第293話 悲しい葡萄酒

 ドンッと勢いよくドアを開け放ち、男が冒険者ギルドの中に飛び込んできた。

 集まる冒険者らの目。

 冒険者の治療をしていた僕もそちらにチラッと顔を向けるが手は止められない。

 男は受付嬢にコソコソ話すとカウンターの中に入っていった。


「なんだぁ?」

「さぁ……」


 治療をしている冒険者と顔を見合わせ首を傾げる。

 酒場にいた数人の冒険者らがそれを見て小声で話し始めた。

 それから暫く数人の治療をして、全ての冒険者を「お大事に」と見送ってカウンターで終了報告をしようとすると――


「ルークさん、お時間少し大丈夫ですか?」


 と受付嬢に呼び止められ、流れるようにギルドマスターの部屋のソファーに座っていた。

 そしてギルドマスターの第一声がこれ。


「急だが今から依頼を受けてもらいたい」


 その声は硬く、いつもの少しふざけたような軽い声ではない。


「今からって、もう夕方になりますよ?」

「あぁ、分かってる。それでも今すぐ行ってもらいたい。場所は――」


 それから冒険者ギルドは慌ただしく動いた。

 すぐに複数の馬車が用意され、他の冒険者も集められ、物資なんかも荷馬車に積み込まれ、それに冒険者ギルドの職員も馬車に乗り込んで万全の体勢が整ったところで出発。

 馬車の中は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 向かいに座るのは冒険者ギルドの職員である女性。その横には慌てて冒険者ギルドに来たニックさん。その他には顔見知りだが名前までは知らない冒険者らがいる。

