第291話 炊き出しをする、お……お姉様方

 それから数日後。今日も町はいつもと変わらないように見える。

 少なくとも表面上は。

 そして今日も今日とて冒険者ギルドの一室でエレナに回復魔法を教えていた。

 ――とはいっても僕がすることはあまりない。


「う~ん、こうかな~?」


 色々と考えながら回復魔法を使っているエレナをたまに横目で確認しつつ、僕は僕でお茶を飲んだり本を読んだりしているだけだ。

 今読んでいるのは冬場の暇潰しに書店でたまたま見付けた植物の本で、このザンツ王国で植物について詳しかったらしい人物が書いた本の『写本』のようだ。

 この本はザンツ王国内に生えている植物について色々と書かれていて参考にはなるけど、残念なことが一つある。それは植物の絵のクオリティがあまり良くないことだ。元の本を書いた人の絵のクオリティが微妙だったのか、はたまた写本を書いた人の絵の腕が微妙だったのかは分からないけど、これでは少々、図鑑としては信用出来ないかもしれない。

 まぁ、手書きからの写本というシステムで本を作ったり複製している以上、これは仕方がないのかもしれない。


「あっ! いい感じかも」


 部屋の端にある火鉢のような暖炉のようなモノの中で炭がパチッと弾けた。

 顔を上げると窓の外ではパラパラを舞い落ちる雪。それを眺めながら暖かいお茶をすする。

 壁に吊るされたランプの炎が壁石をユラユラとオレンジに染める。


「……」


 まったりしてるな……。

 冒険に出るでもなく。ダンジョンに入るでもなく。修行をするでもなく。ただゆったりとした時間を過ごしている。

 膝の上で眠るシオンを撫でながら、ふと思う。

 これでいいのか?

 ……いや、別に悪いことはないのだろうけどさ。

 司祭様の言葉がチラリと頭に浮かぶ。

 本をパタリと閉じてエレナを見た。

 そういえば、エレナってそこそこ身分が高い家柄だよね? 詳しくは聞いちゃマズそうだから聞いてないけどさ。


「エレナさん、ちょっといい?」

「なんでしょう、先生」

「その……最近の食糧不足について、なにか噂とか聞いてないかな?」


 もしかするとエレナなら僕らより詳しい情報を知っているのではないかと思い聞いてみた。

 が、その返答は予想とは違っていた。


「食糧不足、ですか? いえ、そんな話は聞いておりませんが……。今は食糧不足なのでしょうか?」

「うん。店の食料価格は上がりっぱなしだしね。お店の価格とか、見てない?」

「……申し訳ありません。いつも馬車で送り迎えしてもらっていますので……」

「あぁ、そうか……。そうだよね」


 エレナが知らないとなると、まだ上流階級には食料不足が伝わっていない? それとも学生だから知らないだけなのだろうか。


「あの……食糧不足なのだとしたら、皆様はどうされているのでしょうか?」

「あぁ、冒険者はそこそこ楽しくやってるみたいですよ。肉が高く売れるので。でも、そうやって稼げる人以外は大変かも……」

「そうなのですか……」


 エレナさんが悲しそうに俯いた。

 こういう話はするべきじゃなかったかも……。


「あぁ、でも! ステラ教会の司祭様が貧しい人々のために炊き出しをするらしいし、大丈夫じゃないかな」

「……ステラ教会、ですか?」

「外壁の近くにある教会なんだけど、冬になると有志から寄付を募って炊き出しをするって」

「そんな場所があったのですね……」


 そう言うとエレナは少し考えこむような顔をし、そして顔を上げた。


「先生! 私も炊き出しに参加したいです!」

「えっ……」

「先生も参加されるのですよね!?」

「あ~……まぁ、そうかな」


 特に炊き出しに参加するとかどうとか考えてなかったので返答に困る。

 チラリと窓際に立つマリーサを見る。

 しかしマリーサはエレナを見ながらウンウンと頷いている。

 あぁ、これは誰も止める人がいない感じ?


