第292話 変化の兆し
そうして暫くの時が経ち、今日もいつものように冒険者ギルドで治療依頼をこなしていた。
肉の価格が高騰した後、冒険者が無理をしてでも狩りをするようになったおかげで冒険者の怪我が増え、僕の仕事も順調に増えていた。まぁ、それが良いこととは言えないのだけど。
「光よ、癒やせ《ヒール》」
冒険者の太股を斬り裂いていた怪我が治っていく。
「おぉ! やっぱスゲェな、回復魔法ってのは!」
「治るからって無茶しないでくださいよ。当たりどころが悪かったら死ぬし、死んだら治せないんですよ」
「分かってるって」
若い男はそう言いつつ銀貨を五枚置いていった。
「お疲れ様です。今日の依頼人はこれで全てです」
「分かりました」
冒険者ギルドを出て宿に向かう。
相変わらず町の景気は良くないらしく、閉店したのか冬だから閉めてるのか知らないが入口に木材が打ち付けられ誰も入れないようにしてある店もちらほら見える。
そんな寂しい町を雪をギュギュと踏みしめながら進み、町の広場に人だかりが出来ていた。
特に用事がなければ誰も出歩かない冬場に珍しいな。
近くにいたおばさんに話しかける。
「どうしたんです?」
「どうしたもないよ! 増税だってさ!」
「増税?」
人混みをかき分けて前に出ると、広場にあった掲示板に一枚の紙が貼り付けられていた。
それに近づいて紙に書かれた文言を読んでみる。
「えっと……税収の低下により国家運営が困難になったため、土地使用税を一律増額させることを決定した。個別具体的な税率については商業ギルドに通達してあるので各々確認されたし。か……」
僕が知る限り、この世界の多くの国では土地を持っていると毎年税金を徴収されるのが一般的らしいけど、それが上がるのか?
「どうすんだよ……。そんな金ねーぞ!」
「ウチだって最近は売上が下がってきてるのに……」
「こんな急に言われても困るわ……」
全方位から不満が聞こえてくる。
僕は土地を持ってないから払う必要はないけど、土地にかかる税金である以上、その土地で商売をやっている人は商品に価格転嫁するしかなくなるはず。つまり最終的には僕にもどこかで影響してくる――いや、この町に住む全ての人に影響してくるはずだ。
「このタイミングで増税?」
タイミングが悪すぎないか?
これからどうなってしまうのだろうか。
嫌な空気になりつつある広場を後にして宿に向かい、いつものように精神統一をしながら魔力を動かしたり、シオンと遊んだりして過ごし、夕食になり。
「おい、知ってるか?」
ブライドンさんが僕の前にごった煮を出しながらそう言った。
「なんです、いきなり」
「最近、聖女様が現れたんだってよ」
「聖女……様?」
「あぁ、ステラ教会の炊き出しに現れて無料で多くの人々を救ったらしいぞ」
ステラ教会……。炊き出し……。それってもしかしなくてもアレだろ、アレ!
「いやぁ、スゲェもんだぜ。なんでも酷い状態の足を治したり、切れた腕をくっつけたり、死んだブルデン爺さんを墓場から蘇らせたりしたらしいぜ!」
「いや、それだと聖女じゃなくてネクロマンサーだから! というか、ブルデン爺さんは冒険者ギルドの酒場で毎日元気に飲んでますから死んでませんって」
ツッコミどころが多すぎるぞ……。まず酷い状態の足を治したのは恐らく僕だし、切れた腕をくっつける魔法なんて使えないしさ。なんだか元の話に尾ヒレに背ビレに胸ビレがついて更に手足まで生えて完全に別の謎生命体にまで進化しちゃってるんだが、大丈夫なのか、この噂……。
「そう言われたらそうか。どうやら誰かが話を盛ったんだな」
「それちゃんと訂正しといてくださいよ」
「あぁん? お前に関係あんのか?」
「まぁ、炊き出しにはちょっとね」
ごった煮の中から肉を取り出し、シオンに与える。
「それより聞きましたか? 増税の話」
「あぁ、今の状態で増税されちゃ、流石にウチも値上げしなきゃならねぇかもな」
「……マジですか」
「最近は色々と変なことが多すぎるぜ。いつからこの国はこんなおかしなことになっちまったんだろうな……」
ブライドンさんのその呟きに、僕は答えることが出来なかった。
◆◆◆
それからまた暫くの時が経ち。炊き出しも何度か行われ、僕は基本的にいつもと変わらない生活を送っていた。
良くも悪くも変わらない生活。
炊き出しが行われる度にエレナが人々を治し、彼女が治せないような大きな怪我は僕が治していった。そして炊き出しが行われる度『聖女』の噂は大きくなり、炊き出しに協力してくれる人も増えた。
「若干、釈然としないところはあるんだよなぁ」
エレナが治せないような怪我は僕が治してるし、僕もそれなりに活躍しているのに『聖女』の名前だけが独り歩きして……歩くどころか飛んでいく。いや、別にそこまで目立ちたいわけじゃないからまったく問題ないんだけど、なんだか不条理さを感じてしまう今日このごろ……。
そんなことを考えながら冒険者ギルドへ出勤していると――
「道を開けろ!」
後ろからそんな声が聞こえて振り向くと、遠くに同じ格好をした一団が見えた。
道の端に避け、それを見送る。
「国軍だ」
「どこに行くんだろうな?」
「いつもの冬季演習だろ」
周囲の人々の噂で彼らがこの国の軍隊であることを知る。
数は三〇〇とか四〇〇ぐらいだろうか。馬に乗った騎士や荷馬車に乗った兵士が見える。
国軍の一団は僕の目の前を通り過ぎていき、そのまま外壁の門の方へ向かっていった。
「寒いのに大変だ」
こんな雪の中で野外演習なんて考えただけで震えてくる。
が、雪国だとそういった訓練も必須なんだろうなと思う。他国から攻められたけど雪だから防衛出来ませんでした! じゃあ流石に笑えないしね。
そんなことを考えながら冒険者ギルドに向かい、今日も回復依頼をこなしていく。
いつもと変わらない日々。
それが変わったのは翌々日のことだった。
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