 その中の一人の女性冒険者が口を開く。


「それで、どういう状況なんだい? わたしゃまだ詳しい話は聞いてないよ」


 それに対してギルドの職員の女性が淡々と返していった。


「我々も現時点では詳細な状況は掴めておりません。ただ確かなのは『遠征に出ていた国軍が大量の食料を持ち帰った』ということだけです」

「……国軍が、か?」

「はい」

「……一体どこから食料を持って帰ってきたって言うんだい?」

「それを調査し、場合によっては対処するのが今回の依頼です。ですが恐らくは……」


 女性職員は口ごもる。

 彼女に代わるようにニックさんが口を開いた。


「状況から考えて国軍……いや、ソルマズ王家が狙うとしたら……考えたくはないが大体の想像はつく」

「……」

「最悪の状況でないことを祈りましょう」

「もしもの場合は、ルーク、頼むぞ」

「……分かりました」


 それからも馬車は順調に進んでいった。

 町から出て、山道を下り、雪が積もった道を進んでいく。

 冒険者ギルド秘蔵のバトルホースはやっぱり強いのか、雪道などものともせずにグイグイ馬車を引っ張っていった。

 そうして日が落ちてもランタンの光を頼りに馬車は夜道を進み続け、オクタイ子爵領の村に到着。

 閉ざされた門を先頭の馬車に乗った男が「開門!」と叫んで無理に開けさせ中に入り、馬車から降りたギルド職員が冒険者ギルドの中に駆け込んでいった。

 そしてすぐに馬車に戻ってきて首を横に振る。


「確定だな」

「残念なことに」


 それだけ話すとギルド職員は元の席に座り、また馬車は動き出した。

 彼女は苦虫を噛み潰したような顔そ一瞬だけ見せる。


「あの……確定、とは?」


 僕がそう聞くとニックさんが答えてくれた。


「国軍はこの村から食料を徴収していない。この王家直轄のオクタイ子爵領から食料を調達してないのなら、次の村だ」

「次の村、となると……」

「……この先にあるのはコット村しかない」


 コット村? コット村って、王都に行く時に一泊した村か? 確か祭りをやっていた記憶がある。


「チッ……コット村かよ……」


 冒険者の一人がそう呟く。

 その表情は馬車の天井から吊るされている一つのランタンだけでは窺い知ることは出来なかった。

 馬車は村を出て雪道をコット村の方に向かって進んでいく。


「まだ時間がかかる。寝れるなら寝ておけ」


 ニックさんがそう言いながら毛皮のマントに包まり、座ったまま目を閉じた。

 冒険者はどこでもどんな体勢でも寝れるスキルが必須のようだ。

 ニックさんを見習い、僕もシオンを抱きしめながら毛皮のマントの前を閉じ、目を閉じた。

 それから何時間経っただろうか。揺れる馬車の中、安定しない座席の上で睡眠と覚醒を不規則に繰り返しながら揺られ、腰が痛くなってきた頃、御者の叫びが響いた。


「コット村だ!」


 その声に目が覚める。

 同時にニックさんが飛び起き、馬車の扉を開けて前方を見た。


「派手にやってやがる!」


 ニックさんの声に続き、扉から顔を出していた他の冒険者の「チッ!」という舌打ちが聞こえてくる。

 そうして暫くして馬車が止まり、馬車から降りると目に飛び込んできたのは壊れた村の門だった。


「これは……」


 どう見ても強い力で打ち破られていて、もう他者の侵入を防げるようには見えない。


「やはり穏便な食料調達じゃなかったか!」

「皆さん! とにかく住民の救助を!」

「おう!」


 他の冒険者らが村の中に走っていく。

 それを見つめ、僕も壊れた門をくぐる。

 頭が追いつかない。国軍は食料のために自国の村を襲ったのか? そんなこと、あるのか? あっていいのか?

 村の中は焼け焦げた家があったり壊れた家があったり、とにかく前に来た時とは別の村になってしまっていた。


「おい! 村人は教会にいるぞ! ルーク! こっちだ!」

「はい!」


 ニックさんが呼ぶ方に走り教会の中に入ると、そこは怪我人で溢れていた。


「冒険者ギルドの依頼で来た! 回復魔法使いも連れて来た! ルーク! 治療してやれ!」

「分かりました!」


 とにかく近場にいた人から治療していく。

 今は色々と考えている状況じゃない。


「光よ、癒やせ《ヒール》」


 腕に包帯を巻いている人にヒールを使う。


「もう治ったはずです」

「すまない。あっちに重傷者がいるんだ! あっちから頼む!」

「分かりました」


 教会の奥に寝かされている男の方に行き傷口を見る。

 男は腹をやられたようで、腹に血の滲んだ包帯が巻かれている。その傷口に向かって魔法を使う。


「強き光よ、癒やせ《ラージヒール》」


 淡い光が降り注ぎ、苦悶に歪んでいた怪我人の顔が穏やかに変わっていった。


「ニックさん! 治ってると思いますけど、包帯取って確認してください! 治ってないなら別の魔法でなんとかしますから!」

「おうよ! 任せとけ!」


 ラージヒールで無理なら神聖魔法でもなんでも使うしかない!

 それからどれぐらいの時間が経ったのか。

 とにかくヒールとラージヒールを使いまくって全員を治療し終わり、治せているかの最終チェックや物資の配給なんかを終えた頃には外が明るくなってきていた。


「終わった、のか?」


 登りかけの太陽を眺めながらそう呟く。

 疲れた身体を引きずるように教会の外に出て、同じように引きずり出してきたイスに腰掛け、背もたれに体重を預けた。


「はぁ……」


 そもそも意味が分からない。

 どうして国軍が自国の村を襲っているのか。どうしてそれを冒険者ギルドが助けに行っているのか。どうして僕らが国のやらかしたことの尻拭いをしているのか。まったく分からなくなってきた。


「なんなんだよ、これは……」


 頭を抱えそうになっていると、ニックさんが別の家から葡萄酒のガラス瓶を持って出てきた。


「よう! お疲れさん。お前も飲めよ」


 ニックさんはグイッとラッパ飲みした瓶をこちらに差し出した。

 そこに貼られたラベルを見て思い出す。


「うわ、これ、サリオール家のお墨付き印じゃないですか。どうしたんです? 高いやつでしょ?」


 確か同じ瓶入り葡萄酒をルバンニの町で買ったけど、高かった記憶がある。


「あぁ、そこの壊れた宿屋にあったぜ。こんな日は飲まなきゃやってらんねぇからな」

「いや、駄目でしょ……。バレたら宿屋の親父に怒られますって……」


 ニックさんは僕が受け取らないのを見ると、また葡萄酒の瓶に口をつけ、登りかけのオレンジ色の太陽を見た。


「死んだよ」

「えっ?」

「やられちまったんだってよ。誰にどうやられたかは知らんが、気が付いたら外に転がってたんだとよ」

「……」


 ニックさんはまた一口、葡萄酒を呷る。


「だからこれは弔い酒ってヤツだ。それなら許してくれるだろ?」

「……」


 僕はなにも言えず、空を見上げた。

 その空はまだ暗く、薄い朝焼けの色で、どうしてか悲しい色に見えた。

 ニックさんはまた瓶を僕に差し出す。

 今度はそれを受け取り、一気に呷る。

 こんな時でも葡萄酒は、やっぱり変わらず旨かった。

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