「それでは、ステラ教会の場所を教えてください!」

「お、おう……」


◆◆◆


 そんなこんなで時は過ぎて数日後。炊き出し当日となった。

 場所は外壁の外、門の近く。そこに石のブロックで簡易的な竈が作られ、その上には大きな鉄鍋。周囲には天幕が張られ、キャンプ場のようになっている。

 時間があれば僕も食材の調達を頑張ってみてもよかったけど、それを考えるには時間がなさすぎた。

 オランの実もまだ出来てないし、他に育ててみようとした野菜もまだ実験段階だ。流石に妖精の薬でも数日で作物を作ることは出来なかった。

 なので金貨を数枚、事前に司祭様に渡しておいたのだけど――


「お待たせしました!」


 エレナが馬車の中から出てきてそう叫んだ。

 その後ろを走ってきた荷馬車から男達が出てきて木箱を下ろしていく。

 エレナは食料を調達するアテがあると言っていたけど、本当に凄い伝手があるらしい。


「エレナ様、ありがとうございます」


 司祭様がそう言いながらエレナに大きく頭を下げた。そして僕の方にも頭を下げる。

 エレナと司祭様を繋いだのが僕だからだろうか。


「頭をお上げください。私はやりたいことをやっただけですから!」


 エレナは少し慌てたように言ってからマリーサと僕の方に来た。


「先生! ついに始まりますね!」

「そうだね」


 司祭様の指示で木箱の蓋が開けられ、食材が天幕の方に運び込まれていく。

 既に周辺にはスラムなどから人が集まってきていて、そちらも準備万端という感じ。


「それでは、始めましょう」


 司祭様の言葉で皆が動き出した。

 主に作業を担当するのはステラ教会周辺にお住まいのお……お姉様方で、それに孤児院の中からは年長組が参加しているようだ。

 ジョンらのパーティも居候ということで動員されたようで、お姉様方の指示でテキパキ動いている。


「先生、私達も手伝いましょう!」

「そうだね……って、エレナさんは料理したことあるの?」

「……ないです」


 これは料理させてはいけないパターン。

 マリーサの方を見ると、こちらはなにも言わずに目を背けた。

 やっぱりこれは料理させてはいけないパターン。

 そもそも、身分が高いっぽい令嬢に冬の寒空の下で水仕事をさせるのはよろしくない気がするぞ。


「……じゃあ、エレナさんはシオンの面倒を見ていてください」


 肩の上にいたシオンを抱き上げエレナに渡した。


「分かりました! シオン、遊びましょう!」

「キュ!」


 とりあえず、こっちはこれでヨシとして……。

 天幕の方に向かい、中の様子を確認する。

 中ではお姉様方がポタトの皮を剥いたり切ったりしていた。


「水は必要ですか?」

「なんだい、汲んできてくれるのかい?」

「いえ、出すことが出来るので、それで」

「あんた、水属性持ちかい!?」

「いや……まぁ似たような感じです」


 水属性持ちではないけど、説明が面倒なのでそう言っておく。


「でも、いいのかい? 魔法で作る水も売り物なんだろ?」

「今日は炊き出しのために来てるので、問題ないですよ」


 なんでも魔法で作った水は薬やポーションなんかを作るのに使うと良いとされているらしく、水属性持ちは水滴の魔法で作った水を売ったりする場合もあると聞いた。けど、そんなにお金になる仕事でもないらしいし、僕にはあまり関係がない。


「どこに出したらいいですか?」

「じゃあ、そこの桶に頼むよ」

「分かりました。水よ、この手の中へ《水滴》」


 ちょっと魔力多めに入れて水の量を増やそう。

 普通に流れていく魔力にプラスし、多く魔力を込めていく。

 すると丹田にある魔力がスルスルと抜け出してスムーズに腕を通って手からスルリと出てきた。


「ちょっと、どこまで大きくするんだい!」

「えっ……」


 気がつくと水滴の魔法の玉の大きさが野球のボールからバスケットボールを通り越し、桶の直径を超えるぐらいに成長していた。

 慌てて魔力を止め桶の中に水を落とすと、桶からバシャリと漏れる。

 桶の周りの雪が水を吸い込み溶けていった。


「はぁ……あんた、凄腕の水魔法使いなんだね」


 その言葉に曖昧に笑って応え、いくつかの桶や樽に水を満たしていった。

 しかし、どうなっているのだろうか? レベルが上がって魔法の威力も上がっていて、水滴の魔法で作れる水の量も増えてきていた。でも、前は魔力を多く入れてもここまでの大きさにはならなかったはず。

