通の回復魔法は使えるのかもしれないか。
――さて、そんな事よりも問題はこれから僕がどうするかだ。
僕は回復魔法が使える。でもこの魔法は普通の魔法とは何かが違う気がする。そんな予感がするんだ。人前で使うと悪い意味で目立ってしまうかもしれない。それで何か面倒事が起こったとしても、今の僕には切り抜けるだけの力はない。
今の僕は人より基礎能力に恵まれていて、武術がまあまあ出来て、変わった回復魔法が使えるだけの冒険者でしかない。レベルアップで能力がアップするという概念があるこの世界では、才能があってもレベルが低ければ能力は低いはずだ。
はっきり言って、今の段階で目立つのは得策ではない。目立つ事は極力控えたいんだ。
そもそも僕の回復魔法にどれだけの効果があるかなんて試した事がないからわからない。回復魔法の回復力を計るために自分で傷を作るなんてしたくなかったから、練習の時は無傷の自分に使っていただけだし。下手をすると彼等に期待させるだけさせて助けられず、ただ僕が魔法を使って目立つだけに終わるという最悪の展開もあり得る。
しかし――
目の前で今にも死にそうな彼を、助けを求める彼女を、見捨てて平気な顔をして黙っている事が出来るか? と聞かれれば……。
それは無理だ、と言うしかない。
僕の心はそこまで強くはない。
ここで何もせずに彼を見捨てたら一生心に残ると思う。
結局のところ、やるしかないのだ。
「っ…………ふぅ」
大きく息を吸って、そして吐く。
これだけの事を決断するだけのために、これだけの事を考えてしまった。この一分一秒を争う状況でだ。
物語に出てくる主人公達なら何かを考える前に彼を助けただろう。
しかし僕にそんな事は出来そうにない。
「物語の主人公にはなれないな」と小さく独り言ち、一歩を踏み出した。
「すみません。ちょっと通して下さい」
意を決して、人ごみをかき分けて進む。
何人かにどいてもらい、倒れている人の元へ駆け寄った。
「回復魔法が使えます。助けられるかどうか分かりませんが、やってみます」
「ほんと!? 何でもいいからお願い!」
「お、おい坊主、回復魔法なんて使えたのか?」
ハンスさんが何か言ってるが、とりあえず無視して集中する。
これからやる事はかなり集中力が必要だし、時間もない。
彼の前で両膝を付き、目を閉じて体の奥底にある魔力に意識を集中し、その魔力をゆっくりと右手に移動させる。そしてゆっくりと、確実に、心の中で詠唱する。
(神聖なる光よ、彼の者を癒せ)
すると、手から杖へと魔力が流れていき、杖の先端に魔力が集まる。
いける! 成功してる! あとは上手く発動させるだけだ!
僕は心の中でトリガーとなる発動句を唱えた。
頼む! 上手くいってくれよ!
(ホーリーライト!!)
その瞬間、起こった事は劇的だった。
僕が握っていた杖の先端がキラリと光ったかと思うと、倒れていた彼に光が降りそそぎ、傷口付近が光り輝き始める。
苦しそうに脂汗を浮かべながら顔をしかめていた彼の表情がやわらぎ、何となくその手応えで彼の傷が治っているのが分かり、僕は魔法が成功したと確信した。
光が徐々に収まっていく。
「……」
「……」
「……」
沈黙が辺りを包んでいる。
僕がこの村にいる間にやっておきたかった事。それがこの、ホーリーライトの無詠唱化だ。
珍しい魔法? を使って目立ちたくはない。しかし場合によっては使わなければいけない場面も出てくるはずだ。ならば呪文の詠唱ををせず、効果だけを引き出せば何の呪文を使ったのか判別出来ないのではないか? と考えて必死に練習して会得した結果がこれだ。
まさかこんなにも早く披露する機会に出くわすとは思わなかったけど……。
やり方に関してはギルドの資料室にあった魔法の教本に曖昧ながら書いてあったので何とかなった。要するに心の中でしっかりと詠唱する事と術のイメージ、そしてセンスが重要だとか何とか。
それで無詠唱自体は割とすんなり会得出来たけど、《ホーリーライト》と言う発動句を無くすのにはかなり手間取った。
面白い? のが、ホーリーライトの無詠唱化には成功したのに、他の魔法の無詠唱化には成功してない事。光源の魔法ですら成功しない。
「……」
大きく吸っていた息を吐き出す。
周囲を見回してみる。
そこには大分すると二種類の人がいた。何かに驚いたと言うか圧倒されたというような顔をしている人と、横にいる獣人族の女の子のように僕の方を見て僕が何か言うのを待っているような人だ。
僕は立ち上がり、獣人族の女の子の方を向いた。
流石の僕も皆が何を待っているのか分かっているつもりだ。
「成功です! 治りましたよ」
僕がそう言った瞬間、ギルド中から歓声が沸き起こった。
獣人族の女の子からも。受付のお姉さんからも。集まった冒険者達からも。
そして僕は、自分がやった事が間違いではなかったと、心からそう思った。
「無詠唱? いや発動句まで破棄してたぞ……。つーか回復魔法ってあんなすげぇのだったか?」
皆の歓声の中で聞こえたハンスさんのつぶやきに、僕は一人、冷や汗をかいたのだった。
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