第27話 盃で、語り合うのが、この世界
「それじゃあ、乾杯!」
「乾杯!」
彼女の音頭で僕達と、そして酒場中の冒険者達も木製のカップをぶつけ合う。
あれから、騒ぐ冒険者達に揉みくちゃにされたり色々あったが、怪我をした彼が目を覚ましてから酒場へと皆でやってきている。
「よしっ! じゃあ改めて自己紹介するわね! 私はメル。ダンとラキとパーティを組んで活動しているの。さっきは本当にありがとうね。あのままだったらダンは死んでたわ! それでこっちがその死にかけてたダンで、パーティでは剣士でリーダーをやってるの。そしてこっちがラキ。ラキは弓を使ってるわ。それから――」
「いやいや、ちょっと待てって! お前、一人で全部説明すんなよ! せめて自己紹介ぐらい自分でさせてくれよ」
そう言いながら、ダンと呼ばれた青年がメルを止めて自己紹介を始めた。
ダンは身長が一八五センチほどの人族の青年で、今は普通に布の服を着ている。鎧とかは血まみれだから着替えたらしい。さっきは床にぶっ倒れていたから分からなかったが、僕よりかなり大きく感じる。ガッシリした体格だから余計にそう見えるのかもしれないが。
メルは身長一六〇センチほどの猫人族の少女で、髪は肩に掛からない程度に切りそろえられている。そしてよく見ると頭の上側に耳が付いていて、本来人間に付いている耳の位置には毛が生えていて、かわいいけど地球人としてはちょっと違和感を覚えてしまう。
今までも獣人族の人と出会う機会はあったけど、あまりジロジロ見るわけにもいかず、こんなに近くではっきりと見たのはこれが初めてだった。
まぁ少しずつ慣れていくしかないか。
最後にラキは身長一七五センチほどの人族の青年で、あまり口数は多い方ではないらしく、彼の自己紹介でもまたメルが補足してくれた。
全員、この村の北にあるランクフルト出身で幼馴染。ダンが一九歳、メルが一六歳、ラキが一七歳らしく、出身地のランクフルトを中心に活動しているそうな。
という事は、今の僕は年齢を一五歳に設定したから全員が僕より年上って事になるのか。うーん……少し複雑な気分。
三人の自己紹介が終わって僕の番になった。
さて、何を話すべきなのか。
「えーっと、僕の名前はルーク。武器……というか特技は魔法になるのかな?」
うーん……自己紹介と言っても、話す事、話せる事があまりない……。下手に喋りすぎるとおかしなことを言いそうで怖いし。
「へー、じゃあやっぱりその見た目通り魔法使いなんだな。ところでパーティのメンバーはこの中にいるのか? 出来れば一緒に紹介してほしいんだが」
そう言ってダンは酒場の中を見回し、そして親指で酒場の中を指す。
酒場の中はいつも以上に大盛り上がりだ。勿論、話の種は僕がさっき使った回復魔法の事についてだけど。
「いいや、パーティはまだ組んでないんだ。今は良いパーティを探すかソロでやっていくか考えてるところ」
僕がそう言うと三人は驚いたような顔をする。
「いや、ちょっと待て。パーティを組んでない? 魔法使いで冒険者やってるんだろ? ソロでやろうとしてるのか?」
「えぇ!? それ本気なの?」
彼等のその反応に少し驚いた。
僕が何かおかしな事を言ったようで。何と言えばいいのか、僕の中の常識と彼等の中の常識との間にズレがあって、何かが噛み合ってないような感じがする。
「えぇっと……ソロだと何かおかしかった?」
何とかこの常識のズレを埋めておいた方が良いような気がして聞いてみた。
今まで僕が見てきた限りではソロの冒険者は何人もいた。ハンスさんもソロだったはず。彼は朝方に一人で依頼を受けに来て、夕方にはふらっと一人で帰ってきてたのを何度か見た事がある。なのでソロの冒険者というのはおかしくないはずなんだ。
それともやはり魔法使いでソロってのがおかしいのだろうか?
