第294話 ニックさんの想い
それから仮眠を取った後で門の修理を手伝ったり村の復興を手伝ったりし、ルバンニの町から来た救援隊にバトンタッチして王都に戻ることにした。
正直、このまま王都には戻らずルバンニの町側に向かうという選択肢が頭をよぎるが、冒険者ランクのこととかあるし、長くいたおかげで人との繋がりも出来たわけで、いきなり消えるということは出来ず、とりあえず保留とした。
そうして王都に戻って翌日、冒険者ギルドで報酬を受け取る。
「それでは金貨三〇枚になります」
「……多くないですか? 確か金貨一〇枚という約束だったはずですが」
「問題が起こらなければその金額だったのですが、皆様には諸問題を解決していただきましたので、この金額になったようです」
「そうですか」
お金を受け取ってカウンターを後にする。
この金額が高いのか、安いのか……。普通のCランク冒険者の報酬としては高い気もするけど、数日間拘束されたこととか考えると割に合ってない気もするけど、どうなのだろうか。
ギルドを出ようと歩き始めたところで酒場で飲んでるニックさんの姿を見付けた。
「今日も飲んでるんですか?」
「おぉ、ルークか。お前も付き合えよ」
「……いいですけど」
マスターにラガーを注文し、出てきたカップをニックさんの方に向けて持ち上げる。
するとニックさんは暫く考えた後、僕のカップに自分のカップをぶつけた。
「コット村に」
「……コット村に」
グイッと呷り、コンッとカウンターに置く。
ニックさんもカップを置き、少し下を向く。
暫く静かな時間が過ぎた。
それに耐えられなくなり、僕の方から問いを投げかけた。
「結局、コット村はどうして襲われたんですか?」
「……さあな。お偉いさんの考えることは分からん。ただ、この国じゃ内部に対立がまだ残ってる、ということなのかもな」
「対立ですか……」
「この国は地域ごとに独自の色がある。ザンツ王国の国民というより、その地域の民という意識が強いんだ。俺も冒険者になって外に出て初めて気付いたんだがな」
そう言ってニックさんはラガーを呷る。
「それを助長しているのが今の王家なんだろう。むしろ対立を煽ってそれを国民の統制に利用している気さえするな」
「なるほど……」
あえて敵を作ることで仲間の結束を固めるというのは、まぁありがちな手法だよね。
「どうしてこんな国になっちまったんだろうな……。俺やギルマスも、そんな状態を変えたいと思っちゃいるが、中々どうして難しいもんだぜ」
「……」
ギルマスもそういう問題意識を持っているからコット村に救援隊を送ったのだろうか。
まぁでも、国民性とか地域性とかは長年積み重なって出来たモノだし、そうそう一朝一夕で変わるもんじゃないよね。原因はどうあれ、それが当たり前だと多くの国民が思ってしまっているのだから。
それでも、最近ちょっと思い出した言葉が頭に浮かび、それが口から漏れて出てしまう。
「桃栗三年柿八年」
「ん? なんだ? モモク……?」
「あぁ、いや……。オランとかアッポルとか、種を植えて木になっても何年間かは実がならなくて待たなきゃいけない期間がある、っていう話を思い出してですね」
って、言っちゃったけど、本当にこっちの世界の果物も同じなんだろうか?