 単純に魔法が上手くなっているだけとか、そういう話なんだろうか。

 天幕から出て考える。

 もしかして攻撃魔法の威力も以前より上げられるようになっている?

 確かめたいけど、いくら外とはいえここで魔法をぶっ放すわけにはいかない。

 検証はまた今度……と思っている内に料理が完成したようで、お姉様方が周囲の人々を一列に並ばせていった。


「さぁ並んだ並んだ! 炊き出しのスープだよ!」


 並んでいる人々はそれぞれお椀を持参し、それにスープを入れてもらっている。

 並んでいる人は様々で、ボロボロの服を着たスラムから来たっぽい人もいれば、冒険者っぽい格好をした若い人もいるし、町で暮らしてそうな人もいる。


「……」


 そして、怪我をしている人が目立つ。

 スラムから来た人も、そして冒険者も。

 足を引きずっている人が特に目立った。

 良くも悪くも食料が高騰して無茶をする人が増えたからだろう。

 冒険者ギルドで肉の買取価格が上がってから回復依頼の数が増えたことからも、それは間違いない。

 皆、無茶をしてでもモンスターを倒したいのだ。


「先生……。怪我をしている人が多いですね」


 いつの間にか僕の横に立っていたエレナがシオンを抱きながらそう言った。

 僕は「そうだね」とだけ返した。


「私は、私が助けられる人がいるなら助けたいです」


 エレナはそう言って、足を引きずっている若い冒険者に駆け寄った。


「その足、治療します!」

「えっ……」


 困惑している冒険者を置いてきぼりにしながらエレナは魔法を使う。


「光よ、癒やせ《ヒール》」


 光が男の足に集まって吸収されていった。


「どうでしょう?」

「あ……痛みがマシになった……かも?」


 男は少し驚いた顔で足を確かめている。


「……」


 やっぱり、残念ながら彼女のヒールではあの傷は完全には治らないんだ。

 まだエレナの回復魔法は完全ではないから。


「そう、ですか……」


 エレナは俯き、小さく声を吐き出した。

 はぁ……。こういうのって冒険者の仕事ではない、というかね……。ここで無料で治療しちゃったら回復依頼の仕事がなくなるっていうか……。まぁ、でも、生徒がああやって頑張ってるんだし、やるっきゃないでしょ。今の僕は先生なんだからね。

 冒険者に近付き魔法を発動する。


「強き光よ、癒やせ《ラージヒール》」


 光が男の足に集まっていき、ゆっくりと吸収されていく。


「どうです?」

「えっ……。動きます!」


 男は足を確認して驚きの声を上げた。


「あの怪我が治ったのか?」

「スゲーな、足が動かなくなってたのに」


 同時に周囲からも驚きの声が上がる。


「次は冒険者ギルドで回復依頼、出してくださいよ」

「……はい。ありがとうございました!」


 スープの器を持って去っていく男を見送るとエレナがこちらを見ていた。


「やっぱり先生は凄いですね……。私も、もっと上手くなりたいです!」

「出来るさ。もっともっと練習していけば」

「はい! じゃあ、他の怪我してる人も治療します!」

「えっ? まだやるの?」

「はい!」


 エレナはあっという間に次の怪我人を見付け、ヒールを使っている。

 どうやら思う存分、実戦経験を積む気らしい。


「このままだと怪我人がいなくなるな……」


 まぁ、それもエレナの経験になって良いか。

 それに、僕が多少儲からなくなっても怪我人が減ることは良いことだしね。

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