「いや、何がマズいって……武器持って前で戦う気がないからそういう格好をしてるんだろ?」
そう言ってダンは僕の服を見た。
ダンのその言葉にメルとラキもうんうんと頷いている。
うーん……何だかよく分からない。根本的なところから何かが噛み合ってない気がする。
その後、もう少し突っ込んで話を聞いてみて、何がおかしかったのか、何がズレていたのか、おおよそ理解した。
僕にとって常識の崩壊と言うか青天の霹靂とでも言うか……。いや、ちゃんと話を聞いてみると当然と言うか、何でこんな勘違いをしてしまっていたのか、と思うのだけど。
僕には、魔法使いという存在はローブを着て杖を持っている、というイメージがあった。多少の差はあれど色々なファンタジー作品での魔法使いとはそういう姿だったし。そう考える人は少なくないはずだ。
しかし、実際には、この世界では必要ないのだ。
杖もローブも。
そんな物はなくても魔法は使えるし、むしろ物理的な攻撃力と守備力を犠牲にしてまでそんな格好をする必要がない。
つまり鎧などでしっかりと守備力を上げ、剣や槍などの武器を持って戦い、必要な時に魔法を使えばいい。ただそれだけの話であり、冒険者にとってはそれが常識なのだ。
なのにわざわざ杖とローブの姿で冒険者をやっているという事は、最初から魔法以外の事を放棄してると思われても仕方がないし、そういうやり方だとソロでは無理だと考えるだろう。
例のあの白い場所でステ振りをした時、ゲームの時のような何かに特化した能力ではなく、色々な事が出来るようにするべきだと思っていたはずだけど。結局のところ、僕もまだゲーム世界や空想上のファンタジー世界のイメージに引きずられていたのかもしれない。
知ればなるほどな事実に打ちひしがれて若干、気分が落ち込む。
そりゃ雑貨屋のおっちゃんにも一発で初心者だと見抜かれるし、ハンスさん含め冒険者にからかわれるよな……。魔法使いに憧れて形から入った初心者の小僧そのまま丸出しだし……。
そういや、よく考えたら光源の魔法を使った時は杖を使ってなかった。
それでも特に問題なく発動出来てたじゃないか……。
――って、いや待てよ。じゃあ何であの例の白い場所で〈冒険者セット〉に並んで〈魔法使いセット〉なんてモノが用意されてたんだ? それを選んだからこそ今こんな格好でいるんだぞ。意味がなくて誰もしない格好なら〈魔法使いセット〉なんて存在しないだろ。
……そう言えばダンも僕を見て魔法使いだと言ったじゃないか。ならこの姿は典型的な魔法使いなんだろうし、そういう人も普通にいるんじゃないのか?
と思って聞いてみると、あっさりと答えが返ってきた。
「そりゃあ杖を持ってローブを着て、魔法を使う事に特化した奴もいるさ。国に仕えているような魔法使いは、とにかく戦場でデカいのをぶちかます事が最重要だから他の事は求められてないし。あとは冒険者でも魔法以外はサッパリで、そうなる奴も少数だがいるし、そういう奴は必ずパーティで行動してる。つーかそういうのに憧れてその格好をしてたんじゃないのか?」
ダンに言われて思わず苦笑いしてしまった。
「別にそんなつもりはなかったんだけど。……まぁ何と言いますか、色々と成り行きでこうなっちゃって……。一応、武術の経験はあるから、その内、何か装備は整えるつもり」
そう言いながら薄い葡萄酒を飲む。
ちなみに、飲酒に年齢制限はないっぽい。少なくともこの村では、子供でも、当然大人でも飲んでいる。理由は中世ヨーロッパと似たような感じではないか、と推測している。要するに安心して口に出来る飲み物が酒と新鮮な果汁ぐらい、という認識なんだと思う。
僕が飲んでいる薄い葡萄酒は味もアルコールもかなり薄いけど、とにかく安い。
最初ここに来た時、マスターに水を貰おうとしたら、「そんなもんねーよ」と一蹴され、じゃあ何か安い飲み物をと頼んだら、これが出てきた。
これはまだまだ日本気分が抜けてないな、と考えさせられた出来事だ。蛇口を捻れば安心して生で飲める水が出て来るような環境が、高い文明によって実現していた事を実感させられた。
「ちょっと待って! 『一人で全部説明すんな!』……とか人には言っといて、後はダンが全部一人で喋ってるじゃないの! どういう事なの!」
と、怒りだしたメルを全員でなだめる事になったのは言うまでもない。
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