……まぁいいや。もう言っちゃった後だし。
「そう……なのか? 俺は農業には詳しくないからよ」
「つまり、果物を収穫するまでにはそれ相応の時間が必要なんです。それと同じように、どんな物事を成すにしてもそれ相応の時間がかかるんじゃないか、という感じの古いことわざが故郷にあるんです」
「……」
「だから今は駄目でも、種を蒔いてやり続けていけば、いつか変わる日が来るんじゃないかなって」
地域間の対立があっても、交流を続けていけばいつかは変わる日が来る……かもしれない。
でもまず動かなければ変わることはない。
結果が出なくても継続して続けていくことで花開くこともあるはずだ。
「そうか……。そうなのかもな」
そう言って黙ってしまったニックさんを残して席を立つ。
彼には少し整理する時間が必要なのかもしれない。
冒険者ギルドを出ようと歩いていると、ギルド職員が掲示板に新しく紙を貼っていった。
「……正体不明のモンスターの目撃情報アリ、ね」
内容は謎のモンスターに関するもので、しかしその詳細は調査中ということらしく、ほとんど情報は書かれておらず、注意を促すよう書かれているだけだった。
「ここまで情報がないと、どうすればいいのか分からないな」
暫く町の外では気を付けようか。
色々と考えながら宿に戻る。
そして、心を落ち着かせるように精神統一した。
「よしっ!」
「キュ?」
「ちょっと槍でも振ってくるよ」
魔法袋からミスリルの槍を出し、一階にある裏庭で槍を振る。
一心不乱に槍を振る。
突いて払って叩いて斬る。
さっきニックさんに言ったように、結果が出るまでには時間がかかるのだ。種を蒔いたら後は結果が出るまでじっくり育てる。この槍術だってじっくり育てていくしかないんだ。
一振り一振りに想いを乗せていく。
だんだん精神が研ぎ澄まされてきて、動きのキレが増していく。
空気を斬り裂く穂先が唸り声をあげる。
なにか、掴めそうな気がする。けど、まだまだ遠い気もする。
そして一心不乱に練習し続けたが、まだ大きなモノは掴めなかった。
「……今日はこれぐらいにするか」
それから夕食を食べ、部屋に戻って荷物の整理をするため、ホーリーディメンションを開く。
「それは新たなる世界。開け次元の
ホーリーディメンション内に入って中に置いてあった干し肉を少し魔法袋内に移し、読み終わった本なんかもホーリーディメンション内に積んでおく。
「そろそろ本棚も欲しいな」
いや、それ以前に机とかイスも欲しいんだけどさ。
現時点のホーリーディメンション内は三本のオランの木がスペースの大部分を占めていて、その反対側にドラゴンゾンビの骨が置いてあり、部屋の奥に時止めの箱とかその他の荷物が積み上がっている状態。
就寝スペースぐらいは確保出来るものの、そろそろ整理はしたいところだ。
日課の水やりをした後、一段落ついてリゼを呼ぶことにした。
なんとなく、相談したい気分だったのだ。
「わが呼び声に応え、道を示せ《サモンフェアリー》」
いつもの立体魔法陣からリゼが飛び出してくる。
「こんにちは!」
「キュ!」
「やあ!」
リゼとシオンのいつものじゃれ合いを眺め、それが一段落ついたところで僕が今考えている漠然とした質問をリゼにしてみた。
「実はこれからどうしようか考えてるんだけど、リゼはどう思う?」
「ルークはどうしたいの?」
「僕? 僕は……」
思わぬ言葉に少し考えてみる。
この世界に来た当初はとりあえず真っ当に生きていけるように頑張ってたし、最近は様々な場所に行ってこの世界を見て回りたいと思っていて、それが出来るだけの最低限の力が欲しいと思っていた。様々な問題が起こっても、それを乗り越えられなくても、解決出来なくても、最低限は生き残れるだけの力だ。
そしてこの町のこと。
最近はきな臭い話になってきて、本当にこの町にいてもいいのか不安になってきている。でも、この町で仲良くなった人達もいるわけで、無理に予定を切り上げて別の町に行くのも違う気がする。
「お花さん、枯れてきちゃったね……」
「うん? あぁ、そうだね……」
少し前まで甘い匂いを放っていた三本のオランの木の花は、萎れて枯れかけで最近は落ちた花びらを掃除するのが大変だったりする。
「でも、枯れないとオランが食べられないんだよね?」
「そうだね……」
「キュ……」
終わりがあるから始まりがある。
花が枯れるから美味しいオランが食べられる。
「シオン! 楽しみにしておこうね!」
「キュ!」
やれやれ、現金なもんだ。
悲しい顔をされるより、笑ってもらったほうがいいけどね。
まぁとにかく、リゼがなにも言わないなら、この先そんなに大きな問題はないのだろうさ。
後は自分で考えて動くのみだ。
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